一章 15
仕事が終わったのは夜の7時過ぎだった。渡辺は電車で大手町から田町へ向かう。
気が付くと、スマホを取り出しSNSを見ていた。
昨日までの渡辺からは考えられない事だった。
親指を滑らせ何件か投稿を見て行くと結衣の記事が表示される。ふと親指が止まった。
あれから何も連絡もしていない。
結衣のSNSも渡辺のパスタを頬張る記事から、更新されていなかった。
「あの…先輩…好きです!」
その言葉が今でも鮮明に残っている。
(告白されたんだよな。俺…)
電車に揺られながら考え込む。
一昔前なら即OKの返事をする。
向こうから好いてくれるのだ。
楽しまない道理はない。
適当に付き合って、向こうが嫌になったらバイバイといったパターンになっただろう。
こちらは本気で付き合うなんて微塵も考えてないのだから。
しかし今回は違った。渡辺の中で何かが変わっていた。
渡辺自身もこんなに悩むとは思ってもいなかったであろう。
アパートに着くとラフな格好に着替え、鍋に湯を沸かす。
東京で一人暮らしを始めて早5年。
その間の主食はパスタだった。
初めはレパートリーも少なく、ただスーパーなどで売っているインスタントのミートソースやペペロンチーノをかけるだけだったが、今ではフライパンなど使い、ちょっとした自作パスタも作るようになっていた。
今日はツナだなと呟き、ツナ缶と大葉でパスタをあえる。出来上がった即席パスタを胃に収めると、またスマホを取り出し、画面を眺めた。
そこにはミッキーマウスの耳を付けた可愛らしい女性が映っていた。
「アヤ…」
スマホに映し出される女性とは違う女性の名前をふと呟いてしまう。
そしてすぐに頭を振る。
「終わったんだ…。そう…終わった…」
「4年前だろ?何引きずってんだ」
自問自答を繰り返す。頭を抱え込んだ時、そこでSNSの検索を思い出す。
もしかしたら…。そこからは早かった。
すぐさまスマホに名前を打ち込む。
…が検索ボタンを押す際に指が止まった。
数秒の時が渡辺の葛藤する時間を与えた。
渡辺は意を決し、検索ボタンを押す。
すると同姓同名の名前がずらりと出てくる。
一人ず写真と名前を確認する。
山田亜矢という名前と幾度となく見たあの笑顔を探す。
その事に自分自身、必死であることに渡辺は気付いてはいなかった。
やがて渡辺の身体が一瞬固まる。
「いた…」
思わず呟き、画面を凝視する。
間違いない。
いや間違えるはずがない。
スマホに映し出される笑顔。
渡辺の記憶に鮮明に残っている笑顔。
その二つはピタリと一致した。
4年経っているが、全く変わっていなかった。
優しくて。無邪気で。可愛くて。
そして…優しそうな男性と一緒に写っているその笑顔は…。




