一章 20
「今日課長に言われたよ。君は将来必ず我が社にとって有望な人材になる男だ。若いうちから地方に行って色々と勉強して来いだってさ。配属もプランナーから営業へ変更。役職は主任になるらしいけどな…。まぁ誰がどう見てもあのプロジェクトの失敗の責任を取らされたって思うよな…」
「転勤ってどこにだよ?千葉か?神奈川か?埼玉か?」
「新潟県。笑っちまうだろ?こことは正反対。日本海だぜ?」
「新潟県ってお前…」
「あぁ…。うちの会社の中でも最低評価の県。本当にさ…笑えて来るよ…」
「そっか…。4月からか?」
「来週から…」
「来週?お前引き継ぎは?向こうに住むアパートだって…」
「引き継ぎも何も、ここ何ヶ月は例のプロジェクトに付きっきりだったからさ。そんなに無いよ。そのプロジェクトだってあのミスから関わってないし…。アパートは会社の社宅があるってよ。何にもせずに身体だけで行けるってわけだ」
「結衣ちゃんどうする気だ?」
「さぁな…」
「さぁなって…。お前まさか断る気じゃねぇだろうな?」
「わかんねぇ。とりあえず今は答えなんて出せねぇよ…」
「好きなんだろ?」
「たぶん…」
「ぶっちゃけアヤちゃんもまだ好きなんだろ?」
「あぁ…」
その答えを聞いて小野は黙りこんだ。
「なんでだろうな…。なんで俺なんだよ…」
色んな意味が詰まった言葉。小野はお節介を焼こうとはしなかった。ここから小野が喋ったのは一言だけ。後は黙って話を聞くことに専念した。
「お前…。後悔だけはするなよ…」
人がどんなにアドバイスしても、結局答えを出すのは自分自身である。
自分自身、己が決める事。
自分が決めた事でどんな結果になっても人のせいにする道理はないのだ。
自分の責任である。
「正式な辞令が出るまで誰にも言うなよ。みんなにも近藤さんにも、そして結衣ちゃんにも…」
渡辺は最後に言った。小野も最後に1万円札を取り出しカウンターに置く。
「結衣ちゃんの事だけははっきりしてから行け。じゃないと彼女が可哀想だ」
それだけ言うと、小野は店を出て行った。一人残る渡辺。
「うるせぇな…ちゃんとわかってるよ…」
独り言を呟きながらウィスキーを飲む。
あのSNSの亜矢の写真を見た時、渡辺の頭の中で結衣が浮かんだのは事実だった。
しかし亜矢がダメだったから結衣に乗り換えるっていうのは、卑怯で最低だという葛藤。
そして突如決まった新潟県への転勤。様々な思いが頭の中で渦巻く。
「結衣ちゃんの事だけははっきりしてから行け…」
小野の言葉も駆け巡る。
渡辺は、グラスに半分程残ってるウィスキーを一気に飲み干し、何かを決意した。




