1-3 怪しい奴
そして一時限目が始まったのだが、教室は相変わらずのピリピリとした雰囲気だ。
電子黒板に向かう国語のおっさん教科担任教師も、クラスの雰囲気がいつもと違うので首をやや捻り加減のようだ。
そして、その教師は、よりにもよって奴を指名した。
「おい、転校生か? 六十Pの最初から読んで」
そして、意外な事に普通に返事をして教科書を持って立ち上がったまではよかったのだが、そいつはなんと。
「γγγγγγ。ΘΘΘΘΘΘ。εεεεεε」
はい、聞き取れませんでしたァ。クラスの他の連中も目が点になってしまっている。
こいつは一体、何語を喋っているのだろうか。すらすらと話し、イントネーションもしっかりした感じで喋っているので、でたらめな事を言っているのでないだろう。
息継ぎの感じや、言葉の区切り方から、ちゃんとこの国語の教科書の内容を喋っているのに違いない、それはわかる。
ただし、我々にとって完全に未知の言語で。
もちろん英語ではないし、ブラジル語でもない。中国語や韓国語でもない。大体、日本のこのような地方都市で普通に耳にできる外国語といったら、このあたりなのだが。
スペイン語やフランス語ロシア語などのような、他の欧米系の言葉でもなさそうだ。たぶんアラブ系でもアフリカ系でタイやインドのような南・東南アジア系でもないのだろう。
後はマイナーな言語としかいいようもないが、さっぱりわからんっ!
要するに地球の主要な言語ではないのだ。まるで宇宙人か、違う世界から来たかのような怪しさだ。
焔久里よ、お前は一体どこからやって来たというのだ。確か、出身地の紹介はなかったよな。
まあ、そもそも転校の挨拶自体がなかったのだがな、その代わりが例のあれだったのだが。
そういや、容姿も何かおかしい。髪は金髪の明らかにそれとわかる地毛で、肌は白人よりも白く、顔はまるでフランス人形だ。
普通に転校してきやがったので、なんとなく納得したのだが、日本人なのは名前だけじゃないか。
むしろ、こいつこそ白鬼とでも名乗ればいいのだ。ん?
待てよ、俺の名前を知っているという事はだな。こいつ、もしかして我が「白鬼家」に所縁の者だとか? いやまさか、俺は何を言っているのか。
俺がじーっと、そいつを見つめていると不思議そうな目線を返してくる。つまり、こいつにはこれが正常な言語だという事の訳だ。だが教師は溜息をついて言った。
「あー、転校生。その、なんだ。一生懸命に読んでくれているのはありがたいのだが、これは国語の授業なので、申し訳ないんだが日本語で読んでくれんか」
最初はきょとんとしていた焔だったが、彼に言われた意味が理解できたとみえて急に慌てだした。
「いけない。日本語文章からのリード・インターフェイスが間違っていたわ。日本語の言語による会話や文字情報からの入力の設定は合っていたのだけれど。えーと、これの設定はどうやるんだっけ」
何を言っているのさ、こいつは。設定だと⁉ まるでコンピューターかロボットであるかのようだ。
確かに、こいつがロボットであるというのであれば、その人間離れした極端な美貌を誇る容姿や、あの異常な性格なんかも納得できるというものだが。
しかし、さっきのような人間らしい反応を見る限りではその線も薄そうだ。だいたい、ロボットだというのであれば、一体どこの誰が何のために寄越したというのか。
「えーと、島崎藤村は明治初期に生まれた日本の詩人・小説家であり……」
まるで何事もなかったかのように日本語で文章を読んでいやがる。
一瞬にして、クリック一発でコンピューターの設定を変えるかのように日本語文章からのリード・インターフェイスとやらを修正できたのか? 本当に怪しい奴だな。
俺は奴が文章を読み終えた後も、俺は右側を向いたまま奴から視線が離れさせられなかった。その後も奴の事が頭を離れなくて、授業がまったく頭に入らなかったし。
一時限目が終わると、高井の奴がにじり寄ってきて、俺達はひそひそ話を始めた。
「なあなあ、お前、あの子とお知り合いだったの?」
「んな訳がなかろう」
「だって、お前の名前とか知っていたんだぜ? 小さい頃に、遠くに転校していった幼馴染だとかよお」
「そんな素敵設定を俺が忘れたりするわけがないだろう」
「だよなあ」
「実は親戚だったとか?」
「うちの一族にあんな奴はいねえよ」
そして俺達は顔を見合わせて言った。
「「じゃあ、一体何者なんだよ」」