二章 16
「でも大橋さん。今日は飲むし、語りますね」
茂野は相変わらず大橋の話し相手になっていた。
時刻は夜の10時を回っている。
客はというと入ってきて、出ていって。少人数で回転していた。
なので差ほど忙しくは無い。厨房も佑紀一人で充分回せていた。
アルバイトの女の子も注文が入る飲み物を作ったり、料理を運んだりと、暇でもなく忙しくもなく、茂野と大橋の話をじっくり聞く事は出来ずにいた。
「今日はね…。飲みたい気分なんですよ。来月からは主任だし、俺の三一歳の誕生日でもあるんだから」
大橋は、もう何杯目であろうか。ビールにウイスキーにカクテルとどんどん、ちゃんぽんしていた。しかしなぜか今日は、目も座らず、そんなに酔った雰囲気はない。茂野も少し様子が変だとは思っていたのだった。
「まぁたまには語りたい時もありますよね…」
茂野が無難な相槌を打つと、急に大橋は飲みかけの酒を一気に口に入れ、ゴクリと飲み込んだ。
「でねシゲさん!」
不意に真剣な顔つきで見つめてくる大橋。
「今日は何を言いたいかと言うと、これなんですよ」
大橋はスーツのポケットに手を伸ばし、小箱を取り出した。そしてそっとカウンターのテーブルに置く。
「大橋さん。それって…」
それは誰もが一度は見た事のある物だった。
純白の小さな四角い小箱。
大橋はその箱を開いた。
まず目に飛び込んでくるのは、キラリと可憐ながらも神々しく輝くダイヤモンド。
その輝く宝石を4本の爪でしっかりと包み込む純銀のリング。
俗にいう婚約指輪であった。
アルバイトの女の子も思わず見とれてしまう。
「これを渡そうと思う…」
大橋が静かに呟いた。
「いやいやいや!大橋さん!すみません!俺はそっちの気はちょっと…」
「違う わボケ!お前にじゃねぇよ!」
「分かってますよ。よかったな!おまえ…」
とアルバイトの女の子の肩に手を乗せる茂野。
「だから違うって!」
必死に抵抗する大橋をからかう茂野。
「わかってますよ。亜矢さんにですよね…」
一通りの掛け合いを終わると、茂野は一言呟いた。
「ったく…」
大橋は照れ臭そうに頭を掻きながら、カウンターに置かれた純白の箱を見つめる。
「俺にとってアイツしかいない。正直初めて会った時からそう思ってた…」
茂野は黙って空いた皿を洗う。
「アイツの過去を知って、アイツの苦しみを知って、アイツの悲しみを知って…。それでも支えたい思った。アイツの笑顔が何よりも一番好きだから。あいつにはいつも笑顔でいて欲しいから…。それがで出来るのは俺しかいない。これは自信を持って言える!」
大橋の目は真剣だった。
「大橋さん… 一言いいですか…?」
茂野も真剣な顔で聞き返した。大橋は何?という顔で茂野を見る。
「恥ずいです…」
大橋の顔が耳まで赤くなる。大輝とアルバイトの女の子も大橋の言葉に照れていた。
「うるせーな!とにかく俺は亜矢の事が好きなんだよ。愛してるんだよ!そこでだ!茂さん!」
突然名前を大声で呼ばれ驚く茂野。
「逆サプライズプロポーズ大作戦!」
茂野の頭に?マークが一瞬浮かぶ。
「サプライズだよサプライズ!俺の誕生日に俺が亜矢にプロポーズするの!」
突然の提案に対し一瞬理解するのが戸惑ったが、すぐに状況を把握し二つ返事で返した。
「やりましょう!」




