好きです!俺と(でなく、貴女の好きな人と)付き合ってください!
長編の息抜きに書いてみました。
よろしくお願いします。
『――サンドラ・プレスコット様。
いつも貴女を見てました。
放課後、裏庭までお越しください、待ってます』
下駄箱に入れられていた差出人不明のそのメッセージカードを前に、サンドラ・プレスコットは戸惑いに目を見開いた。
花柄のメッセージカードに書かれた文言はどこまでも簡素で、これを書いた人はどんな人だろうかと興味が湧いた。
貴族令嬢である彼女は、本来であればこのような呼び出しには応じない。どんな危険があるか分かったものではないからだ。
しかしその時サンドラは、不思議と裏庭へと足を運ぶ気持ちになっていたのだった。
「ここかしら……」
放課後の裏庭は、人気がなく閑散としていた。本来ならば侍女が付いてくる筈が、サンドラは一人であり、しかも誰もそのことに疑問を抱いていなかった。
緊張しつつも、慎重に足を進めていく。その先で、制服である濃紺のブレザーをまとった一人の男子生徒がサンドラを待っていた。それを見て、彼が平民であるとサンドラは即座に判断する。
自分達の通う学園は制服こそ定められているが服装は自由であり、貴族の子女であれば思い思いの格好をしているものだが、制服を着るのは平民くらいだった。身に付けているネクタイのラインは、二年生を示す二本。と言うことは、同学年か。しかしこんな生徒、いただろうか?
「貴方がわたくしを呼び出したのかしら?」
「はい、お待ちしてました、サンドラ・プレスコット様」
自分を呼び出した男子生徒は、やはり見覚えのない顔だった。どこにでもいるような茶色の髪に焦げ茶色の瞳。顔にはやや愛嬌があるものの、ごくごく普通の、特徴のない平凡な顔立ちである。
しかし彼が自分を呼び出したのであれば、よほど大切な用件なのだろう。もし、自分の想像した通りであるならばわたくしは……。
「サンドラ様、いきなりで申し訳ありませんが単刀直入に言います! 俺は貴女が好きです! ですから、どうか俺と……――」
「……――ごめんなさい!」
そこまで聞いたところで、サンドラは半ば反射的に頭を下げていた。可能ならば、自分とてこの男子生徒の想いに応えたくはある。平凡でこそあるが、決して悪い人間では無さそうだし。
「……付き合ってください!」
「その、お気持ちは大変ありがたいのですが、ダメですの。わたくし、実はお慕いしている方がおりまして……その方がいる以上、貴方の想いにはお応え出来ませんわ……」
長く伸ばした金髪をふるふると揺らし、青い瞳に憂いを覗かせてサンドラは首を左右に振る。
ついうつむいてしまいそうになるが、そんなわけには行かない。ちゃんと彼の告白の行方を見てやらなくてはと顔を上げ、サンドラは目を丸くした。なんと彼は、たった今フラれたばかりとは思えない程、嬉しそうな顔でサンドラを見ているではないか。
どういうことだと動揺するサンドラに、その男子生徒はにこにこと笑いながら口を開く。
「はい、知ってます! ですから俺は、『俺とでなく、貴女の好きな人と付き合ってください!』って言いました!」
「は、はい……?」
その言葉に、サンドラははしたないと思いつつも唖然と口を開けた。なんだその、告白? 聞いたことがない。好きな人と付き合って欲しいって何だろう。いや、自分とてそれが叶うものならそうしてるが。
「サンドラ様……俺はサンドラ様に数ヵ月前、一目惚れをしてからずっと、貴女を見てました」
「はい……」
「貴女は控えめながらも芯が強く、思いやりがあって素晴らしい人です。俺は、そんな貴女の笑顔を見ているのがたまらなく幸せだったんです」
「そ、それはありがとうございます」
手放しで誉められて、サンドラは照れてうつむいた。ここまで熱い想いをぶつけられるのは初めてのことで、うぶなサンドラとしてはどう受け止めて良いやら分からなくなる。
