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廃駅にて

作者: 押水武

「夏の朝だ。廃線となった鉄道の駅で、ホームにポツンと1つだけ残された木製のベンチに俺は座っていた。

 ジーワジーワと蝉の声が俺を取り囲むように響いている。

 ホームには廂の一つもないから、直射日光が俺の顔面をじりじりと焼く。額から顎をつたって胸元に、汗がぽたりぽたり流れ落ちる。右手に持った缶コーヒーはすっかり温くなっている。


 何で俺はここにいるんだっけ、とぼんやり思っていると列車がスーッと到着する。おかしいよな。廃線なのに。でもその時の俺はおかしいとは思わず、至極当然のようにそれを受け入れていた。

 胸ポケットに入れていたスマホを取り出して時刻を確認する。火曜日の7時16分だ。


 止まった列車のドアが音もなく開く。

 俺の前のドアから、誰かが下りてくる気配がある。俺はうつむいてスマホの画面を見ているから、下車してきた人物の姿をまだ見てはいない。でもトンタントンと足音がしてその人物が俺のすぐ前で立ち止まったことには気づいていた。その人物の足元だけは、うつむく俺の視界に入っている。

 女だ。

赤いストラップの付いたオープントゥサンダルを履いている。ヒールはそれほど高くない。その上に透き通るような白い踝と脛が見えている。ズボンではなくスカートかハーフパンツを身に着けているのだろう。


その女はどこにもいかない。

ずっと、俺の前に立っている。

多分俺を見ている。

そういう気配がした。

それで俺は引き寄せられるように視線を上げていき、そして。


そこで目が覚めた。

寝汗をびっしょりかいていたよ。

3日連続で同じ夢を見ていた。

夢に出てきた廃線の駅は実在している。俺の家から自転車で30分くらいの場所にある。

枕元に置いたスマホを手に取ると、時刻は午前6時半。今日は火曜日。今から自転車に乗って行けば、ちょうど夢の中と同じくらいの時間にあの廃線駅に到着できるな。そう思った。


で。行ってみることにしたんだ。


こうも毎日同じ夢を見ると、何か意味があるような気がしてくるし。それにどうせ夏休みで暇だったからな。

アパートを出て、大学の脇を通り抜け、自転車を飛ばした。

夢を再現しようと思って途中の自動販売機でコーヒーも買った。


柵を乗り越えて駅に入り込む。

そして夢のとおりにベンチに座っていると、来たんだよ。本当に。列車が。夢と違ったのは、列車が止まるときギー、ガタガタと苦しげな金属音を立てたことくらいだ。夢の中では何の音もたてずスムーズに止まっていたのに。

その後も夢のとおりだった。ドアが開いて、女が下りてきて、俺の前に立った。

俺は少し躊躇ったが、夢のとおり顔を上げた。

背が高い女だった。2メートル近くあったんじゃないか。

目が合って、女は俺を見て笑ったよ。悪意がある感じじゃない。可愛らしくにっこり。ああ、この女は俺を気に入ってるなと感じた。


で、顔が。顔がなあ。


はっきり見たんだよ。目が合ったし。

でも顔がわからないんだよな。

思い出そうとしても、顔のところだけぽっかりと黒い穴ぼこみたいになってしまって。どうしても思い出せない。

確かに見たんだけどな。

とにかくはっきりわかったのは、そいつは間違いなく人間じゃなかった。

幽霊っぽくもないんだよな。敢えて言うなら妖怪。宇宙人。わからんけど。姿形は人間と同じだったけど、表情とか仕草にどこか違和感があって。人間以外の何かが、人間の真似をしている。そんな感じだった。

それでその女は言ったんだ。

ずっと一緒にいますね、って。


その時は意味がわからなかった。何だ、一緒にいるって。どういうことだ。

ふと視線を後ろの列車に向けると、車内にはたくさんの人間がいた。ああ。列車の中にいたのは多分本物の人間だ。この女みたいな偽物人間じゃない。で、そいつらは窓ガラス越しに俺のほうをジッと見ていた。感情のない魚みたいな目でジッと。

妙だと思ったのは、服装がちぐはぐなんだよな。大昔、それこそ戦前の服装じゃないかと思える格好をしてるやつもいたし、今では誰もきない15年位前のファッションのやつもいた。統一感がなくて気持ち悪かった。でも今思い出すと、中にいたのは全員男だったな。それだけは共通していた。

 それで不意に直感したんだ。あいつら今の俺と同じなんじゃないかって。過去から現在に至るどこかの時代で、俺と同じように、どこかでこの女に出会って、気に入られて、昆虫採集みたいに捕まえられたんじゃないかって。それであの列車に押し込められてるんじゃないか。ずっと一緒にいるってそういう意味だろ、きっと。俺も捕まってあの列車の中に閉じ込められて、あんな死んだ魚みたいな顔をするようになるんだ。

そう気づいた瞬間、わあって叫んじまった。怖くてな。体がガタガタ震えて。


で、次の瞬間には夕方になってた。


ほんとに一瞬で時間が飛んだんだ。

瞬きもしていない。気を失ったわけでもない。それなのにさっきまで朝だったはずが、辺りが夕焼けに包まれて、ヒグラシがカナカナ鳴いていた。

女はもうどこにもいなくて、列車も無かった。


ポケットの中のスマホが震えた。

出してみると友人からの着信だった。その日の午後に会う約束をしていたんだ。今が本当に夕方なら約束をすっぽかしたことになる。電話に出ると、友人は怒っていた。お前何やってたんだよ電話にも出ないで、って。自分でも何が何だかわかっていないのにそんな風に問い詰められて、俺はしどろもどろになりながら適当に答えて電話を切ったよ。

