呼吸をするように、「それ」はそこにある。
目が、覚める。起き上がる。気が付くと、見知らぬ天井に気が付く。
……どこだここは? 俺は、いったい何をしていたんだろうか。
「…………」
部屋がほの暗い感じで、よく全体を見渡せない。
何となく、床の質感がフローリングで、辺りが木と石の室内であるだろうことだけ分かった。
が、こうも視界が暗いと不安も広がるし、何より知らない場所は落ち着かない。
寒さは感じないが、明かりはすぐに欲しい。
「誰か、どなたか近くにいませんか! いたら返事をしてください!
あと、お互いを確認したいので何か明かりを持っていたら灯してもらえませんか?」
目覚めてすぐなんで声が張らない。でも、できうる限りの大きな声を出した。
声を出してみて気が付いたが、この部屋、思ったよりも広くはないらしい。
さらに、息遣いが、ある。俺以外の、何人かの気配が。
「ひゃぁああああああ!! ななななな、なんですか!? 私以外にも、誰かいたんですか??
いややぁああああ、怖いよぉぉぉ、もう帰りたいよぉぉぉおおおお!!!」
「ぬわぁぁぁぁぁああ!!! 何、何なの????」
俺のすぐ後ろから、速攻で反応が出て反射で体がのけ反った。
……思わず変な声が出てしまった。
何だ、今のは。
俺はこんな元気な生物が真後ろにいて、まったく気が付かなかったのか?
かなりこの状況に参っているらしいな。
とりま、
「と、とりあえずお互いに落ち着こう、な!? まずは、深呼吸をしよう!!
深呼吸!! すーはー」
「ふぇぇぇぇん!? 深呼吸?? すーはーすはー、すーはすはー」
……なんか呼吸の仕方が不規則だが、大丈夫か? まぁ、呼吸の感じが落ち着いたから、話せる程度にはなったか?
「どうだい、少しは話せるようになったかい?」
「は、はいです……」
……話した感じ、女の人、なのかな。少し、落ち着かない気配はするけど泣き止んだみたいだ。
「なぁ、取り合えずお互いに状況を判断できていないから、まず姿を確認したい。君は、何か、辺りを照らせるような物は持っていないか?」
「えっと、明るくできる道具は持っていないです」
「そっか……」
困った。他の息遣いがある所にも、声をかけてみるか……?
「でも、」
「うん?」
僕が話した後に、彼女が言葉を続けていることに気が付いた。
「灯りの魔法で辺りを明るくできるんです」
「うん?? んん???」
……何か、聞きなれない言葉が出たぞ。
いや、おそらく初耳ではないが、俺の日常でDIYを行うような感じで使われる
単語ではない。
「魔法……君は今、灯りの魔法を使えると言ったか?」
「はい。私は、魔法使いです」
魔法使い。特殊な呪文や魔法陣的なあれを使って攻撃したり回復したりできる
あれか。
「魔法使いって、実在したんだな……」
「え、それってどういう意味ですか?」
「……気にしないでいい。そっか、じゃあ早速で悪いんだけど、この部屋を君の
魔法で明るくしてもらえないかな?」
「分かりました。一瞬だけ眩しいかもしれないので注意して下さい」
「分かった」
会話の後、彼女の纏った雰囲気が変わった。
彼女がおそらく、詠唱を始めたからだ。
「八百万の神々よ。切なる我が願いをどうか叶えて下さいませ。我が望みは、
周囲を照らせる明るき灯火。我が対価は、わが身の魔力とささやかな幸せです」
彼女がまるでくるくると踊り始めるように、両方の手で青白い炎を発生する。
彼女は魔法を唱えながら、最後に両手を頭の上に掲げた。
「さぁ、おいでませ。《神薙:彷徨い鬼灯》」
言うより早いか、彼女の掌から無数の青白い炎が辺りに細かく飛び火する。
その一つ一つが俺や彼女、また他の息遣いが聞こえた二か所を除いた場所に散らばって明るくなった。
周囲に広がった青い炎が、部屋を青白く照らしたとき、僕は初めて彼女の姿を見ることができた。
「さぁ、これでお互いを確認しながら話せますです」
……俺は、驚きのあまり大きく口を開いて終始無言になった。