「しかし俺は気が付いてしまったんです。サンドラ様が、ある一人の方を見るとその笑顔を曇らせてしまうことに。しかも最近は、その方を思っての憂い顔が増えるばかり。このままでは俺は貴女の笑顔を見られなくなってしまう。そこで俺は考えました! その憂い顔の原因であるサンドラ様の想い人……エドウィン・マイクロフト様と恋人になることが出来たなら、またサンドラ様は笑ってくれるのではないかと!」
「え、えええええええ」
サンドラは顔を赤くしたり青くしたりして、両手を無意味にわたわたさせた。
この見ず知らずの男子生徒にまで自分の秘めた想いが知られていたなんて、今すぐにでも穴があったら入りたい。
「あ、ええと安心してください。サンドラ様の想いに気が付いているのは、貴女のことをずっと見ていた俺くらいだと思います。後はきっと、ごく親しいご友人かな、と。とにかく、変に広まってはいない筈です」
「ほ、本当? 本当にそう思いますの?」
「はい。ともかく俺が貴女を呼び出したのは、貴女の恋を成就させるためのお手伝いがしたいからです。なのでどうか……俺を信じてはくれませんか」
正直に言ってしまえば、とても怪しい話ではあった。しかしこの男子生徒の平凡ながら愛嬌ある顔立ちを見てると、警戒心が徐々に薄れていくのだ。おまけに表情も何やら必死だし……もしかしたら、信じても良いのかも知れないと天秤が傾き始めていた。
「ですが……どうしてそんなに、わたくしの恋の成就に一生懸命なんですの? その……わたくし、貴方にお礼とか出来そうにありませんが……」
「お礼とか、そんなのは要りませんよ。どうしてってそりゃ、言ったでしょう、俺がサンドラ様を好きだからです、と。なので貴女の笑顔さえあれば、それだけで俺にとっては十分な報酬なんですよ」
「好きだから……ですの?」
「はい、好きだから、俺は貴女がエドウィン様とお付き合いして、幸せになるところが見たいんです」
「わたくしとお付き合いしたいとは思いませんの?」
あまりにテンポよく答えられるので、本気で言ってるのかと首を傾げてしまう。しかし彼は真顔で首を横に振った。
「いえいえそんな、とんでもない。俺みたいな平凡な男が、サンドラ様とお付き合いだなんて畏れ多いですよ。安心してくださいサンドラ様。エドウィン様は俺が調べたところによれば、婚約者も恋人もなし。好きな人も居らず、剣一筋。将来は近衛隊に入隊することを希望しているそうですよ。優秀な方のようですし、きっと大丈夫です。俺よりもずっと、安定した暮らしが出来ますよ」
「そ、そう……ずいぶんと準備が良いのですね……」
彼が口にしたのは既知の情報も多くあったが、実際にサンドラにとっては大変有効なものであった。特に彼が現在フリーであるというならば、サンドラにだって勝ち目はあるに違いないのだ。
「はい。俺の好きな人の好きな人ですから。もし変な人間だったりしたら困りますからね、エドウィン様のことも、ここ数ヵ月ずっと見てました」
「そ、そんなに?」
「ええ。マイクロフト侯爵家は代々武人の家系で、エドウィン様はその人柄も実直で生真面目。その上勤勉でおまけに猫が好きと文句の付け所がありません。猫が好きなやつに悪いやつは居ませんからね」
「まぁ……エドウィン様は猫が好きでいらっしゃるの?」
それは知らなかったと、サンドラは両手を合わせて頬を上気させて喜びを表す。ああ、なんということだろう。
「わたくしも、猫が大好きですのよ。うちにも、小さな白猫がおりますの」
「なんとそれは最高じゃないですか! 共通点があると、話も盛り上がりますし仲間意識も出来ますから距離がぐっと縮まりますね」
「ええ、ええ、良かったですわ」
目の前の男子生徒はまるで我が事のように喜んでいる。しかしその態度に、サンドラはやはり違和感を覚えずにはいられなかった。
「その……そんなに、嬉しいんですの? わたくしが、エドウィン様と結ばれるかも知れないことが」
「当然ですよ。だってそしたら俺は貴女の笑顔が見られる。俺にとっては何よりも嬉しいことです」
「……っ、ま、真っ直ぐに言い切りますのね……貴方も十分実直な方だと思いますわ。……あら? そう言えばわたくし、貴方のことを何とお呼びすれば良いのでしょうか」
