1-1 美少女転校生現る
「ふあああ、何かいい事でもないもんかなあ」
今日も何一つ代わり映えしない平凡な一日が始まる。
ホームルーム前の、鶏や兎でも欠伸をしそうなくらいのんびりとした時間に、俺は自分の席に座り、クラスの女子達が楽しそうに芸能界の美少年ユニットの話とかしているのを見ながら呟いた。
ここは市内にある県立高校の教室だ。商業高校なので女子が多い学校だ。もっとも学年の半分、トイレと階段を挟んだ向こう側は女子クラスであり、女子高であるのも同然だ。
昨今は少子化により、男女別々で学校をやっていくのは困難なので、そういう学校も少なくなったとは思うのだが。
とにかく女の子でいっぱいの学校なのであるが、もちろん俺には縁がない。醜男というほどではないが、平凡な、しかも丸顔で一見するとオタクっぽい感じのメガネ男子だ。
身長がそう高いわけでもないし、はっきり言って目立たない地味な男なので仕方がない。
「一度でいいから可愛い女の子と付き合ってみたいな」
つい、そのような分不相応な事を願ったので、神様が天罰でも食らわせたいと思ったのだろうか。
俺はごく近い将来に、とんでもない女難の相でも持っていたのかと思うほどの災難に出くわす事になるのであった。その時はそんな事は露とも思わなかったのだが。
「いい事って何よ」
そう言ってニヤニヤしながら訊いてくるのは、中学時代からの友人で、身長には自信有りの高井瀬生だ。
裏を返せば、身長以外はほぼ並み以下だというタイプなのだが、割とお調子者で、クラスの女の子とも割とよく喋っている。
もちろん、彼女達の望みは高いのでお付き合いには至らないようであったが。それでも、当然俺よりはよくモテる。
「うるせえ。いい事はいい事だよ」
「それでよ、今日はうちのクラスに転校生が来るらしいぜ」
「へえ、どっち」
「オンナ!」
なるほど、それでこいつが情報を嗅ぎまわってきたのか。こいつは昔から女の子の情報にはうるさいからな。
「それで?」
「それだけ」
「あのなあ。可愛いのか可愛くないのか、どっちだよ」
「転校生なんだぜ、可愛いに決まっているだろ! その予想を裏切るなんて許されるものか」
まあ、その程度だろうな。別に転校生の写真が出回っているわけでもない。先生方だって書類に記載されている内容以外は知らんのだろうから。
「なあに、もうすぐわかるさ」
はっきり言って何も期待なんてしていないし、仮に美少女だったとして、そのような方と俺との間に運命の赤い糸など存在しうるはずもない。
ただ、それについても俺は勘違いしていたのだ。確かに赤い糸なるものはついていなかったのだが。
やがて担任女性教師、美神愛華が出席簿をパンパンと叩きながらやってきた。
「はいはい、みんな大人しく席についてねえ。本日はお楽しみだよ~」
県立高校の先生など、くたびれたような、おっさんかおばさんと相場が決まっており、せいぜい教育実習の先生が来るのが唯一の楽しみなのであるが、この先生は珍しく若い美人教師なのだ。
当然、男子からの人気は高く、さばさばとした性格で姐御肌なので女子からも凄く人気があるので、皆も大人しく席に着く。おや、これは多分転校生の情報が回っているね。
「はい、じゃあ入ってきてちょうだい」
そう言われて入ってきたその女の子は、尋常ではない雰囲気を放っていた。
いきなり教室の空気が変わった。なんというか、教師を除く全員が固まってしまったというか。
ピシっというような、マンガで文字にひび割れた表現が使われた擬音が入りそうな空気といおうか。クラス全員、男子も女子も身動き一つできなかった。
それほどまでの美少女が登場したのだから。なんといったらいいものか。まさにフランス人形のような佇まいだ。
背は女子にしては少し高いくらいのものだが、すらっとしていて、なんといっても人間離れしたような整った鼻筋。
髪はどう見ても染めたのではなさそうな、美しい明るい金髪だ。それに色の白さも、透き通るような感じで日本人離れしている。
生憎な事に目の色は透明感のある茶色だったのだが、それはとても澄んでいて綺麗で、それも人間らしくない雰囲気に一役買っていた。
まるで人間ではないかのようだ。精霊族のエルフと言っても納得物の容姿だった。クラス全員が、彼女の耳の形を確認している眼球の動きまで共有して互いに伝わるような異常な感覚。
「自己紹介をしてちょうだい。えーと、名前と出身地、趣味特技でいいわ」
皆の反応をニヤニヤしながら見ていた愛華先生が転校生に申し付けた。すると、何故かその転校生は、ずかずかと前の教壇から進み出て歩いてきた。
「おいおい、自己紹介は?」
教師の言う事など歯牙にもかけず、真っ直ぐにやってきた。そう、俺のところに。
「⁉」
戸惑う俺を怖い顔をして見下ろしながら、彼女は言った。
「あなた、私の物になりなさい」