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1-2 狂人・焔久里

「はあ? えーと、突然そのような事を申されるあなた様は一体?」


 俺は激しく困惑していた。この人は何を言っているのだろうか。お互い名前も知らない人間に向かって、何言ってんの。


 この状況から察するに、このお方は何かメンタルを患っているとしか考えられない。当然、クラスの人間も皆そのように考えたようだ。


 そして、その狂人は少しイラっとしたような感じでこう続けた。


「聞こえないの? この私、焔久里ほむらぐりの物になりなさいと言っているのよ、魄女災君」


 この女、何故俺の名を知っているのか! あ、怪しい。知っているわけないよね、普通。それに「私の物」という表現。


「私の愛しい恋人になりなさい」ではなくて、明らかに「所有物」になれと言っているようにしか聞こえない。


 もしかすると、あれだろうか。この歳でもう奴隷の欲しい女王様だとか。


 この美貌だからなあ。幼い頃から周りにチヤホヤされていくうちに歪んでしまったとか。


 俺は脳裡に、SMの女王様の格好をしたこの女にパンツ一丁で鎖付きの首輪をつけられて、嬉々として引き回されている自分の姿を想像して青くなった。


「聞こえているの? この私、焔久里が直々にそう言ってあげているのだけれど」


 声は怒っているのだけれど、表情は変わっていないのが、また輪をかけて怖い。これは完全にオツムが逝ってしまっていますね。


 怒りっぽいのは、何か変な薬物でもやっていらっしゃるのでしょうか。絶対に付き合ってはいけない人物だ。


 それに俺の名前を知っているところをみると、ちゃんと下調べをした上でここへ転校してきたのに違いない。


 ありえねえ。何故モブなこの俺のところに。こいつが普通の人間で、正式な手順を踏んで甘い言葉を囁いてくれたのなら嬉しい事この上ないのだが。


 それはそれでまた絶対にありえない事なのだった。このような美少女が通常のシチュエーションで、この冴えない俺なんかに靡くはずがない。つまり、これはかなりイレギュラーな進行なのだ。


 サイコ、ストーカー、メンヘラ、纏わりつき、付け回し。あるいは、どこかのカルト教団の人間だとか。


 俺はだんだん顔に垂れ線が下りてくるのを感じたが、愛華先生は相変わらずのマイペースで言い切った。


「はい、転校生の名前は焔久里さん。趣味は男の調教と。では出席を取ります」

「ぅおーい、そこ。スルーなんですか、この状況。それに調教って!」


「よかったじゃないの、白鬼君。そんな可愛い彼女と転校そうそうに仲良くなれて。もう、ありがたく思いなさいよ、この色男め」


 なんて事を。厄介そうな奴だと思って俺にそのまま押し付けたな! この誰も羨ましがっていなそうな雰囲気がとても嫌だ。


 ちなみに白鬼というのは、俺の苗字が難しくて読めなかったこの担任が勝手に付けやがった仇名だ。


 そりゃあ魄なんて読めないわな、元々人名には使われていなかった文字なのだ。日本広しといえども、このような字を使っているのは我が一族だけだ。


 なんでも百年前に魄女一族の祖となった人物がいて、そのお方がそう姓を名乗ったらしいので。ご先祖様ったら、なんでわざわざこんな読むのも書くのも難解な苗字にしたものやら。


 そして、その狂気の美少女は引き続き、俺の右隣の席に座っている女子を睨みつけて、こんな事を言いやがりました。


「ちょっと、どいてくれる? そこ、私の席だから」


 怯えるその女生徒、音無さん。可哀想に、彼女は名の如く大人しい人なので、その人外のような雰囲気を放つ転校生の鬼女(そうとしか見えない)にすっかり怯えている。


 美女がこのような狂人の如くの振る舞いに及ぶと、大変怖いのだ。そういう話は聞いていたものの、実際に見るとド迫力以外の何物でもない。


 こいつの場合は無表情だから余計にな。その狂人がよりにもよって俺に言い寄っているのだ。頭が痛いなんてものじゃない。


 音無嬢は大慌てで机の中の物と荷物を抱えて、泣きそうな顔でクラスの同情を一心に集めながら、後ろの方の空いた机にお引越ししている。


 うーん、怯えた兎みたいで可愛いな。どうせ付き合うのなら、そこの狂女よりはこういう子の方が絶対いい。


 せっかくお隣同志になったので、会話のチャンスを伺っていたというのに台無しだ。おい、担任教師。ちゃんとそいつを注意しろよな。


「ふ」

 望みの席の強奪に成功したので満足そうに短く息を漏らした美少女、焔久里。


 どういう神経をしてやがるんだ。いきなりクラス全員を敵に回したんじゃねえの⁉ 人を巻き添えにはしてほしくないのだが。これでは、俺がまるで悪漢の子分になったようなものではないか。


 仕方がない。俺は手を上げて立ち上がり、大きな声で提案した。

「先生、俺も席替えを申請します」


「駄目よ」

 にべもなく担任が即答で宣告した。


「え、なんでぇ!」

「当り前じゃないの。話をややこしくしないでちょうだい。それに君が引っ越すと、またよけいな被害が広がるだけでしょうに。先生は君を、その子の管理者として正式に任命するわ」


「おいい」

 なんて担任教師だ。勝手に人に厄介者というか、爆発物並みの危険人物を押しつけやがった。


 確かにあの女、どこまでも机の先住民を蹴散らして、地獄の果てまでついてきそうな剣呑な雰囲気なのだが。


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