一章 22
初出勤の日渡辺は皆の前に立つ。
約20名弱の事業所。
営業や取引先への対応などで今は10人もいなかった。
「今日からお世話になります。渡辺晴紀です。至らない所も多くあると思いますが、早く慣れて戦力になれるよう頑張りますので、皆様どうぞ宜しくお願い致します」
と当たり障りのない挨拶をし、拍手の中改めて頭を下げた。
そして早速自分のデスクへと座る。
何もないまっさらなデスク。
そこに自分のファイルや文房具やらを置いていると、所長から呼び出された。
「ようこそ長岡事業所へ。早速だが君は前まで企画部だったね…。営業は初めてか…」
少し考え一人の男性を名指しした。
「佐藤!」
「何ですか?」
随分と低い声が後ろから響き、やがて背の低い痩せ細った男が渡辺の横へ来た。思わず凝視てしまう。
「さっき挨拶しただろ?今日付けで本社からこの長岡事業所に配属になった渡辺晴紀君だ。初めて営業に配属されて右も左もわからない状態だから。しばらく面倒見てやってくれ」
「…わかりました」
無愛想な痩せこけた男。これが渡辺の佐藤に対する第一印象だった。
「よろしくお願いします」
渡辺が頭を下げる。
「…とりあえず午後から来期の営業について、打ち合わせするから主任も出席してください…」
それだけ言うと佐藤は自分の席に戻って行き、パソコンに噛り付き、データを黙々と打ち始めた。
その様子を見た渡辺は、大丈夫かと不審に思ったがとりあえず席へと付く。
何かが変だと感じていながらも整理をし、やっとひと段落をすると、
「主任コーヒーです」
と事務員がお茶出しをしてきた。そして…。
「ここだけの話…。あの所長には気を付けた方がいいですよ…」
渡辺の耳元でコソッと呟いた。
「私たちは全然なんですけど、あの所長と周辺の人達は主任の事、あまりよく思っていないみたいなので…」
先程から何か邪険にされている感覚があったが、これで合点がいった。
「ありがとう。来たばかりで何もわからないからさ。また色々教えてくれる?あっ…。そうそうこれ、つまらない物だけど…」
そう言って、渡辺は紙袋を事務員に渡す。小野から挨拶がわりの品は絶対にコレだと渡されたのが東京にある某有名店のバームクーヘンである。
テレビにも紹介された事もあって買うのには苦労したが、事務員達の反応を見ているとやはり正解だったと確信する。
まずは事務員を味方につけておけという小野の忠告を素直に聞いて正解だった。
「所長、どういうつもりですか?よりによって佐藤を付かせるなんて」
森山という中年太りとはこういうものだというお手本のような男が事務員と話している渡辺を横目にボソッと話しかけた。
「いいんだよ。アイツ本社でヘマやってこっちに飛ばされて来たんだよ。しかもデスクワークから外回りに配置換えされてな。気の毒には思うがこの忙しい時期にそんな奴のおもりをさせられるこっちの身にもなってほしいものだ。役立たずの主任なんて使い用がないから役立たずの佐藤に相手させておけばいい…。まぁとっとと役立たずだって事を証明してもらって本社に御戻り願おうじゃないか」
「それもそうですね…。ただでさえ売り上げ上げろだの結果を出せだのうるさいのに、助っ人がこれじゃマイナスですもんね…」
「そういう事だ。でもまぁ歓迎会くらいは開いてやるか…。悪いが森山君、設定の方、頼むよ」
「私が幹事ですか?わかりましたよ…。いつもの場所でいいですよね」
「あぁ。それとくれぐれも歓迎会だから、主任に出来るだけ粗相のないようにな。出来るだけな…」
「わかってます」
もちろんこの会話は渡辺に聞こえてるはずもなかった。




