刺青
この作品は、私が過去に書いたローファンタジーに、新たなネタとハイファンタジーをかき混ぜて作った作品になります。
よろしくお願いします。
太陽は既に隠れ、頭上には細い月が雲の隙間から辛うじて夜道を照らしている時間。
一人のうら若き女性が家路を急ぐ。
「全く所長のやつ、私にばかり残業させて!」
そんな愚痴をこぼしている女性は、周りをもっと見た方がよかった。
何故なら女性が歩いている小道に、黒装束の男が隠れていたからだ。
男は物陰から飛び出ると、女性の口を手で塞ぎ腹を一発殴ると苦しむ女性を肩に担ぎ上げ走り出す。
その先には一台の馬車が。
その馬車に猿轡されて押し込まれる女性の目には涙が溢れる。
無情にも助けは来ることはなく、馬車が走り出す。
女性が拉致された現場には、女性が落とした鞄だけが残されていた。
とある部屋のベッド脇の机の上にある魔導通信具が、ピンコンピンコンと音を奏でる。
「ちょっと〜通信具がなってるよ〜。起きなよ〜」
若い女が誰かを起こす声が、部屋に響く。
「んん? げ! まだこんな時間じゃないの。しかもこの音とか最悪。仕事の連絡だよ。はぁ、嫌だなあ」
そう言った男の声。
鳴ってる通信具を手に取って、通信具の画面に表示されてる時刻を見ての言葉だ。
「仕事って、あなた傭兵以外の仕事なんかしてたの? いつもあちこちの飲み屋に居るらしいじゃないの」
半袖シャツに短パンというラフな服装の、20代で茶髪のショートカットで、絶望的なまでの慎ましい胸で細くて小柄な女性が男に言うと、
「そりゃ色々仕事しないと、飲み代稼げないからなぁ」
と、30代半ばの、けっしてお世辞にもカッコいいと言えない、野暮ったい男がボサボサの頭を掻きながらそう言った。
「どこかの金持ちの家の放蕩息子かと思ってたよ、あの子あんたの事を、友達としか言ってなかったしさ」
「金持ちがあんな安い店に行くかよ」
「そりゃそうか。ていうか、出なくていいの?」
「出たくないけど、出ないと怒るからなぁ、アイツ」
そう言って画面に映る通話の表示をタップした男。
「もっしもーし!」
と、軽い感じで話し出す。
『いったいどんだけ待たすのよ!いつもツーコールで出なさいって言ってるでしょう!』
と、少しヒステリックに相手の女が言った。
「こんな時間に無茶いうなよ」
『こんな時間って、もう10時なんだけど?普通の人はとっくに働いてる時間よ!』
「普通の人と一緒にするなよ」
『とにかくなんでもいいから来なさい!今どこ?自宅?』
「えっとどこだろ? ねえ、ここどこ?」
男は起こしてくれた女に顔を向けて聞く。
「私の家!」
と、勝ち誇ったような笑顔で女が言う。
「それはなんとなく分かるけど、住所的にはどこ?」
「エスティア領の南町の教会の近く」
その答えを聞き男は、
「エスティア領の南町の教会近辺だってさ」
と、電話の相手に伝える。
『全部聴こえてたからね! また女口説いて転がり込んだのね! いい加減にしなさ』
男は通話の途中で電話を切った。
さらに魔道具の起動ボタンを長押し、魔力を遮断する。
再び連絡が来るのすら拒否したのだ。
「相変わらずうるさいんだよなぁ、さて支度するか。なあレイナちゃん、俺のパンツどこ?」
部屋の床を見渡す男。全裸である。
「洗濯してさっき干したとこよ?」
黒髪のショートカットのレイナと呼ばれた女が、物干し台があるだろう方を見てそう言った。
「マジか……」
全裸の男が諦めてベットに座った。
その背中には竜ではないが、竜っぽい蛇の刺青があった。