謎の少女 #レグルス
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超深度地下構造体 上層 レベル3
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「随分な有様だな全く」
男は嘆息まじりに、ダンジョンを進む。
そこら中に、人の残骸…骨、血痕、換装式強化義身等…が転がっている。
男は大柄で、こんな場所には不似合いな黒いスーツを上下に着込んでいる。
スーツの腕や脚の部分ははち切れんばかりに膨らんでおり、却ってその男の屈強な肉体を強調しているようだ。
男の名は、レグルス。
どこの勢力にも属さない、所謂フリーランサーである。
「こんな浅い階層に、大層なこった。」
レグルスは目の前にいる、巨人の如き|拠点防衛用自律戦闘兵器を睨み付ける。
全身に無数の兵器を備えた多脚型の殺戮兵器。
ここにある死骸達を作り出した元凶である。
ブゥゥゥゥン…
ガーディアンが起動し、レグルスにレーザーを照射する。
『対象識別中………エラー……修復処理を起動……エラー……エラー……エラー…』
レーザーは壊れたネオンライトのように七色に変化しながら、そこら中をスキャンし始めた。
『エラー…エラー…最重要プロトコルに従い、敵対勢力を排除します。』
「滅茶苦茶だな…迷惑な奴だ…」
レグルスはやれやれと肩をすくめる。
『敵対勢力を排除します。』
ガーディアンがレグルスに、大木のような右腕を向ける。
先端には、戦車の主砲のような砲身。
155mm榴弾砲が爆音と爆煙を噴いた。
レグルスは瞬時に身を翻し、跳ぶ。
換装式強化義身が駆動し、一足で数mの距離を移動する。
着地と同時に、レグルスは腰に下げたホルスターから拳銃を抜く。
爆風をものともせず、狙いを定める。
バレルが長く重厚なリボルバー。
威力だけを追求し、旧世界において暴馬のレッテルを貼られていたその銃も、全身をエンチャントメントしたレグルスが扱えば駿馬と化す。
レグルスはダブルアクションでリボルバーを撃つ。
50インチの弾丸が射出され、ガーディアンの頭部に着弾する。
強化装甲に弾頭がめり込む。
レグルスは続けてトリガーを引いた。
2発、3発。
並の男なら両手でも制御が難しいリコイルを、レグルスは片手で制御する。
ガーディアンが榴弾砲でレグルスを狙う。
凄まじい轟音。
ダンジョンの強固な内壁がたわむ。
出口のない爆炎が荒れ狂う。
レグルスは火龍のような焔を避けながら、間一髪跳んだ。
空中で、さらに撃つ。
撃針が4発目のプライマーを叩く。
プライマーからパウダーへ引火、パウダーの燃焼により生じたガスが、弾頭をバレルへと押し出す。
圧力によって超加速した弾頭が、バレルから飛び出す。
先に撃たれた3発の軌道をなぞるように、弾頭は飛ぶ。
バキッ!!
全く同じ位置に撃ち込まれた4発の弾頭によって、ついに強化装甲が破損した。
一瞬、ガーディアンが沈黙する。
レグルスは激鉄を起こす。
シリンダーが回転し、最後の弾丸がセットされる。
チェンバーにあるその弾は、特別性だ。
レグルスは幾分慎重に狙いを定め、トリガーを引いた。
プライマーが撃発され、弾丸が射出された。
狙い過たず装甲の亀裂から内部に突入した弾頭は、ガーディアンの内部構造に突き刺さり、巨大な運動エネルギーと抵抗によって粉々に砕け散った。
無数の破片となった弾頭が、ガーディアンの頭部をズタズタに引き裂いた。
が、人間とは違い、戦闘マシンの頭部はあくまでも1つの部位に過ぎず、破壊されてもその機能を別の部位が代替するだけだ。
現にガーディアンはもう、動き始めている。
しかしレグルスの狙いは別にあった。
最後の弾丸には、弾芯の中にある種のカプセルが含まれていた。
運動エネルギーにより破壊されたカプセルから、ナノマシンが飛び出す。
ナノマシンは機械内通信網に、配線を通して侵入した。
クローズドネットワークであるマシン・ネットを、ナノマシンを通じてハッキングするのである。
「ステラ。」
レグルスは第二の脳であるAI、ステラに指示を出す。
『了解しました、マスター。ナノマシンからの量子通信…受信中……量子演算プロトコルによるハンドシェイク開始……成功………量子ネットワーク設定完了……マシン・ネットに接続………成功……インジェクション・プログラムをアップロード……成功。マスター、どうぞ。』
「インジェクション・プログラム、実行。」
『インジェクション・プログラムを実行します……アンパッケージ……10%……57%……98%……完了……プログラム起動……成功……神経ブリッジ構築中……構築完了…インジェクションを開始しますか?』
「YES」
『インジェクション、スタート』
その瞬間、レグルスは周囲の時間、空間の全てが100000倍に引き延ばされたような、不思議な感覚を覚えた。
それは神経ブリッジを経由して、レグルスの意識がマシン・ネットへと侵入していく時に起きる、感覚拡張によるものだ。
レグルスはあらゆるものが途轍もなく引き延ばされたその感覚が、けっこう好きだった。
難点は、そのすぐ後に意識が途切れてしまう事だが。
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マシン・ネット内 MMFメインメモリ
