二章 20
大橋が帰った後、茂野は友人の結婚する喜びを噛みしめながら大橋が飲みほしたグラスを片づけていた。
浮かれていたのか不意に手が滑る。
茂野の手から滑り落ちたグラスは、水しぶきを上げつつ、地面へ落ちていき、綺麗に割れた。
「すみません!失礼致しました!」
茂野はしゃがみこみ、割れたクラスの破片を拾い集める。
すると突然胸騒ぎがして、茂野の耳に何かが聞こえてきた。
「おい。今なんか変な音聞こえなかった?」
周りに問いかけるが、周りのスタッフは「いいえ」とかぶりを振る。
「変な音?」と聞き返すが、茂野は「ならいいや」と軽く流した。
それもそのはず。
いくら暇な日と言えど、店には陽気なアイリッシュミュージック。
お客の笑い声。
もう一度耳を澄ましても、特に気になる点は無かった。
気のせいか…?自分に言い聞かせ割れたグラスを片づける。
しかしなぜか胸騒ぎは収まらなかった。
そうこうしていると店の鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
アルバイトの女の子が出迎える。
常連さんらしく軽く世間話をしていた。
そしてすぐに茂野を呼びつけて、少し興奮気味に話す。
「茂野くん!事故だよ!事故!すぐそこの交差点でさ。歩行者と車の接触事故!それでさ…」
常連さんの会話を聞いた瞬間。茂野は無意識のうちに店から飛び出していた。
胸騒ぎが一層強くなる。茂野の頭の中には最悪な光景しか浮かんでこなかった。
(違ってくれ!)
必死に願う茂野。
現場に着いた時、ちょうど救急車が到着していた。
野次馬も数人集まっていて、現場は騒然としていた。
茂野は人込みをかき分け進む。
とにかく確認したかった。
ようやく視界が開ける。
救急隊員に囲まれて患者が良く見えない。…が必死に心臓マッサージを行い、蘇生を試みていた。
(誰だ?)
正直誰でもいい。
あいつじゃ無ければ誰でもいい。
不謹慎だがそう思った。
しかし、現実は無情だった。
茂野の眼にとあるものが飛び込んでくる。
アスファルトの上に置かれた白い箱。
それは数十分前、笑顔で大橋から見せられた物だった。
その箱は赤い化粧をし、3月の夜空をただ見つめていた。
空気は乾燥していて雲ひとつない夜空は長岡市の飲み屋街殿町特有のネオンにも負けない満面の星空だった。
茂野の耳に救急車のサイレンの音が良く聞こえた。




