Phase 07 全国放送推理ショー
2001年1月20日。
私は、覚悟を決めていた。
「今夜、全国ネットで私の推理ショーを中継する。出演者は、私と容疑者2人、つまり桃谷詩織と西九条悦子だ。中継場所は私の書斎兼仕事部屋兼応接間。そして、万が一の事態に備えて大阪府警の刑事と兵庫県警の刑事には私の仕事部屋の玄関で待機してもらっている」
「本当に上手くいくんですか?」
「それは神のみぞ知る。さすがの私でも分からない。成功率は大体50パーセントぐらいだ」
「上手くいくように、お祈りしていますよっ」
「乃愛ちゃん、あなたに言われるとなんだか緊張しちゃうなぁ」
「一応私は麗子ちゃんの専属アシスタントですからねっ。中継の成功を祈るのも、私の仕事ですからっ」
刻々と中継の時刻が迫る。
中継時間は全国ネットのゴールデンタイムと呼ばれる午後7時から9時までだ。プロ野球中継のように中継を延長する可能性も伝えてある。
そして、乃愛ちゃんの手配もあってNHKのみならず民放でも私の推理ショーが中継されることになった。早くも、朝のワイドショーは私の話題で持ち切りである。
「今回の大阪連続バラバラ殺人事件の犯人が分かったとのことで、日本テレビでは予定を変更して『緊急報道特番 神戸のホームズが暴き出す犯人』をお送りしようと思います」
「大阪の連続バラバラ殺人事件の犯人を『神戸のホームズ』が推理していくとのことで、今日の7時からTBSでは予定を変更して『緊急報道特番 大阪連続バラバラ殺人事件』を放送したいと思います」
「大阪連続バラバラ殺人事件の犯人は誰なのか!?テレビ朝日では本日の予定を変更して『緊急報道特番 神戸のホームズ』を放送します」
「フジテレビでは、本日の放送予定を変更して『緊急報道特番 神戸のホームズ推理ショー』を放送します。なお、本日放送予定だったゴールデン洋画劇場『劇場版ダンシング大捜査線 ノーカット版』は日を改めて放送します」
流石にテレビ東京は通常営業だったが、民放各局が私の推理ショーに期待を寄せているのは紛れもない事実だった。
テレビを見回す度に、私の心臓の鼓動が早くなる。
そして、鼓動が早くなる度に胸を撫でて落ち着かせる。
探偵がテレビで緊張するわけにはいかない。今の私は、売れない小説家ではなく探偵である。
午後3時ぐらいだっただろうか。
テレビ局のカメラマンがぞろぞろと私の書斎兼仕事部屋兼応接間に入っていく。乃愛ちゃんが手配をしたお陰で、テレビ大阪以外の関西ローカルのテレビ局が一斉に揃った。
MBS、ABC、関西テレビ、そしてよみうりテレビ。
普段小説家として取材を受けることはあっても、推理ショーを取材、もとい中継するなんてそうそうない。
午後4時ぐらいだっただろうか。
容疑者が2人、私の書斎兼仕事部屋兼応接間に入ってきた。
1人目の容疑者はラジオDJの桃谷詩織。2人目の容疑者は女優の西九条悦子。2人とも有名人であり、メディア露出も多い。
だからこそ、私は今回の推理ショーを全国中継することにしたのだ。
西九条悦子が私に話しかける。
「あなたが、『神戸のホームズ』さんですね。私の名前は西九条悦子です。お見知りおきを。神戸の連続爆弾魔で名前は聞いていましたが、実際に会ってみると中性的な感じを覚えます」
「確かに、私は短髪だし男っぽい部分もある。しかし生物学的には女性だ。『阿室麗子』という名前がソレを証明している」
「なるほど。世の中には不思議な人もいるんですね。そうだ、あなたの小説『血染めのシャツ』を映画化する時は是非とも主役をやらせてください」
「主役って、中尊寺麗子の事か」
「はいはい。それです」
「私の小説なんて、駄作揃いで正直映画化されるなんてあり得ないと思うんだがな。それは兎も角、今回の推理ショーであなたたちを追い詰めることになるかもしれない。それだけは覚悟出来ているか」
「はい。もちろんです」
西九条悦子は覚悟決めた顔をしていた。
「私も覚悟出来ています」
当然、桃谷詩織も覚悟を決めていた。
実際に会ってみると、2人共とても殺人を犯すような顔をしていないと私は思った。
しかし、私にとって犯人の目星は残念ながら付いている。だから、どちらかが最悪の結末を演じるとしても、彼女たちのことを考えると仕方ないのだ。
午後5時頃。
テレビ局の見えないところで、私は煙草を吸っていた。
「麗子ちゃん、また煙草吸ってる。テレビ局が来ている時ぐらい自重して下さいよ」
「いや、気持ちを落ち着かせるには煙草しかないんだ」
「それはそうだけど……」
「悩んだ時は、煙草の煙に聞いてみるのが一番いいんだ。それが私のやり方だから」
「なるほどねぇ。私は煙草吸わないからよく分からないや」
「実際煙草は吸わない方がいい。依存性が高いし、寿命を縮めるとも言われている」
「ですよね。最近煙草のコマーシャル見なくなったし」
「厚生省、いや、厚生労働省に名前が変わったんだっけ。そこの方で規制がかけられたからな。所謂自主規制ってヤツだ」
「麗子ちゃんといると、色々と勉強になります」
「そもそもの話、ここまで調べごとをしていないと小説家にも探偵にもなれないからな」
「ですよね。あっ、カメラマンが一斉に書斎の方を向き始めました」
「ああ、そろそろ約束の時間か」
「今回の中継、上手くいくと良いんですけどね」
