一章 9
それから他愛も無い雑談を終え、小野が先にBARを出たのがつい先程だった。
「ありがとうな…」
渡辺が言うと、小野は照れくさそうに、
「マジな顔で言うなバーカ。…今度奢れよな」
それだけ言うと店を後にした。渡辺はバーボンを頼み、カウンターで一人スマホを眺めていた。
一人でいれば今頃はもっと悲惨な事になっていたかもしれない。
くだらない話で盛り上がり、騒ぎ、話を聞いてくれる人がいる。それだけで大分救われた。
「結衣ちゃんね…」
SNSを見ながら呟く。
可愛いミニーの耳を付けた結衣の満面の笑み。
噂には聞いていたが、確かに可愛い。
これは狙ってる奴も多いだろう。
なぜ俺なんか…。渡辺は無邪気な笑顔に癒された一方でどこか心が痛んだ。
SNSの結衣の記事を見ていて、ふとLINEの返事をしていない事に気が付く。
時計を見ると1時過ぎ。
時間も時間なので迷ったが、小野の言葉も思い出す。
「今日はお疲れ様でした。付き合ってくれてありがとう。おかげで随分と楽になりました。今度ご飯でも行きましょう。」
小野に見せたら「堅過ぎだろ」と言われそうな文章だったが、まぁ最初だから良いだろう。
しばらくしてスマホが鳴る。
結衣からのLINEだった。起きてたのかとも思いつつ、中身を見る。
「ありがとうございます。私美味しいイタリアンの店知っているんです。よかったら来週末一緒に行きませんか?」
急な誘いだった。
あまり積極的な子じゃないと思っていたため、つい動揺し、OKの返事を打ってしまった。
それから2、3通やり取りし、おやすみで締めた。
さてどうしようかと頭を抱えながらバーボンの残りを飲み干し、BARを出る。
この事を小野に伝えようとしたが、また面倒な事になりそうだったのでやめた。
トレンチコートの襟足を掴み首元を隠す。まだ寒さが身にしみる2月下旬の事だった。