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パパラ、アピール続けてます!

 その日からシークの頭痛の種がまた一つ増えた。

 言うまでもなく毎日せっせと通ってくる不審者が原因である。


 当初こそ警備を強化して抵抗を試みていたチョーシークだったが、相手は文字通り神出鬼没なのである。


 執務中気がつけば臣下達の間に陣取って議論に混ざっていたこともあるし、視察をしていたシークが水をと侍従に申しつければ代わりにそっと渡してきたこともあったし、寝所に戻ってきた彼が天蓋から垂れ下がるカーテンを引いたらそこに三つ指ついて待機していたこともあった。


 聡い彼はすぐ悟った。

 奴の侵入を阻止するのは不可能である。


 警備担当達が顔を赤く青くして追いかけ回し、最終的には全員摩訶不思議兵器(オーパーツ) で迎撃される光景なんてものを見させられるのは一度で充分。

 ならば無駄な労力は割くまい。もうあれは無視しろと彼らにも申し伝えた。いい年の男達が「あんな訳のわからない輩に後れを取るなんて……!」と悔し泣きしていたが、慈悲深い王は見なかったことにした。


 そして彼は前向きに考え直すことにする。

 何しろ万事得体の知れない女だ。見えないところで余計なことをされるより、目の届く範囲にいた方が、自ら監視していられると思えば案外悪くないのではないか。



 さてそのように素早く行動方針を転換してみたところ、一見荒唐無稽に見える砂漠の悪霊ジンの習性、というより行動パターンが多少つかめてきた。



 決め台詞のようによく使う言葉は二つある。


「わたくしの前でダーリンを仕留められると思わないことね!」


「皆様、残業はお肌の敵でしてよ!」


 前者は彼女以外のシークを付け狙う刺客に対して放たれ、後者は疲労を滲ませつつも仕事を続けようとしたチョーシーク一行に向かって放たれる。



 ちなみにどちらも精密狙撃によってバタバタ人が倒れることになるのだが、不思議なことにこれが皆生きているのだ。


「真の強者は不殺を貫くことが可能ですの。強すぎてごめんあそばせ?」


 屍(死んでない)の海を見渡して、くるりと通常女が振り回すのは不可能なほどの重量の塊を回し、黒づくめの下でパパラは微笑む。

 そして、優秀すぎる防御陣のおかげで毎回一人だけ生き残ることになるシークの何とも言えない表情を見ると、こっそり付け加えた。


「我が王にだけちょっぴり教えて差し上げますとね。麻酔銃モードなんですの。意識レベルを強制的に落とすのです」


 説明されても理解できなかったので、なるほどとりあえず殺すつもりはないんだな、ということだけシークは把握しておくことにした。


「それにしても我が王の術式は本当に見事な……このわたくしをもってしてもセキュリティホールが見抜けないだなんて。いえ、いくつか緩い部分は見えてございますけれど、誘いですわよね? そこを狙うと、逆にカウンターが返ってくる仕様なのでございましょう?」


 答えてやる義理はないので黙殺したが、このように魔術の知識も一流らしい。


 しかし一体どのようなバックグラウンドがあればこのような人間……人間……? ができあがるのか、物知りで確かな目を持つチョーシークですら、皆目見当はつきそうになかった。



