一章 10
東銀座駅から歩いて5分。
洒落たレンガ造りの店。
2人はワインを片手にイタリアン料理を満喫していた。
「お洒落な店だね?こういう所よく来るの?」
「いえ…。実は初めてです。調べたら意外とリーズナブルでお洒落なお店だったので、いつかは来てみたいなと思ってて…。あの…迷惑でした?」
結衣が申し訳なさそうに見つめてくる。
「そんなことないよ。俺もこういう店久しぶりだからさ。それに料理もおいしいし」
「すみません…。景子先輩が返事が来たら、すぐに誘いなさいって言われて…」
どおりで積極的なはずだ…。
「いいよ。俺も緑川さんと食事できて嬉しいし。でも会社の男連中に殺されないか心配だけどね」
そんなことないですよと、はにかんで微かに頬を赤らめる。
「私自身そんなモテないですし、彼氏だってこの会社に入ってからは全然…」
「へぇ~意外だね。そんなに可愛いのに…。結構色んな噂聞くけど…」
渡辺は終わり際で口を紡んだ。そして慌てて訂正する。
「いや…違うんだ。えっと…その…」
「大丈夫ですよ。可愛い子は妬まれるって言いますし」
結衣は冗談ですよと笑いながら続ける。
「そういう渡辺先輩も色んな噂聞きますけど?」
結衣はお返しと言わんばかりに怪しむような目つきで言ってくる。
「嘘だ~。たとえば?」
「え~っと…。経理課の早苗ちゃんとか、同じ総務課の星野さんとか。後は営業の島田さんに事務の絵梨ちゃん。あとは…」
「ちょっと待った!」
堪らず結衣の話を遮った。
「そんなに?」
「あくまで噂ですけどね」
「…ったく。どんだけ…」
「大丈夫ですよ。先輩がそんな人じゃないって私知ってますから…」
「えっ?」
「あっ…。いや…。その…」
結衣もまた言い終わりに気付いた様に顔を赤らめ、照れ隠しにワインを口に入れた。
「そんなにいい男じゃないよ…」
不意に出た言葉に渡辺は後悔する。
だがもう遅かった。
黙り込む結衣。
雰囲気のある音楽、周りの客の雑談。ウェイターの声。
あらゆる音がその空間にはあったが、2人の席だけ静寂が支配した。




