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パパラ、プレゼントをいただきました!

 さて程なくして彼女はちゃんと指定通り、飲み物を用意して戻ってきた。

 器が満たされる様子を見つめていたシークが、ああそういえば、と何気なく口を開く。


「一応言っておくが、万が一媚薬なんか入れていたら全部貴様にぶち込んで適当な所に放置するからな」

「まあ――!」

「顔を赤らめるな」

「ダーリンそんな……わたくしにもシチュエーションの好みや心の準備というものが……せめて日が降りてから、ゆっくりと一枚ずつ……ああでも、激しいのもそれはそれで――」

「そなたの趣味嗜好はこの際どうでもいいのでこの茶の安全性について答えよ。飲めるのかこれは」


 パパラは己の妄想で身をくねらせていたようだが、突っ込みのないボケほど不毛なものはこの世にない。

 シークがあくまで真面目モードを続けていると、鍛えた軍人のようにぴしりと伸びた姿勢、美しく敬礼して微笑んだ。


「ご安心なさいませ。正真正銘ただのお茶です。多少リラックス効果があり疲労が取れる程度でしょうか。いえ別にご期待にお応えしてもいいのですけれど? こういう場合、悪さをすると真っ先に自分に返ってくるのがお約束――」

「大体わかった。ではそなたも飲むがよい」

「ほら案の定。慎重なお方ですこと」


 パパラは首をすくめつつ、特に逆らう事なく自分の分も注いだ。

 ということは彼女の分まで茶器が用意されているということでもあるのだが、もはや誰もそのことを不自然と思っていないらしい。


「……ところでこの場合、顔の布はどうするのが正解ですの?」

「部族にもよるが、どこにも共通して言えることは頭の布を人前で取ってはならぬということのみ、顔はそなたの好きにするがよいだろう。見せても構わなければ取れば良い、見せて不都合ならまあ少々頑張って顔を見せずになんとかするがよい」

「かしこまりましてよ、我が王」


 女は微笑むと、素早く口元を隠す布を外し、お茶を楽しむ。

 しかし本当に美しい女だ。

 シークも美形だが、男らしさは失っていない。


 一方パパラは顔ですぐ女性とわかる、優美な眉や細い鼻筋、それでいて赤く艶やかな唇を持っていた。美醜の好みは個人にあれど、万人に確かに整っていると言わしめる顔であることは確かだ。

 これで普段のあれこれがなければいくらでも貰い手はあるだろうに、むしろこの女を巡って戦争すら起こるだろうに、天は二物を与えなかったか、それとも逆にこれが神の愛情の産物なのか……。


 さてそんな男の複雑な胸中を知ってか知らずか、女は茶の香りを楽しんだ後、ゆっくり時間をかけて飲み干してほっと息を吐いた。

 それを見計らい、王は懐をごそごそ漁って何やら取り出し、手を突き出す。


「飲んだか。ではこれを」


 女がぎょっとしたように目を見張り、硬直した。それからおずおず、恐る恐る小声で尋ねる。


「……あのう、我が王」

「なんだ。早く受け取れ」

「いえその……わたくしの勘違いだと思うのですけれどね? 気のせいでなければこれは、プレゼント、というものなのでは……」

「なんでもいい、くれてやるから受け取って首から提げるのだ」


 パパラは彼女にしては珍しいことに狼狽した。周囲に目をやれば、付き人達は「どうぞどうぞ、王のご意向ですから」と手でジェスチャーをしている。無視より逆に怖い気もする。


 しかし最終的には恋する乙女だ、どういう理由かはさっぱりわからない、最悪嫌われているが故の行動なのだとしてももらえるものは嬉しい。


 おっかなびっくり受け取った後、言われた通り身につけてみれば、それはアブラダーバ国特有のお守りだった。

 砂漠には昔から、目に魔が宿る、見る事で邪を追い払う、という信仰が存在する。

 人の目を模した首飾りのお守りは、この地方特有のものであり、外国からの観光客など真っ先にお土産に選ぶ縁起物でもある。


 さてパパラが貰ったお守りは、一見魔石で作られたかのように思われるのだが、よくよく観察してみればそれは魔油を加工して固めたものではないか。

 しかも珍しいことに、金色の目を模していた。通常のお守りは青色だ。これはもしかしなくともチョーシーク達の一族の目を表している特別製なのでは――はっとなった彼女が顔を上げれば、そういえばシークがぶら下げている数あるじゃらじゃらの一つに同じデザインのお守りが存在しているではないか!


「我が王とおそろい……ウフフフフ……」


 ここまで衝撃展開が重なると驚きはちょっと弱くなるらしい。

 感極まって奇声を漏らし始めた女を見て、少し遅れて茶を口にしていたシークが杯を置く。


「少しは落ち着いたか。顔色も戻ってきたようだな」

「何のことでございましょう?」

「魔力酔いだろう。そなたは人間離れした魔力を持つ。この施設で全く影響がないと言う方がおかしい。耐性がなければさぞいるだけで辛かろう」


 お茶を飲み終わったためだろう、口元の布を戻した女は訝しげに眉を顰めたが、シークの言葉にまたも目を見開いた。


「私の寝所にすら潜り込むそなたが国家機密を重視してくれるとは思わぬからな。現にここにもしれっと入り込んでいる。しかしやはりいつもに比べると元気がない。ならば、そうできない理由がある――順当に言って魔力酔い、と考えるのが自然であろうよ」

「この格好でおわかりになりますの?」

「人を読むのも私の仕事の一つだ」

「……それでわたくしにこれを下さりましたの?」

「仕事をしろと言ったろう。報酬が必要ではないか」

「よろしいのですか? 敵に塩を送ったりして」

「敵対の意思があればもっと効率よく動く。……まあ私には度しがたいことだらけだし迷惑していないと言えば嘘になるが、少なくとも私が本腰を入れてそなたを排除せねばと思うほどのことをするつもりはないのだろうよ――と、思わない、わけでも、ない」


 そこでシークは居心地悪そうにお茶に手を出した。

 のだが、先ほど空にしたばかりである。

 口に持ってきてそれを思い出したらしい王は一瞬固まり、それからわざとらしさを感じさせるような咳払いをして、そうだ私は最初からこうするつもりだったのだ、とでも言うように空の茶器の中に視線を落とす。


「これはどうやらオリジナルのブレンドらしいな。肉体の疲労感を緩和すると共に、精神面を落ち着かせ、魔力を整えさせる効果を持つといったところか」

「……我が王は本当に良い目をお持ちですこと。このような方に運命を感じられて、わたくし、幸せ……」


 ほう、と感嘆する女に、ちらっとシークは流し目を送り、迷った風情を見せてから、それでも唇を薄く開いた。


「そなた、私のために故郷を追い出されたと以前申したが。私は本当に、国を捨てるほどの男か?」

「あら、意外ですこと。我が王はご自分に自信がおありにならないのでしょうか?」

「そんなことはない。自負がなければシークなど務まらぬ。ただ……どうしても、理解できぬだけだ。それほどの熱を向けられる理由が」


 そしてなぜだろう、その理解できない部分を、以前ならばどうでもいいと切り捨てていただろうに、最近では知ってみたい――とまで、思うようになってきている。


 残る言葉は口には出されない。


 パパラはふっと虚空に目を彷徨わせた後、チョーシークに微笑みかけた。


「……では王にお応えしまして、もう少し詳しくお話を致しましょうか」

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