初対面から衝撃的過ぎて忘れていたが、サンドラはこの男子生徒の名前すら知らないのである。向こうが自分を知ってるので、すっかりと聞いたつもりになっていた。
「ああ、俺ですか? 俺のことはレイって呼んでください。覚えやすいでしょ?」
「はい、レイ様ですのね、分かりましたわ」
そう答えて頷くと、レイと名乗った男子生徒は少しばかり困った顔をし、慌てた様子で両手を振った。
「いやいやいやいや、俺なんて様付けされるような人間じゃありませんから! 俺のことは使用人、いや、犬猫同然と思ってください! 出来れば呼び捨てで!」
とやけに必死に頼まれたので、サンドラも思わず頷いてしまう。
「は、はぁ……れ、レイ、ですわね? フルネームはなんとおっしゃいますの?」
呼べ、ということはニックネームか何かだろう。レイモンドだろうかレイオットだろうかと首を傾げたが、レイは笑って答えなかった。
「それはまぁ、気にしないでください。大したものでもないので。そんなことより、具体的にエドウィン様にどうアプローチするか考えましょう」
「ええと……ええ、そうですわね……」
はぐらかされたことに困惑は覚えたものの、彼は答えてはくれなさそうだったので、ひとまず頷くことにした。
「そうですね……ではまず、エドウィン様との接点を増やしましょう。サンドラ様はエドウィン様と同じクラスでしたよね? ならば、何でもいいのでエドウィン様と一緒の委員会なり係なりに入ってください。同じ仕事をすることで、少しでもエドウィン様の視界に入る可能性を上げるんです」
「分かりましたわ」
「それから、笑顔! エドウィン様と目が合ったら、にっこり笑いかけてください。もうそれだけで、好感度アップ間違いなしです!」
「え、えええ? 笑顔、ですの?」
レイの言葉に、サンドラは目を瞬かせる。憧れの君に笑いかける。それは少しばかり、ハードルが高いようにサンドラには思われた。その前の、同じ仕事をする、というのも同じくではあったが。
「そ、その……はしたなくありませんの?」
「大丈夫ですって! 美人に笑いかけられて、喜ばない男なんて基本居ませんから。いや……よっぽどの女嫌いだとか男が好きだとかだったら、別かもですけど、エドウィン様は少なくともそんなことはないので」
「エドウィン様に……笑いかける……」
想像だけで顔から火が出そうだが、これも彼と恋人になるためである。やるしかない、と決心して頷いた。
「わたくし、やりますわ。他には、どうしたら良いのです?」
「はい、そうですね、サンドラ様のいいところやご自分が猫が好きということをさりげなくアピールするんです。サンドラ様は思慮深く、思いやりのある方です。例えば誰かが失敗したらすかさずフォローに入るとか、落とし物を届けてあげたりだとか。でもこれは、わざとやってはダメです。偶然に頼ることにはなりますが、万が一のために常に心構えしておくと良いかと」
「そうですわね。わざと人の足を引っ張るなど、淑女としてはしたないですわ」
真剣に頷くサンドラを見て、レイは満足そうに頷いた。
「それでこそ、俺が見込んだ人です。猫好きについては……うーん、鞄に猫のチャームを下げておくとか、ハンカチに猫の刺繍をするとか、飼い猫の姿絵を持っていたりすると、良いかもしれませんね」
「それでしたら、全部やってますわ。わたくしのハンカチの刺繍は全て、わたくしの飼い猫のものですのよ。ふふ、わたくしのお手製ですわ」
「なんと……予想外です。流石ですねサンドラ様。とすると……お友達とご自分が飼われている猫の話とかされたりします?」
どこか恐る恐るの問い掛けに、サンドラは満面の笑みで頷いた。
「勿論ですわ。わたくしの猫の話は、お友達の皆さん喜んで聞いてくださいますの」
「それは何より。じゃあ、エドウィン様が聞いてる時にさりげなくお話出来たりもしますね」
「まぁ、そうですわね! なんということかしら……わたくし、明日が楽しみになってきましたわ」