「きっと上手くいくさ。だから乃愛ちゃんは陰で私を見守って欲しい」
「分かってますよっ」
午後7時。
テレビカメラが一斉に私を向き始める。
「えー、関西ローカルのテレビ局の皆さん、今回はわざわざ私の家に来てくださりありがとうございます。ちなみに関西ローカルのテレビ局と言いましたがこの番組は全国ネットで放送されています。正直、テレビを通しての推理ショーと言うのは初めてなので不慣れな部分があるかも知れませんが、よろしくお願いします。あっ、紹介が遅れました。私の名前は阿室麗子と言います。普段は小説家として物書きに勤しんでいますが、大阪府警の依頼で『大阪連続バラバラ殺人事件』を解決してほしいと言われました。そこで、今回は容疑者の2人にも来てもらって私の推理ショーを披露しようと思います。では、容疑者の皆さん、自己紹介をお願いします」
「容疑者でラジオDJの桃谷詩織です。よろしくお願いします」
「容疑者で女優の西九条悦子です。よろしくお願いします」
人気女優の西九条悦子が容疑者として取り上げられたことにより、案の定テレビ局のカメラマンはざわついていた。もちろん、桃谷詩織もFM802の人気DJなので関西ローカルと雖もそれなりにざわついていたのは確認できた。
私は話を続ける。
「今回の事件で犠牲者は8人。有名人の死者も出ています。犯人は手袋をしており、死体に指紋を付けないようにしていました。潔癖症というよりは、証拠を残さないために手袋をしていたと見てよろしいでしょう。犯人の常套手段です。話を続けましょう。もちろん、死体は全てバラバラにされていました。『バラバラ殺人事件』とマスコミが名付けているから当然でしょう。まるで京極夏彦の名作『魍魎の匣』を思い出しますね。ただし『魍魎の匣』と違ってバラバラ死体は箱ではなくゴミ袋に入れられていました。黒いゴミ袋であり、大阪市の指定ゴミ袋とは異なります。そして、死体が棄てられていた場所は大阪城公園だったり阪急十三駅だったりします。西成区の簡易宿泊施設の襖に棄てられていた死体もありましたね。死体を棄てる場所をランダムにしたのは、恐らく大阪府警を欺く為でしょう。非人道的です。しかし、死体を棄てる上で犯人はあるミスを犯します。それは7人目の被害者である芦原あかねと8人目の被害者である弁天隆史の死体遺棄場所が天王寺周辺だったことです。芦原あかねが棄てられた場所は阿倍野区の『フラット電機』の本社ビルの近くでした。そして、弁天隆史が棄てられた場所はよりによって天王寺動物園の園内でした。なぜあのような目立つ場所に死体を棄てたのでしょうか、西九条悦子さん。いや、この場合は敢えて本名で呼ぶべきか。九条涼子さん」
「えっ……」
思わぬ犯人に、テレビ局のカメラマンのみならず容疑者の2人もざわつく。
「九条涼子さん、あなたは大阪市阿倍野区在住ですね」
「はい、そうですけど……。だからって私が犯行を犯すなんてあり得ません!」
当然ながら、西九条悦子、もとい九条涼子は抵抗の顔を見せる。
彼女の顔には、憔悴した表情が浮かんでいた。それは、女優の顔ではなく、1人の犯罪者としての顔だった。
私は更に話を続ける。
「残念ながら、あなたが犯行を犯したのは紛れもない事実だ。あなたと芦原あかねは小中高と同級生だったと中学校の教師から聞いている。つまり、あなたは友人をバラバラにして殺したという計算になる。大切な友人に対して、なぜそんなことをしたんだ!」
「あははははははははははははははははっ!私は、自分が女優であることが許せなかったんだ!10年前に『里見八犬伝』の伏姫役が大当たりして銀幕の世界に飛び込んだ。そして、その年に日本アカデミー賞の新人賞を受賞した。ここまでは良かった。けれども、私は自分の職業が女優であることを恨んだわ!数年前から、何一つ自由が許されない『女優』という職業に嫌気が差していた。そこで、大ヒットドラマ『殺人倶楽部』の犯人のように自分でバラバラ死体を作ろうと思った。私は『殺人倶楽部』でバラバラ死体を作り上げる犯罪者の役をやっていたから、手順は分かっていた。まず、相手の鼻と口に薬品を嗅がせて気を失わせる。そして、相手の躰をぐちゃぐちゃにしていく。最後に、ゴミ袋に死体を詰め込んで適当な場所に放置する。これでバラバラ死体の完成よ!もちろん、指紋が付くと犯人の面が割れてしまうから手袋をした状態で犯行を重ねたわ。ほら、この通りよ!」
九条涼子がポケットから取り出した黒い手袋をテレビ局のカメラに翳す。
そして、九条涼子は私の喉元にナイフを突き出した。
「探偵を名乗っていますが、あなたなんて死んでしまえば良いんですよ!他の死体のようにバラバラにして殺してやるッ!」
「あなたに私が殺せるというのですか。それは滑稽だ」
「私は殺人者よ!人殺しなんて厭わないわッ!」
正直、私の心臓の鼓動は早鐘を打っていた。
目の前の犯人に殺されるのだから当然だろう。
私は、殺される覚悟で瞼を閉じた。
「探偵さん、お手上げですね。なら、私が探偵さんを殺すだけだッ!」
そうか、全国ネットに私が殺される様子が晒されるのか。それは私らしい最期だ。それで死ねるのなら本望だ。
その時だった。
ドアが開く音がした。
――ドアの向こうには、赤城刑事と神結刑事が手錠を持って待ち構えていた。