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解決編

 翌日、それは唐突に起こった。少なくとも事情を知っていたのは社長とマネージャー、そして警察の人間だけで、私達からすればあまりに唐突で、そして一時の出来事だった。

 今後の方針を決めるミーティング中の食堂に、軽いノックと共に入っていた数人の警察関係者。退路を塞がれる『彼女』。

 なぜ殺したの、と胸中で問い掛ける。

 鳴宮殺害事件の犯人であることは、誰の目にも明白だった。誰もが重々しい雰囲気に飲まれたように、口を開くことは出来なかった。

 だが、練習はもう無意味だと直感が告げていた。わたし達のアバターを交換して数日を過ごすというゴールデンウィーク企画は、日の目を見ないまま頓挫するだろう。だから私は普段通りの自分で、普段通りの彼女の名を呼ぶ。

「――きさら! 何故……どうしてこんなことを」

 肩を阻まれながら連行されるきさらは、一瞬立ち止まって私達を見る。申し訳なさと悔しさと諦めが綯い交ぜになった表情だった。震える唇を小さく開いて言う。

「わたしの代わりに夢を叶えてね。日本一の、……ううん、世界一のVtuberになってね。……約束だよ!」

 このときの私は、ぼろぼろと涙を流しながらそれでも笑みを絶やさずに語る彼女に、畏怖の念さえ感じていた。自分の身体の一部だったものが、勝手な行為をしているような悍ましささえ抱いていた。

 きさらは諦観の色を強くし、拭いきれない涙を拭い、背を向ける。

 なぜ彼女がそんなにも激しく感情を吐露をしたのか、全く分からずにいた。この事件の動機について、あまりにも私は無知だったことを知る。

 彼女が警察官に背中を押されて顔を戻す。歩き出したその姿が廊下に消えて見えなくなる。私は……ほっとしていた。身に降りかかる災厄は去ったのだと安堵していた。

 本日のレッスンは無くなり、帰宅を社長から言い渡される。私は心に、虚のようにぽっかりと空いた穴に気付かないまま帰途に付いた。

 悲しみという感情が篠突く雨のように降り注いだのは、翌日からだった。

 日々は否が応でも過ぎていく。

 彼女の抱いた殺意も、最後に私達に向けた切願も、どちらの感情も本物だったと悟ったのは、事が収まってからのことだった。

 私達は各々が負った傷と向き合いながら、配信業に打ち込んでいた。配信を付けているときは明るい声で、内心は虚無感を抱えたまま。

 ふとした瞬間に私は思う。彼女は今も罪を償いながら、あのとき口にした夢を願い続けているのだろう。情念の小さな火が灯る。ならば、叶えてみせよう。本気のわたし達が本気で愛しているアバターを通して、幸せと楽しさを世界中に届けてみせよう。

 そしていつの日か再び会えたときには、きっと。


***


「……少し、喋りすぎてしまったわね。歳を取ってお酒に弱くなったのかしら。あなたはシスター系Vtuberだから、懺悔のような心地がしたのかも」

「内緒よ」と私に囁いてから席を立ったマネージャーさんは、大広間の一期生が集っている場所で腰を下ろした。一期生の皆と交わす笑みは明るいが、どこか憂いを帯びているようにも見える。

 そう言えば、あのマネージャーさんは数ヶ月前に雇用されたばかりのはずなのに、まるで十年前の初期の頃から働いているかのように事務所の内情や一期生に詳しい。私がファンとしての熱量を持て余しながらVtuberタレントという仕事を目指したように、彼女も立場は違えど同じ思いを抱いてこの職種に就いたのだろうか。

 そもそも、マネージャーさんはエイリ先輩の視点で過去を語っていた。警察の描写は創作じみていたが、事件当日の一期生の言動はリアルだった。けれどエイリ先輩は犯人ではない。Vtuberとして昔も今も現役で活躍している。彼女から経緯を聞いたのだろうか。事件当日の場にいた人しか分からないくらい事細かな部分や心情まで? そんなこと、気の置けない相手にしか話さないだろう。

 もしかしたら――。

 もう一度、一期生の方を見据える。それから目を伏せた。

 胸中に宿った推理でも何でもない憶測を、私はそっと消し去った。世の中には知らないままの方がいいこともあるのかもしれない。聞かないままの方がいいこともあるのかもしれない。

 隅っこで一人紙コップを傾けている新人を見つけると、私は表情に笑みを戻し、酒瓶を手に立ち上がった。


                       アバター殺人事件 了


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