「その意気です、サンドラ様。俺も一安心出来ました。それでは今日はここまでにしましょうか」
「そう……ですわね。わたくしったら、すっかり話し込んでしまいましたわ」
頬に手を当てて恥じ入るサンドラを、レイは目を細めて眺めていた。
「サンドラ様が楽しそうで俺も嬉しいです。ではサンドラ様、俺に相談やらがある時は裏庭までいらしてください。放課後でしたら、俺はいつでも居ますから」
「まぁ放課後なら……その、予定とかはありませんの?」
「その点も心配はいらないですよ。理由は明かせませんが、俺はここにいないといけないんです」
ふっ、とレイが目を細める。その笑みに少しだけ背筋が寒くなるのを覚えながら、サンドラは頷いた。
「ええ……信じますわ。では、とにかく放課後にここに来ればいいんですのね?」
「はい。出来れば誰にも見られないようにして来てください。それと、俺のことは決して誰にも言わないでもらえますか」
「誰にも内緒ですのね。……確かに、おかしな噂になるのも困りますわ。ええ、レイのことは誰にも言いませんわ」
「ありがとうございます。誰かに明かしたら、俺はその時点で、貴女の前には二度と現れませんから」
「……はい」
レイの言葉から、嘘は一切感じられなかった。怖いほどに真摯な声音に、サンドラは知らず息を飲む。
「それでは、これからよろしくお願いしますわ、レイ」
「はい、サンドラ様、こちらこそよろしくお願いします」
最後ににこやかに笑ってその場を離れる。と同時にサンドラの侍女が駆け寄って来るが、不思議なことに無言で主人が離れたと言うのに、サンドラがどこに行ったのかも訊ねることなく、誰もそのことに疑問を持たないままであった。
早速翌日から、サンドラによるエドウィンへのアプローチが開始された。
運の良いことに、生徒会主導の武術大会が三ヶ月後に予定されており、その準備の手伝いをエドウィンとすることになったのだ。
無論のことエドウィンも選手として参加するが、あくまで当日までの準備のため問題はない。当日はまた別の人間が運営することになっている。
更にその日はクラスメイトが貧血を起こして具合を悪くするという出来事があり、サンドラはすかさずその生徒を保健室へと連れていった。そしてそれを、エドウィンもしっかりと見ていたのであった。
しかも偶然にも、サンドラが持つハンカチを運良くエドウィンが拾うという場面まであった。その時は何も言わなかったが、エドウィンはハンカチに施された猫の刺繍をじっと見つめていた。
(す、すごいですわ……なんという幸運の連続かしら。エドウィン様がわたくしを見る回数が、確実に増えてますわ……)
以前は三日に一度くらいしか目が合わなかったというのに、今日はもう二度も目が合っている。その度に心臓が高鳴るのを堪えつつも、にっこりと笑いかけてみた。効果の程は不明だが、少しはエドウィンに意識されるようになればいい。
エドウィンは、夜を思わせる紺色の短い髪と、月のような琥珀の瞳を持った美男子である。声は低く、それでいてよく通る印象的な声の持ち主で、やや寡黙ではあるが言うべきことはしっかりと口にする。そんな男であった。
サンドラがエドウィンに恋をするようになったきっかけは、ほんの些細なことである。街に買い物に出た際に、ちょっとした不注意からメイドとはぐれ、迷いそうになっていたところを助けられた。その上荷物まで持ってもらい、自分がメイドと再び合流出来るまでさりげない仕草で護衛まで勤めてくれた。
お礼を述べるサンドラに、エドウィンはやや素っ気ないとも言える態度でこう答えただけだった。
「別に……当たり前のことをしただけだ」
当たり前のこと。エドウィンにとっては当たり前で、ほんの些細なこと。しかしサンドラには、その言葉がとても大きく響いたのだった。
そしてサンドラは、それを当たり前と言い切ったエドウィンに――恋をした。
「……で、エドウィン様との仲はどうなりましたか?」