夢だったのだろうか。

でも実際に俺は自転車に乗ってこの廃線駅に来ている。

それでは幻を見たのか。

ずっと一緒にいますね、というあの女の言葉が頭を離れなかった。あれはどういう意味だったのだろうか。



「まだ大学に通ってたころのことだから今から2年前の話だな。

 で、それ以来あいつは俺とずっと一緒にいるんだ。

 始めに気付いたのは友人の通夜のときだ。そうだよ、さっきの電話の友人だ。その日の夜死んだんだよ。見えない何かに突き飛ばされたみたいに道路にふらっと飛び出て、自動車に撥ねられた。

 通夜の会場で、あの女の後姿を見たんだ。あいつは背が高いし動きが普通の人間とは違うからすぐわかった。

 あいつ人間じゃないからさ、人間の命なんてなんとも思ってないんだ。

 だからすぐ殺すんだよ。

 あいつの基準で、あいつから見て俺に危害を与えそうな奴を。簡単に殺すんだ。


 俺はたまったもんじゃないよ。

 ちょっと揉めたやつ、俺の悪口を言うやつ、みんな死んでいくんだ。あいつは俺を気に入ってるからな。親切のつもりなんだろうぜ。

 友人がその被害者の第一号だった。

 それから何人も死んだ。


 さすがに俺の周りで人が死にすぎてるって皆思い始めた。でもそのことを口に出したやつは死んだ。言いづらそうに俺の前に来て、不幸が続きすぎてる。お祓いとか受けたほうがいいんじゃないかって、言ったやつもいた。そいつもすぐ死んだ。死に方はバリエーションに富んでた。交通事故、落下事故、嫌だ嫌だ死にたくないって言いながら首を吊った奴もいたし、道を歩いていて急に寒い寒いって言って自分の体に火をつけたやつもいた。


 生き地獄だよ。

 親しいやつも、そうでないやつも。周りの人間は全員目を背けたくなるような無残な形で死んでいくんだ。

 すぐに大学は辞めた。誰とも関わりを持たないようアパートに引きこもった。

 気配を感じるんだよな。見えないんだけどあいつが部屋のすみっこに立ってるのがわかった。気が狂いそうだった。ずっと一緒にいるんだ。

 そんな状態でよく2年も生きたと思うよ。あいつさ、コンビニのレジでちょっと待たされただけでも殺すんだぜ。

 それで昨日、お袋と電話しちゃってさ。大学辞めたことは内緒にしてた。それで電話の連絡が来ても全部無視してた。時々メールで元気にしてるから大丈夫だって、それだけ送ってた。だけど昨日はついうっかり着信を取っちゃったんだよな。大学を勝手に辞めたことバレてたらしくて、あんた何やってんのとにかく一回田舎に帰ってきなさいって、お袋強い口調で言うもんだから、俺は、ダメだって叫んで制止しようとしたよ。でも間に合わなくて、電話の向こうから何か潰れるような音がして、俺向こうで何が起こってるのか簡単に想像がついちゃったけど想像したくなくて認めたくなくてスマホの電源オフにして放り投げて朝まで布団にくるまって寝ようとしたけど寝れなかったからずっと震えてた。

 窓から差し込んでくる朝日を浴びて、もう生きてられねえなって思って。それで特急列車に飛び込んだわけ」


 線路わきの草むらで僕が抱えたその生首は、ようやく長い語りを終えた。


「なるほど。えらいものに憑りつかれたんですね」

「まったくだよ。あんたあの特急列車の車掌さん? 迷惑かけちゃったね」

「いえいえ。お気になさらず」

 なるべく落ち着いた口調でゆっくりと、僕は言った。少しでも取り乱した様子を見せたり非難がましい雰囲気を出したら僕もその女に殺されてしまうだろうから。

 勿論、今の話を一から十まで信じるわけじゃないが、現に目の前でバラバラの轢死体の一部分である生首がこうやってはっきり喋っているのを見ている以上、「そんな話は科学的に有り得ない」なんて言う気にはなれない。

「お寺や神社でお祓いとかはしたんですか」

「したけどお坊さんも神主さんもその場で死んじゃったよ」

「そうですか。あ、すみませんけど死体袋の中に入れさせてもらいますね。暗くなりますけど、ちょっとだけ我慢してください」

「いいよ。入れてくれ。体の他の部分はもう見つかった?」

 僕は生首のその問いかけを無視し、胸元の無線機に向かって

「頭部ありました」

 とだけ伝えた。

 生首を入れたずた袋を背負って線路沿いを駅までとぼとぼ戻っていく途中、「この生首は死体だけどまだ生きて喋ることもできる。こういう場合はどう扱われるのだろう。やっぱり死体だから意識があってもそのまま火葬するのだろうか。でもそうなったら、さぞ熱くて苦しいだろうな」と気の毒になった。とはいえ、火葬せず解剖して科学的な調査でもしようものなら、調査の関係者が例の女に次々殺されるに違いない。

 触らぬ神に祟りなしだな、と思って僕は駅で待っていた主任に何も説明せずそのままずた袋を渡した。

 その後どうなったかは知らない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・;)怖い。その一言にまとめちゃうのが申し訳ないぐらいに本当に怖いお話でした。そしてシンプルに話がおさまるワケじゃなくて「これだ!」「これだ!」ととどまりが効かない展開が最後まで鳴り続け…
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