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パパラ、お茶に誘われました!

 シークが面倒を見なければいけないのは人間だけではない。

 魔油の管理もまた王としての大事な勤めの一つであり、他国の王とは一線を画す部分でもあった。


 魔油はアブラダーバ国の巨大な遺跡で採掘される。

 遺跡自体が作られたのは、もうどのぐらいになるかわからないほど遙か昔のことらしい。


 一説によれば、それは旧時代文明の産物である。

 かつて人類の世界には魔法は存在せず、けれど人は今以上に快適な生活を送り、地上に溢れんばかりに数を増やしていた。

 ところが豊かに過ぎる暮らしはやがて破滅を招く。有限な資源を巡って争いが起き、世界は七日七晩光に包まれた。


 生き残ったわずかな人間達は、変化した環境に対応すべく試行錯誤を重ね――そして魔術の存在と活用法を身につけるに至った。

 そして世界は剣と魔法で暮らしていくことが当たり前になったのである。


 ……というちょっとした歴史はともあれ。

 百年ほど前、チョーシークのご先祖様達に連なる一族は、旧時代の残された文明を元に現代の術式を編み合わせ、遺跡を巨大な魔油の採掘場として蘇らせることに成功した。


 彼らは更に、大量の魔油を元に魔素を供給して様々な恩恵をもたらす(たとえば夜も昼のように明るい照明を提供する等)施設も生み出し、それらもアブラダーバ国の重要拠点の一つではある。


 けれどその中でも最重要と言えば、やはり採掘場なのであった。



 月に一度、シークは採掘場の点検整備を行う。

 加工なしの純度百パーセントの魔油、それが海と見間違う程の量くみ上げられる場所。

 控えめに言って狂気の沙汰だ。

 しかしそこに近づいても人間が人間でいられるように、しかも魔油を後で色んな所に持って行けるように加工できるようにご先祖様達は頑張ってしまったのである。


 人間の執念って怖いな、と思いつつチョーシークは今月の定期点検をこなしている。



 採掘場にはいくつか壁が存在する。

 建物内部のコア部分である第一階層、一つの建物全体を示す第二階層、複数ある建物全体を取り囲む塀の内側を示す第三階層。

 一般人は第三階層にも侵入することはできず、シークの付き人や臣下達は第二階層まで出入りを許される。

 一番内側の第一階層――魔油がくみ上げられている現場に直接立ち入れるのはチョーシークだけだ。


 なぜチョーシーク達の一族のみが魔油を扱うことができるのか。

 それは魔油に対する耐性を、身体の中に血液を媒介とする術式として取り込んだためである。


 秘密の厳守と自分たちの利益のためにご先祖様はこのような形を取ったのだろうが、子孫としてはもうちょっと誰でも扱えるような形にして継承してほしかったものである。


 しかし当代のシークはチョーシークの名を冠する男。

 若いうちから研究を重ね、自分の血をちょっと抜いて魔油を加工した液体と混ぜ、他の人間の肌に塗りたくることである程度一族の血を引いておらずとも採掘場に立ち入れる事を可能にする術式を編み出した。


 とある理由により一族の数は年々減っていっている。

 最悪一人も一族がいなくなっても別の誰かが魔油を扱えるようにできる未来がシークの理想なのだが、採掘場の入り口はシークにしか開けられない、シーク本人に流れる天然(?)の術式より効果が薄いなど、まだまだ実現には課題がいくつも立ち塞がっている。


(いくつか気になるところはあったが、まあ概ねいつも通りか……)


 遺跡の中を歩いて回り、術式のほころびた場所を修復し、巨大な魔力の流れを調整する。

 額に汗を浮かべつつも仕事をこなした王は、第二階層まで戻ってくるとほーっと大きく息を吐き出した。


 実に気の張る作業だ。第一階層への立ち入りの都合上、自分に何かあった場合支えてくれる者はおらず、またどこか悪くなっている箇所はないか、きちんと修繕はできているのかの判断もシーク一人がせなばならない。


 待っている方も気が気ではないだろう。最悪主が遺跡の扉の向こうに姿を消したままになる可能性だってあるのだ。じゃらじゃら派手な装いの音が聞こえると、臣下達の強ばった顔に一斉に笑顔が戻ってくる。



 さて採掘場現場の建物から、遺跡全体を監視・統括するための建物に、一仕事終えたシークは移動してきた。

 常駐者達と顔を合わせ、お互いの無事を確認した後はようやく一息つける時間だ。


 常駐者、また月に一度やってくるシークのために、遺跡の設備は充実している。

 汗を流し、食事をし、のんびりくつろぐための空間も用意されていた。


 一通り疲れを癒やしたシークは、付き人に大きな扇で緩やかに風を送られている。


「そこにいるか。いるだろう」


 不意に、微睡んでいたシークがふと声を上げた。


 すると壁の一部がするりと剥がれ――剥がれたことでわかったが、どうも布のようなもので壁を偽装していたらしい――伝統衣装の黒づくめがすっかり馴染んできたが相変わらず背負っている愛銃とやらが異様である女が姿を見せる。


「我が王、お気づきでしたの?」

「そなたのストーキング能力には目を見張るものがあるからな」

「まあ……」

「頬を染める所ではないぞ? 一応不法侵入であるからな?」

「さすがに第一階層へは遠慮して立ち入っておりませんからご安心なさいまし」

「遠慮がなければ入れるのか……」

「気合いがあればなんとか」

「気合い」


 この国の最重要拠点の結構内側、しかもシークの至近距離に不審者が潜んでいたことに、もはや誰も驚こうとしないし危機感を覚えようともしない。

 王に風を送っていた付き人も「あ、今日はそこにいらっしゃったんですね」的な顔を一瞬したのみだ。


 しどけなく寝そべっていたシークは上半身を起こし、金色の目でパパラを睨み付ける。


「さては今暇だな? というかいつも暇だな?」

「一応わたくしはわたくしで自らやるべきことを探し毎日勤しんでいるのですが、あるいはそれを時間がある――と、解釈することもできます」

「なら茶でも汲んでこい。ちょうど今なくなった。砂漠は乏しい土地、人こそが最大の資源となるのだ」

「つまりわたくしにも仕事を下さる――! 我が王はさすが寛容でいらっしゃる。かしこまりましてよ、わたくしは恋の奴隷。あなた様のご命令に忠実――」

「仕事しろ」

「そんな所もす・て・き♡」


 だんだんこの歩くハリケーンの取り扱いにも慣れてきたチョーシークがぴしゃんと言い放つと、軽やかな足取りで女は姿を消す。

 最初は彼女が通れば壁にへばりつき、何が何でも物理的接触だけは避けようとしていた使用人達も、今や茶を入れる場所の案内を率先して買って出るまでに至っている。


 変な女だ。あまりに常識を外れていて逆に新たな常識を作りつつある。理不尽耐性の強い砂漠の民とある意味相性はいいのかもしれない。

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