「それが昨日は、エドウィン様から声をかけてくださいましたの。わたくしの髪に、花びらが付いていたから、と。その時に少し、猫のこともお話することが出来ましたわ」
「おお、絶好調ですねサンドラ様! そうです、その調子です。時にサンドラ様、エドウィン様は実は甘いものが結構お好きだそうですよ」
「まぁまぁ、それは幸いですわ。ちょうどうちの領地で、ブドウが収穫出来ましたの。ならばそれを使ったお菓子を、差し入れすることにしますわ」
「素晴らしいアイデアです。きっとエドウィン様も喜ばれますよ」
レイのアドバイスは的確で実に無駄がなく、彼の言葉に従えば、どんどんとエドウィンとの距離は縮んで行った。
時にはどうしてこんなことまで知ってるんだと思うようなこともあったが、それでも成功さえすれば、疑問に思うことは減っていった。
「エドウィン様は、最近剣術の伸びに悩んでおられるようなんです。しかしそれも一時的なものなので、気晴らし街に誘ってみてはいかがでしょうか。その際に、お守りをプレゼントするんですよ。武術大会での優勝を願ってます、って言って」
「は、はい……やってみますわ」
寡黙で、どちらかと言えば表情に乏しかったエドウィンに笑顔が増え、口数も増えた。サンドラとともに過ごす時間は格段に増え、二人は恋人なのではないかと、一部で囁かれるようになった。
「レイ、聞いてください! 実はエドウィン様を街に誘うのに成功したのですが、なんとそこで良からぬ輩に絡まれてしまいましたの」
「ええ、それは大丈夫だったんですか?」
「はい! なんとエドウィン様がその人達を見事に追い払ってくださいましたの。とてもかっこ良かったですわ……」
「サンドラ様……それは、とても嬉しかったでしょう」
「はい。その際に、剣術のことで悩んでいたのも吹っ切られたご様子で……あの、武術大会が終わったら、わたくしに言いたいことがあるって、おっしゃってくださいましたのよ」
「おおお! サンドラ様……それは間違いなく、告白に違いありません!」
「えっ……あの、レイもそう思いますの?」
「勿論です! 男が決闘の後に女性を呼び出す……それは紛れもなく、告白に決まってます!」
「も、もしそうだったらどうしましょう。ああ、心臓が壊れてしまいそうですわ」
「気を確かに、サンドラ様。俺は、サンドラ様を応援してますから、サンドラ様は、エドウィン様を応援してください」
「は、はい……その、ありがとうございます、レイ……貴方のおかげですわ」
「努力したのはサンドラ様です。俺は少し、背中を押しただけですよ」
「いいえ、間違いなくレイのおかげです。わたくし、どうしたら貴方の恩に報いることが出来ますの?」
「最初に言ったでしょう、見返りとかは考えなくていい、と。ですがそうですね、強いて言うなら……」
「レイ……?」
「幸せになってください。それだけが俺の望みです」
「……………………はい」
そしてその日が、サンドラがレイに会った最後の日となった。
そして武術大会当日――エドウィンは見事優勝を勝ち取り、その表彰台の上からサンドラを呼び出すと、彼女の前へと跪いて、赤い薔薇の花束を差し出した。
「……お慕い申し上げる」
全校生徒を前にした公開告白に、サンドラは目を目一杯に見開き、真っ赤になって口元を手で覆った。
「エドウィン様……」
「初めて見た時から、可愛らしい方だと思っていた。最近では、貴女を思うと胸の鼓動が早くなることから、これは恋だと確信した。見ての通り、わたしは剣くらいしか取り柄のない武骨者ではあるが、もしも想いを返してくれるなら、この花束を受け取ってはくれないか」
訥々と語られる懸命な想いに、サンドラは胸がいっぱいになりながらもその花束をそっと受け取った。それから、目に涙をためて、自らの想いを口にする。
「わたくしも、エドウィン様、貴方をお慕いしております……」
言い切ると同時に強く抱き締められ、見物していた生徒達から一斉に歓声が上がる。ここに、武術大会の優勝者と、新たな恋人の誕生を、皆で盛大に祝うのだった。
