一章 8
「そう言えば課長から何言われたんだ?」
沈黙を破ったのは小野だった。
「あの席じゃまともに愚痴聞く雰囲気じゃなかったからな。よかったら聞くぞ?」
「あぁ。大した事言われなかったよ。まぁあのプロジェクトからは確実に外されるだろうけどな…」
「そっか…。お前がメインで進めていたプロジェクトだったのにな…」
「まぁ仕方ねぇさ。次があるさ…。次がね…」
小野はしばらく黙ったままうつむいている渡辺を横目で見る。
「お前結構無理してんだろ?」
目線を合わせず、正面を向いたまま小野は言った。
「ばれた?実は今結構泣きそうだったり…」
渡辺は笑いながら言うが、無理しているのは声にも目にも見えていた。
「バーカ。ここで無理したって何もいい事なんかねぇぞ。ったくお前はいつも無理しすぎなんだよ!仕事も恋もな…」
「だよな…」
渡辺が苦笑いしながらうつむいた。
「…トイレ」
小野が静かに席を立つ。
渡辺はグラスを手に持ち、琥珀色に染まる丸く削られた氷をじっと見つめる。
汚れのない透き通った透明の氷。不意に目柱が熱くなる。
「何やってんだ…俺…」
自分がどうしようもなくなってくる。自分への情けない気持ちと悔しさ。涙はさほど流れなかった。
代わりに下唇を噛む力が嫌でも強くなる。
「ちくしょう…」
渡辺は無意識のうちに呟いていた…。
「ったく…」
小野は離れた場所で壁にもたれかかり、今は渡辺の震える背中をタバコを吹かしながら黙って見守るしかなかった。