二章 6
3月になっても新潟の寒さは身に沁みる。
しかし、そんなことは関係無しに、シロツメクサの扉は勢い良く開かれた。
「おぉ、大橋さんいらっしゃい!今日は一人ですか?」
「チーッス!今日は一人です。なんか亜矢は、お宅の優子ちゃんと飲み会だそうです」
「そういや、そんな事言ってましたね」
茂野は洗い物をしながら答える。
優子とは茂野の彼女であった。
店の客は大橋が来店してきた時点で二人。
厨房は佑紀、ホールはバイトの女の子で十分であった。
今宵はいわゆる暇な日であった。
大橋はゆっくりとカウンターへと座る。そしていつも通りギネスを注文した。
そして両肘をつき、ため息をつく。そして神妙なる顔つきで前を見ていた。
「どうしたんですか?」
ギネスを差し出した茂野も、大橋の異変に気づく。
「いや…。何でもない」
大橋は一言言うと、出されたギネスを黙って口にする。そしてまたため息を一つ。
茂野は黙って、前にいた団体の洗い物を黙々こなす。
こういう時は黙っているのが一番だとよく知っているからであった。
やがて大橋は、ギネスを一杯飲み終わると同時にふと呟いた。
「俺が亜矢に出会ったのは今から3年前だった。大手の得意先の営業に行った時、迎えてくれた事務員が亜矢だったんだ。最初は挨拶程度だった。でも得意先だって事もあって、何回か行くようになって、そして世間話をするようになって…。俺のつまんない話にも笑ってくれてさ。向こうは社交辞令だったかもしれなかったけどな」
「気が付いたら好きになってた…。ですよね?」
茂野が言う。
「お前そこは言わせろや」
大橋が笑いながら言う。
「あぁ。そうさ。気が付いたら得意先に行くんじゃなくて、亜矢に会いに行ってた。お茶を出してもらって、軽く世間話をする。そんな時間が俺の楽しみになってるのに気づいて、これでもかってくらい通ったね」
「大橋さんらしいですね」
「でもそこからなのよシゲさん。聞いてくれる?」
「もちろんです。今日は暇な日なのでね」
茂野は洗い物を終え、カウンターに陣取った。そしてそっとギネスを差し出す。
「最初、飯に誘った時は、あっさりと撃沈でしたわ。笑いながらも困ります。みたいな顔しちゃってさ」
大橋は出されたギネスを一口飲みながら話し始めた…。