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『ソフトウェア側のセキュリティはザルだな。』
一瞬にも無限にも感じた時間の後、レグルス/アバターは星空の中で目を覚ました。
そこはマシン・ネットの中であり、レグルスは神経ブリッジを通って自らの意識をネットワーク内にアバターとして転写していた。
夜空の星のように見える光は、マシン・ネット内にあるノードであり、それぞれがガーディアンの内部構造を管理する何かしらの電子機器である。
レグルス/アバターはそれらの中から、最も重要なノード、MMFを探し出すと、宙を泳ぐようにMMFのすぐそばまでやって来た。
通常、そのような想定外の動きをするパケットは、何かしらのセキュリティ機能により排除される。
しかしガーディアンは、長らくオフラインであった事やそもそもクローズドネットワークであった事から、そのような仕組みがうまく働いていないようだった。
ようやく
IDPSがそれを察知した時には、レグルス/アバターはもうMMFのメモリ空間に入り込んでいた。
レグルス/アバターの知覚コンバータを通して、メモリ空間が可視化され、仮想領域が構築される。
バーチャル・リージョンは、あたかも現実世界であるかのような空間で、旧世界、終末世界、物や生物、果ては人間に至るまで、あらゆる物が再現される。
再現される世界は、対象となったマシンと由来の深いものであるとされているが、その真偽は不明だ。
実際、今回のバーチャル・リージョンで再現されたのは、学校である。
もちろん、レグルスは学校に通ったも見たこともないため、知識として知っているというだけだ。
正門から入って右手側は運動場、左手側に校舎がある。
バーチャル・リージョン内のどこかに目指す場所、すなわちFCSの管理サーバーがある筈だ。
レグルスは校舎側へと足を向けた。
手前には体育館、奥に学び舎といった作り。
体育館を横目に、学生達が勉強に励んでいたのだろう建物を目指す。
学舎のドアは開いている。
レグルス/アバターはリボルバーを抜き、そこから中へと踏み入った。
『敵性プログラムを検知』
ステラが警告を発する。
MMFに常駐していたIDPSエージェントが、緊急排除に動いているのだろう。
一番手前にあったスライドドアが、突然開いた。
黒スーツの男-IDPSエージェントが半身を出し、レグルス/アバターに銃口を向ける。
黒いグロックから9mm弾が放たれた。
レグルス/アバターはそれを目視しつつ、弾道から身体を外す。
バーチャル・リージョン内の時空間は通常空間と大きく異なる。
そこではより強い権限を持つもの、より大きなリソースを得られるものが強者だ。
レグルス/アバターは2ステップでエージェントとの距離を詰めると、すでにトリガーに指の掛けた敵の右腕を下から跳ね上げた。
9mm弾が天井に突き刺さる。
レグルス/アバターは左手に持ち替えたM500を胸の辺りで構え、発砲した。
黒服の腹部に命中した弾頭は、貫通する事なく体内で圧壊し、肉体を激しく破壊した。
エージェントは機能を停止し、倒れる前に消えていく。
レグルス/アバターはそれを見届ける事なく、黒服と入れ違いに教室へと飛び込んだ。
先ほどまで立っていたところに、銃弾が飛んでくる。
レグルス/アバターは机を飛び越えながら、もう一方の出口へと走る。
引き戸が吹き飛ばされ、拳大の何かが投げ込まれた。
爆発と閃光。
ほぼ同時に黒服が突入して来る。
敵は2人。
レグルス/アバターは爆発の影響を一切受けず、先頭の1人に向けてトリガーを引く。
50インチ弾がエージェントを破壊する。
銃声に反応し、もう1人のエージェントがレグルス/アバターを狙う。
グロックが3発、連続射撃された。
レグルス/アバターは右へのステップを踏み、それを躱す。
グロックの銃口が狙いを修正するよりも早く、レグルス/アバターは撃っていた。
エージェントが消えていく。
この仮想領域内で、IDPSエージェントは最上位の権限を有し、最大のリソースを使える存在、つまり最強のプログラムである。
しかしレグルス/アバターはそれを圧倒する。
第二の脳であるステラの性能が、MMFの防御プログラムを大きく凌駕しているのだ。
ガーディアンが設計されたのは終末戦争前期。
それからずっとオフラインだったこのガーディアンでは、戦争を経てスコアSのAIとなったステラの演算能力に遠く及ばない。
レグルス/アバターは次々に黒服を撃破し、FCSサーバーのある部屋までたどり着いた。
その部屋は学校を模したその領域では明らかに異質で、ドアを開けたその先には教室ではなくサーバールームが広がっていた。
レグルス/アバターはそこで唸りを上げていたサーバーを、手当たり次第に撃った。
全てのサーバーが破壊されると共に、バーチャル・リージョンは崩壊する。
レグルス/アバターは崩れ行く世界から、神経ブリッジを通じて脱出した。
再び戦場へ…
読んで頂き、どうもありがとうございます!
SF小説を書いてみたいと思い立ち、ダンジョンやサイパーパンクものなどを組み合わせてみました。
頑張って続けるぞ!
また、感想やコメント等頂ければとても励みになりますので、どうぞよろしくお願いします!