1-5 謎の転校生2
翌日、落ち着かない気持ちで前の日によく眠れなかったので、ぎりぎりになってしまった。慌て気味に学校へ向かったのだが、あの女は平然と自分が強引に占拠した席に座っている。
まるで昔のヨーロッパあたりで作られたような、まるで生きているかにさえ見える人形。そう考えると、その美しい姿も非常に不気味だ。
俺は思い切って、シローニとやらについて、俺の先祖とどういう関係だったのか尋ねてみようと思ったが、そこへ担任の愛子先生が例によって出席簿をパンパンしながら入ってきた。
「はいー、みんな席についてねー。なんと聞いて驚け、昨日に引き続いてまたまた転校生、しかあも、またしても美少女だー!」
ノリノリの美人教師の快声で景気よく宣言されて、俺の質問は見事に遮られてしまった。クラスの連中も、そっちの方へ注意を集中させている。俺もちょっとだけ期待したよ。
「入っていらっしゃーい」
「はあい。どうもー、爽風烈でーす。よろしくお願いいたしまあす。マジックスターからやってきました。趣味はコスプレでーす」
なんかキャピキャピな感じの、えらくノリのいい女の子が来ちゃった。でもまあ、昨日のあいつに比べればまともだからいいよな。
ん? マジックスター? 何か一部に不穏な響きを含んでいる気が。いや気にするな、俺。
コスプレが趣味とか言っているだろ。なんか、そっちのオタク系の用語なんだろう。そ、そうに決まっているさ。
これまた凄い美少女なのだが、割と丸顔に懐っこそうな感じで、髪は天然物の茶色のようだ。目は焦げ茶かな。
だいたい学年に一人はいそうな色合いだ。そして超グラマー。特に男子の注目は、その胸。
比較的胸が目立たないはずの、真っ黒で昔ながらの冬服のセーラー服の胸部を激しく盛り上げていたのだ。
サイズは測定不能だが、もしかするとメートルサイズなのではないだろうか。もちろん、俺も例に漏れず拝観させていただきました。拝観料は無料だしね。
女子も男子とは違う意味合いで、彼女の胸部に着目していたようだ。セーラー服の胸元を摘まんで広げて、露骨に自分のボリュームに乏しい胸部と見比べている奴もいた。
クラス全員も、昨日の焔のありえないような最低の人格の後なので、その友好的な態度の転校生になんだかホッとしているようだ。
胸が大きいのも母性を感じられて悪くない、ほんわかムードを醸し出している。だが、その和やかさもそこまでだった。
「おーい、そこの魄女災くーん。君、僕の物にならないかい?」
爽風ブルータスよ、お前もか! 二日連続で転校生だなんておかしいと思ってたんだよ!
こいつもシローニとやらの仲間なのだな。不覚、あまりにも焔とタイプが異なるので気が付かなかった。
という事は、焔の残念キャラはシローニの特性なのではなくて、単にあいつが個人的にそういう残念な奴だという事なのか。
シローニって一体何なんだよ。だが、俺の思考はそこで停止した。何故なら、そいつ爽風烈がずかずかとやってきて、俺の顔をいきなりその巨大な胸に押し当て、ぎゅうぎゅうと押し付けたからだ。
うおう、こ、これは~。はっきり言って、この上なく幸せな状況なのであるが、い、息ができない! しかもクラス中から注目を浴びているのがわかる。
視線が突き刺さるっていうのは、こういう事を言うんだな。できたら、こういう事は二人っきりの時にやってほしかったもんだ。だが、そこへ野太い怒声が襲った。
「烈、てめえ。後からしゃしゃり出てきておいて、何のつもりだあ。そいつは俺のものなんだよ!」
うわあ、焔。なんか本性丸出しなんじゃねえ? みんな、思いっきり引いているし。
あと、いいんだけど、怒るのならせめて表情くらいはつけろよな。無表情のままだと違和感ありまくりだわ。というか、君達はやっぱりお知り合いだったのですね。
「あらあらあら、まったくこの子は何を言っているものやら。久里、本当は最初にあなたが来るはずじゃなかったんでしょう。強引に勝手に一番乗りしているんだから。あの子も困ってしまってあたしを送り出したんだからね」
あの子? 次々とこいつらを送り込んできている親玉がいるとでもいうのか。
「えーい、うるさいっ! これでも食らいなさい。地獄の炎、ヘルフレイム」
何~、なんだそりゃあ。メンタル患っている上に中二病なのかよ。だが次の瞬間に焔の奴は、その名の如く真っ赤な焔を全身から立ち上らせていた。
そういや、さっきマジックスターとか言っていたよな。これはもしかして魔法かなんかなのだろうか。
炎に包まれた焔はビクともしていない。地獄の炎を纏う女か。焔のキャラに似合い過ぎてちっとも笑えねえわ。
しかも、初めてはっきりとした表情らしいものを浮かべていたが、まるで般若の面の如くだ。
そして、傍にいる俺には熱波が熱く吹き付けてくる。幻とかではなく本物の炎だ。奴を中心とした机が燃えている。
立ち上った炎に炙られた天井も焦げ始めていた。火災報知器がけたたましく非常ベルを鳴り響かせ、全校の空気をヒステリックに震わせた。
「やべえ」
俺は御胸様の拘束から逃れようと必死であったのだが、凄い力で押し付けられているので、まったく逃げられない。
人間の力ではない。うおう、大ピンチだ。傍から見ると羨ましく見えるのかもしれないが、窒息と焼死のどちらか、あるいは両方がその死神の足音を響かせてきそうな按排だ。
「みんな、避難してー」
愛子先生の金切り声が響き、俺以外のクラス全員が教室から逃げ出していく足音を聞きながら、身動きできないまま背中をスルメのように炙られている間抜けな俺は完全に置き去りなのであった。