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「呪いのラジオねえ」

 私は今までの全てをおばあちゃんに話した。

 おばあちゃんはそれを聞いた後、じっと私の机の上のラジカセを見た。

「私、もうどうしたらいいのかわからなくて……」

 泣きながら話す。

 おばあちゃんは少し考えた後、覚悟を決めたように言った。

「よし、このラジカセ、ばあちゃんがもらおう」

「へ?」

 間抜けな声が出る。

「で、でも、そうしたらおばあちゃんがこまるんじゃ……」

 おばあちゃんはカラカラ笑う。

「この歳になって呪いなんて怖がってる場合かね。そんなもの、ばあちゃんが吹き飛ばしてやるさ」

 なんて頼もしい。

 おばあちゃんはその後、ふっと懐かしそうに笑った。

「それにこのラジカセ、ばあちゃんが昔持ってたものにそっくりなんだ。呪われていようが私はこの子が好きだよ」

 おばあちゃんは何のためらいもなくラジカセを持った。

「じゃあ、これ、ばあちゃんがもらったからね」

 そう言って颯爽と私の部屋から出て行った。

 持つべきものは強いおばあちゃん。

 私はその背中に有り難く手を合わせた。


 その夜のことだ。

 夜21時。

 とは言ったもののやっぱり気になる。

 私は隣のおばあちゃんの部屋を覗くことにした。

 そっと部屋の扉を開けると中からいつもの「会いたい」が聞こえてきた。

 ああ、やっぱり今日もか。

 おばあちゃんは?

 目線を動かす。

 その姿を捉えた私は大きく目を見開いた。

「ごめん、おばあちゃん!」

 慌てて部屋に飛び込む。

 ラジカセの前。両手で顔を覆い、おばあちゃんは泣いていた。

「やっぱりおばあちゃんに押し付けたりしちゃいけなかったんだ。この呪いのラジオは私がもらうから!」

 こんなおばあちゃんは初めて見た。自分がとんでもないことをしてしまったようで、ラジカセを持って行こうとする。

 おばあちゃんはその手を掴んだ。

「違う、違うんだよ、夏菜。ばあちゃんは怖くて泣いてるんじゃない、愛しくて泣いてるんだよ」

「愛しくて?」

 意味が分からなくて首を傾げるとおばあちゃんは涙に濡れた頬をゆるめて笑った。

「この声、ばあちゃんの好きだった人の声なんだ」


 おばあちゃんは話してくれた。

 おばあちゃんがまだ若かった頃、20代の時のお話。

 おばあちゃんには好きな人がいた。

 近所のアパートに一人暮らしをしていた3つ年上のお兄さん。

「おはようございます」「こんばんは」

 ご近所の挨拶を交わすうちに2人は仲良くなり、恋人になった。

 当時、高価だったラジカセを2人はお金を出し合って買った。

 ラジカセはお兄さんの部屋に宝物のように大切に置かれた。

 音楽が好きな人だった。

 時々、カセットテープに曲を録音してはプレゼントしてくれた。

 落ち込んでいる時は元気の出る曲。

 幸せなことがあった時はより笑顔になれる曲。

 おばあちゃんのその時の気持ちや状況に合わせて、ぴったりの曲を編集して渡してくれた。

 彼のおかげで好きな音楽がどんどん増えていった。

 彼の部屋で寄り添いながら、そのラジカセで音楽を聴く時が何よりの幸せだった。

 携帯電話なんかなかった時代。

 待ち合わせだけでなく、電話をするにも約束が必要だった。

 夜21時。

 他の人に取られないようにそわそわしながらおばあちゃんは電話の近くで待った。

 時間は15分と決めていた。

 声を聞くと会いたくなって、自然とお互いの口からは「会いたい」と言う言葉が漏れた。

 でも、おばあちゃんのお父さんはその恋を許さなかった。

 24歳の時、おばあちゃんにお見合い話が持って来られた。

 お父さんが勤める会社の得意先。大きな会社の社長さんの息子だった。

 彼はあまり裕福な人ではなく、お父さんは娘の将来がより幸福に思える方を選択した。

 娘の恋心よりも家柄を優先した。

 厳しいお父さんで逆らうことは許されなかった。

 全てを捨てて一緒に逃げよう。

 そう思ったが、自分は捨てることは出来ても、相手に捨てさせることが出来なかった。

 それはお互いに一緒だった。

 一緒に過ごすうちにこの恋よりも相手が大切にしているもの、大切にしなければいけないものを知っていたから。

「じいさんとの結婚が不幸だったとは思わない。優しい人だったし、ちゃんと私も好きだった。でも、だからって、叶わなかった恋がなくなるわけじゃないんだよ」

 そう言っておばあちゃんは寂しそうに笑った。

 どう言う経緯でこのラジカセが出品されたのかは分からない。

 結婚が決まった後、その人はおばあちゃんの前から姿を消した。二度と連絡を取ることはなかった。

 でも、持ち主の魂は確かにここに残ったのだろう。

「会いたい、会いたい」と鳴り続けるラジカセ。

 おばあちゃんは愛しそうにその傷と汚れを撫でる。

「あんたも年をとったねえ……」

 そうして、両腕でぎゅっと言葉に応えるようにラジカセを抱きしめた。

「私も会いたかったです」

 ラジカセはとても嬉しそうに「会いたい」と鳴いた。


 それから、呪いのラジオの噂はピタリと止んだ。

 ただ、時々、思い出したようにこんなやり取りがネット上であったりする。

「そう言えば、呪いのラジオってどうなったんだろうね。最近、全然、噂聞かないけど」

「誰かが持ってるんじゃないの。可哀想に。持ち主、今頃、泣いてるんじゃないの」

 私は隣の部屋を見ながら一つ微笑む。

「持ち主は今頃、恋を叶えてるんじゃないかな」

 夜21時。

 おばあちゃんの部屋からは今日も呪いのラジオの声がする。

「会いたい」以外の言葉を失ったかつての恋人。

 おばあちゃんはその声を聞きながら今日も幸せそうに笑っている。


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― 新着の感想 ―
[一言]  ただ素晴らしいの一言。こういう、優しい怪奇展開は、本当に大好きです。ホラーというカテゴリーからは外れるかもしれませんが、たまにこのような作品があるからこそ、ホラー作品を読むのがいいんですよ…
[一言] 優しい夏菜ちゃんの気持ちが救われる形になって良かったです。 今の「会いたい」は「嬉しい」に変わっているのかなぁ、ラジカセでテープを再生して二人でデートを楽しんでるのかなと想像が膨らみました。…
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