太陽が見つめるもの
私は、陽田あかりと言います。神代高等学校の生徒です。
私には、友達がいません。そう、ただのひとりも。
けれどそんな私にも、一人前に好きな人がいます。
彼女の名前は、華崎かれんさん。
その名の通りに可憐で、華のように美しくて、遠くから見つめているだけで惚れ惚れしてしまうような、そんな人です。
だけど、この想いは誰にも言うことができません。かれんさん本人でさえも。
私は女性です。そして、かれんさんも女性。
そう、私は女性なのに女性を愛するという、禁断の恋をしてしまっているのです。
だからなのでしょうか、余計に彼女への想いは募る一方でした。
私が、かれんさんを好きになったきっかけがあります。
それは、私が定期テストで学年トップになったときのことでした。
周りの人は皆、面白がって私に近づいてきました。
けれど、それは私の反応をからかっているだけ。
友達がいない惨めな私をからかったら、どんな反応をするだろうかと、いたずらをしたときの子供のような、そういう表情をしていました。
私は結局、その表情が怖くて、誰ひとりにも心を開くことができませんでした。
けれど、そんな私にも優しくしてくれた人がいたのです。
その人こそ、かれんさんでした。
かれんさんは、教室でひとりごちているしかなかった私に、よく話しかけてくれました。
話しかけてくれたといっても、今日の体育はバスケだよとか、明日は雨らしいよとか、そんな他愛もないことでした。
ですが、そんな些細なことでも強く心に響くほどに、私は打ちひしがれていました。
私は、教室でふたりきりだったとき、かれんさんに話しかけられて涙してしまったのです。
「あ、あ…ごめんなさい…ちょっと、目にごみが……」
「陽田さん…」
突然涙を流し始めた私に、かれんさんはやや戸惑っていました。
だけど、すぐに私の肩を抱いて言ってくれたのです。
「大丈夫、大丈夫だよ陽田さん。好きなだけ泣いていいから」
「っ…」
私は、かれんさんのぬくもりのこもった声に押されるようにして、泣きじゃくりました。
つらかった、苦しかった、悲しかった。
そんな感情が、堤防が崩壊した河川のように、一挙に流れ出てきました。
その間、かれんさんはずっと私の肩を抱いていてくれました。
そのあたたかさは、自宅に帰った後でも、忘れられませんでした。
あんなあたたかい手があるなんて。私はまた、ベッドの上で泣いてしまったのです。
それから、でした。
私がふとしたときに、かれんさんのことを思い浮かべるようになったのは。
これが恋だと気づくのには、そう時間はかかりませんでした。
しかし、私なんかがかれんさんのような素敵な方を、好きでいていいはずがありません。
私は、この想いをずっと胸に秘めて生きていこうと決心しました。
そんなある日のことでした。かれんさんから、お手紙をもらったのです。
夕刻、学校裏の倉庫で待っている、と。帰り際に下駄箱に入っていました。
私は舞い上がりました。
手紙の指示通り、私は日が傾いた頃に学校の裏手にある倉庫へと向かいました。
しかし、どんどん道は細く狭くなり、薄暗く気味の悪いところへと進んでいきます。
私が引き返そうか、と思ったとき、男の声がかかりました。
「おい陽田!」
鋭い声に、私は恐る恐る振り返りました。
「は、はい…」
「華崎かれんに色目を使っているのはお前だな!」
「お前が俺たちの華崎かれんを変えたんだ!」
複数の男が、いつの間にか私を取り囲んでいます。
それに、何かわけのわからないことをーーー色目を使っている?かれんさんを変えた?
何を言っているのでしょうか。
「あ、あの…」
「おい、何とか言ったらどうなんだ!」
「華崎かれんは、お前みたいなやつが近づいていい相手じゃないんだよ!」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さりました。
そう、私には、私なんかには、かれんさんは高嶺の華すぎて釣り合わないのですから。
「私は…私は……」
私はもう何も言えなくなり、ただ俯いているしかなくなりました。
罵声を浴びせられても、肩を小突かれても、私は怖くてその場から動けませんでした。
涙が自然と溢れそうになった、そのときです。
「お前らこそ何なんだ!私はお前たちのものじゃない!」
引き締まった凛々しい声がして、顔を上げるとそこには、かれんさんがいました。
どうして、という言葉すらも紡げずに、私はかれんさんをただ見つめるしかできません。
男たちはかれんさんが来たことに驚いているのか、かれんさんの言葉に驚いているのかわかりません。
けれど、とにかく先程までの覇気が失せたのがはっきりとわかりました。
「いいか、私は陽田あかりが好きなんだ。お前らのことなんか眼中にない。これ以上邪魔されたくない。わかったらとっとと失せろ!」
かれんさんは力強く言いきりました。
私はそのとき、風が止まり、時さえも流れを忘れたのを感じました。
聞き間違いでしょうか、今、かれんさんがーーー。
私が茫然としていると、かれんさんはこちらを向きました。
普段の凛々しさと優しさの混じった表情とは違い、少し厳しい表情をしています。
けれど、すぐいつもの笑顔に戻りました。
「怖かったよね、ごめん。大声出したりして…」
「いいんです。ありがとうございます…それより、その…」
私はその先を切り出すのが怖かったのです。
言えずにいると、かれんさんはすっと背筋を伸ばして、それからその場に跪きました。
「私は、陽田あかりが好きだ。誰に何と言われようとかまわない。女子が女子を好きだなんておかしいと言われてもかまわない」
「…!」
聞き間違いでは、なかったのですね。
かれんさんが、あのかれんさんが、こんな私のことをーーー。
私は涙が滲むのを堪えました。
「あなたは私の太陽なんだ。私はあなたの華になりたい。野に咲く花ではなく、あなたに彩を添える華のように…」
男たちは、いつの間にかいなくなっていました。
私は頬に涙が伝うのを感じてから、ゆっくりとしゃがみました。
膝がぽきんと音を立てると、かれんさんが少し吹き出しそうになります。
私は涙もそのままに、かれんさんの手をそっと取りました。細くて、白くて、あたたかい手。
かれんさんが、私を驚いて見上げます。
「私は太陽なんかじゃありません。それに、私はあなたを華にしたりはしませんよ。私とあなたで華になりましょう。好きです、華崎かれんさん」
やっと言えたのです。
私はずっと、心の奥底にしまっておかなければならないと思っていたこの想いを、やっと伝えることができたのです。
私が涙を拭おうとしたのを見て、かれんさんが私の手を止めて、彼女自身の手で拭ってくれました。
私には、かれんさんが王子さまのように見えてなりませんでした。
かれんさんは、私の背中にそっと手を添えました。
ゆっくりとさするその手の動きに、私はまた堪えきれない涙を流します。
かれんさんが私のほうを見て、にっこりと微笑んでくれました。
「ねえ、私の告白、おかしくなかった?変じゃない?カッコつけすぎてない?」
「いいえ、とてもかっこよかったですよ」
「ほんと?よかった!結構緊張したんだよねーさっきの」
「あら。そうなんですか?」
「そうだよー、ほんとだからね!」
ずっとこの人の隣にいたい。
そう、私が見つめるのは、あなただけです。かれんさん。