一章 12
「付き合って3年目かな…。俺がこの会社に入って半年くらいしてから、急に音信不通になってさ。笑っちゃうだろ?前日まで普通に連絡取り合ってた奴がぱったりだよ。
最初は忙しいのかなって思ったさ。一週間、二週間、一ヶ月…。音沙汰なし。
これは何かあったんじゃないかと思って、俺も新人研修やらで忙しかったけど、時間を作り、大学まで行ったんだ。そしたら大学やめたって聞かされて…。サークルの仲間に聞いても詳しい事はわからなかった…。
もう何が何だかわからなくなって…。どうしていいかわからなくなって…。彼女の実家にも行った。新潟県なんだけど、帰ってくれの一点張り。
半分ストーカーだと思われちゃったのかな…。とにかくそれから今日まで音信不通は続いてるってわけ…」
結衣は黙って聞くしかなかった。
「でも…。俺もいい大人だ。忘れようと思った。最低な男かもしれないけど、結構な数の女性と関係を持った。一晩だけの関係も2つや3つじゃない。
言い訳かもしれないけど忘れるのに必死だった。もちろん中にはちゃんと付き合った女もいるけど、俺がどこか上の空でさ…。
3ヵ月も持たなかったよ…。
多くの女と付き合えば付き合うほど、抱けば抱くほどアヤと比べてしまって…。
そして俺の中でアヤが勝ってしまう…。
最低だよな。俺…。これだけ酷い事されても、心のどこかにはアヤが居るんだ…。どうしようもないバカだよ…」
渡辺は悲しそうな、そして申し訳なさそうな顔で話してくる。結衣もまた、悲しそうな顔をしていた。
「…です…」
結衣がゆっくりと話し始める。
「先輩は… 悪くないです…」
「先輩は何も悪くないですよ。バカでもないし、最低でもない。先輩は優しい人です。
だって今の話の最中だって亜矢さんの事、一回も貶したりしなかったじゃないですか。他の女性の事もです。
先輩は自分を責めすぎです。無理しすぎですよ。
それに亜矢さんの事、無理に忘れようとしない方がいいと思います。無理に忘れようとすると、亜矢さんとの楽しかった思い出も大切な思い出も全部汚れてしまいますよ?
先輩がそこまで好きになった人です。きっとどうしようもない理由が何かあったんだと思います」
結衣の言葉がやけに胸にしみる。
(無理しすぎか…。タカにも同じ事言われたな…)
渡辺は小野の言葉を思い出す。と同時に結衣に関しての言葉も思い返していた。
(結衣ちゃんはいい女。こんな女は滅多にいない)
確かにな…と自分に今一度認めさせる。
「なぁ俺のどこが好きなの?」
喉まで出掛かっていたが、慌ててワインと一緒に飲み込んだ。
今はただ彼女といる時間が妙に心地よかった。
それからしばらくして結衣が頼んだメインのパスタが運ばれてくる。
なかなか美味そうだ。と渡辺がフォークで巻き、口元に持っていった時、カシャっというシャッター音が聞こえてきた。その音のする方を見ると、結衣がスマホを両手に持ちこちらに向けていた。
「先輩の美味しそうに食べる顔いただきました」
などと言い、はしゃいでいる結衣の姿があった。
不思議そうに見つめる渡辺に対し結衣は、
「SNSに載せてもいいですか?」
と一言尋ねる。渡辺は訳もわからず首を上下に振った。
心地よく楽しい雰囲気が辺りを包む。時間を忘れ、結衣との会話に夢中になる。
こないだのミスも忘れるほどに…。