「レイ、レイ、聞いてください! なんと貴方の言った通りでしたわ! わたくし、エドウィン様に告白されましたの! ……あら? レイ、居ませんの?」
翌日の放課後、質問責めにするクラスメイト達からどうにか抜け出し、サンドラはいつもの裏庭へと足を運んでいた。
しかしそこには誰も居らず、サンドラの声だけが虚しく響いていた。
「レイ? どこに居ますの、レイ」
その時、背後からかさりと足音が聞こえ、サンドラは彼かと思い、勢いよく振り返った。
「レイ!?」
「ここに居たのか、サンドラ。……レイ、とは誰だ?」
「あっ、エドウィン様……」
足音の主はレイではなく、昨日出来たばかりの愛しい恋人である。ここに彼が居るのが少し不思議な感じがしたものの、喜んで駆け寄る。
「その……恥ずかしながら、同じ学年の男子生徒ではありますが、ここのところわたくしの相談に乗ってくださっていた方ですの。その……貴方への、恋の相談に」
「わたしへの? しかしそいつは、男だろう?」
エドウィンが眉をひそめるのに、サンドラは慌てて両手を振る。
「疚しいことはありませんわ。本当にただ相談に乗ってもらっていただけですのよ。それで、エドウィン様と恋人になれたのが嬉しくて、言わなくては、と思ったものですから」
「そうか……しかし、今後はみだりに異性と二人にならないでくれないか。君はわたしの……恋人なのだから」
「はい……」
真っ赤になってサンドラが口元をふにゃりと緩ませる。その可愛らしさに、エドウィンは満足して一つ頷いた。
「しかし、レイ……だと? わたしが知る限りでは、同じ学年にそのような生徒はいなかった筈だが……レイモンド、レイオット……いや、やはり記憶にないな」
「実はわたくしもなんですの。とても不思議なお方でしたわ……」
とサンドラが首を傾げる一方で、エドウィンは"レイ"という言葉が何故か気になって何度か繰り返した。
「レイ、レイ……? あっ」
「まぁ、エドウィン様、何かご存知ですの?」
「い、いや……そういう訳ではない。おそらくわたしの勘違いだ」
エドウィンは聞いたことがあった。"レイ"というのはとある島国の言葉で『霊』を示すのだと。
その上この裏庭では何年か前に、とある男子生徒が意中の生徒に告白しようと呼び出してここで待っていたところ、迷い込んだ強盗に殺されるという痛ましい事件があったそうだ。以来、裏庭にはその殺された男子生徒の亡霊が化けて出るのだとか。そして、裏庭も危険だからと立ち入り禁止になっていたのだが、つい最近、今年になってからそれが解除されたのだと聞いている。
(まさかな……)
とエドウィンは首を振る。亡霊なんて、居る筈がないではないか。きっと、レイという名前の、自分達も知らない影の薄い男子生徒がいたに違いない、うん。
エドウィンがこのことを覚えていたのは、怪談にまつわる話が苦手で、余計に耳についたからだとかそんなことは一切ない。断じてない。ないのだ。
「それよりサンディ、せっかく恋人同士になったのだから、二人きりの時は、エドと呼んでくれないか」
「え、エド……様?」
「エド、だけでいい」
「エド……は、恥ずかしいですわ」
「そうだな……でも、慣れてくれると嬉しい」
「はい……エド……」
若い恋人達が、静かに裏庭を立ち去っていく。その姿を見るものは、誰もいなかった。
――それから半年程が過ぎて、エドウィン・マイクロフトとサンドラ・プレスコットとの婚約が正式に発表された頃のことだった。
一人の女子生徒の下駄箱に、一通のメッセージカードが届けられていた。
『いつも貴女を見てました
放課後、裏庭までお越しください。待ってます』
『彼』の正体は果たして幽霊なのかそれとも、影の薄い男子生徒なのか、ご想像にお任せします。
エドウィン様は、剣で斬ることが出来ない霊が苦手。
書いててとても楽しかったです。良ければブクマやポイント評価、よろしくお願いします。
連載中のこちらの長編もよろしくお願いします。
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