 規則性が見えてくれば対処も可能である。

 そして人間とは慣れる生き物である。


 理不尽への耐性が高い砂漠の民は、一月経つ頃にはすっかりパパラの日参が日常の一つになっていた。


 今朝もタアン! と軽快な音が鳴り響いた後、


「チョーシーク様、御身を狙う不届き者を捕縛致しましてよ! 自白剤? 睡眠剥奪? それとも……国♡外♡追♡放?」


 などとずりずり男の首根っこを掴んで引きずってきた彼女を見て、


「おお、もう昼ですか」

「ではこの辺りで午前の部は終わらせましょう」

「昼食を取りましょう。腹がぺこぺこですじゃ」


 等と臣下達が口々に言いながらぞろぞろ部屋を出て行った。

 チョーシークは一人取り残されることになる。

 いつの間にか勝手に気を利かされているのだが、王は賢明だ、騒ぎ立てても変わらない事は受け流すと決めている。


「……それはあれか。新妻っぽさを装っているのか」


 いつも通り、適度にいかにも触れてほしそうな不審部分は流しつつ、適当に相手をすることにした。

 シークが言葉をかけると、いつも女は黒布で覆われてもうかがえるほど喜び、身体を震わせる。


「さすが聡明な我が王はわかりにくい小ネタも丁寧に拾って下さる……憎らしい方」

「よもや今、キュン、などと感じてはおるまいな」

「おわかりになりまして?」

「なぜそこで惚れ直す。幻滅してくれ」

「まあ……無理難題を仰る……。恨むならその罪深き程のご自分の魅力をお恨みなさいまし」


 はー、と大きく息を吐き出して、チョーシークは眉を顰める。


「そもそも私はここまで念入りに惚れ込まれたらしい心当たりがないのだが?」


 そう、不可思議なる事の一つは、女の真っ直ぐで鋭すぎる程の好意である。

 愛情とか恋情とか言うのは若干躊躇するが、少なくとも執着されていることぐらいは出会った瞬間からわかっている。

 しかし、それほどの情を向けられるような過去の記憶がシークにはいまいち思い当たらない。


 するときらきらと女は目を輝かせた。


「まあ! では語って差し上げましょう。そう、あれは三年前、我が王は国賓として故郷にいらっしゃった時のこと――」

「長いか? 長引くならまずそこの侵入者共を警備兵に渡してからにしたいのだが。というか最初から彼らの仕事なのだが」

「あら、ごめんあそばせ。かしこまりました、我が王」


 パパラは常時浮かれているが、シークは大体いつも冷静である。

 そしてこの女の何気に舌を巻かせられるところは、このようにシークがちょっと真面目に提案すると、にこりと微笑んで応じることなのだ。

 パン! と女が手を叩くと、渋面の警備隊長がやってくる。


「こちら、引き取って下さりませんこと?」


 男は今すぐにでもとっ捕まえたそうな目を女の方に向けたのだが、前回つかみかかって格闘術で負けたのが効いているのか、実行には移さない。


 女の身、女の装束でなぜそのようなことができるのか不明だが、もうなんかそういう生き物なんだなとシークは無理矢理己を納得させることにしている。

 立ち回りの際に豊かな金髪が見えて思わず目を見張ったが、その後すぐに「あいたたたたたた!」と叫びながらねじり上げられたのと逆の手でバンバン床を叩いて参ったを出している警備隊長の救出の方に忙しく、顔までははっきりと見えなかった。


 しかし女と違って男達はちゃんと顔を出している。中年男性のぐぬぬ顔も昼の日の下でしっかりばっちり目に入ったのだが、後ですぐ記憶から消しておこうと他人の痴態に寛容な王は決めた。


 さて邪魔者がいなくなり、こほん、と咳払いした女は情熱的に顔を赤らめて口を開いた。


「それでは続きを。わたくし、あなた様を一目見た瞬間から、この方は違う! とすぐにわかりました。褐色の肌、金の瞳、優れた美貌、高い身長、長い手足、独特のかぶり物とお召し物、それにじゃらじゃらの宝飾品の数々――」

「ここまですべて、うっとり語られる私の魅力とやらは見た目に特化しているな」


 早速シークは鋭いツッコミを入れたが、全く怯まないのがパパラという女である。


「最初の印象などそのようなものかと。むしろ初対面からあなたの内面が好きだなんて言う方が信じられますこと?」

「まあ一理あるが……待てよ。つまり今すぐ私が見た目を改めれば、三年の恋は冷めるということになるのか?」

「無駄です、ダーリン。わたくしそれからあなたのことを調べて、より深みにはまってしまいましたの。その魔力、財力、お血筋、それから健康なお身体に優れた知性、そしてそして――ああ何よりも、真面目でありながらお優しいその御心。頭を剃ろうが裸踊りをしようが、その程度でこの想いは揺るぎませんことよ」


 一瞬不審者幻滅計画に希望が見えたかに思えて珍しく腰を上げかけたシークだが、ばっさり切り返されたのでいつものローテンションに戻った。


「とりあえずあれだ。そなたが私に勝手な夢を抱いていることはわかった。道中の手配はしてやるから、大人しく国に帰れ。四六時中監視しているのだからわかるだろう。アブラダーバ王国の王なんてものの実態はこれだ。言われているほど華やかなものではない」

「お気持ちはお察し致しますが」


 察することができるほどの頭を持っているなら少しは態度を改めろよ、と顔に出しているシークを見つめ、女はいつもよりおとなしめの微笑み、どちらかと言えば苦笑にも近い表情を浮かべて見せた。


「わたくし、我が王の富と権力は、王の魅力の付加価値の一つとは考えておりますけれど、それがなくなったからと言って恋心が冷める理由とは思っておりませんの。清貧で質素な我が王もきっとまた別の魅力を見せて下さりますことよ、あなたは真面目で誠実な方ですから。それに実家から勘当されております。『達者で暮らせ、家にお前は勿体ないのだ、余所の国でのご活躍をお祈り申し上げます』と両親からは申し渡されているのです」

「それは本当に両親が娘にかける言葉か……?」

「失礼、幾分か面白おかしく脚色を加えております。でも二度と帰ってくるな! と国を追い出されたことは事実でしてよ」


 なぜ、と問いかける前にシークは本能で納得した。

 喋る内容の知識に話し方、身のこなしや魔力の量は確実に貴族階級のそれだが、言動がこれだ。


「故郷は彼女を御しきれなかったんだろうな」


 という思いが去来すると共に、


「いや、だからといって私に投げられても困るのだが……?」


 なんて困惑が頭をよぎる。


 それにこの女の猛アピールに納得する理由は、本人が語る言葉を聞いてなお未だ見つかりそうになかった。


「さ、我が王。ついお話が楽しくて、お時間を頂いてしまいました。お昼ご飯の時間でしてよ! しっかり栄養を取って、英気を養って下さいまし。わたくしも一度失礼致しますけれど、毒味ならいつでも務めますから!」


 首を捻っていると、女は急に立ち上がり、やっぱり前触れなく姿を消す。

 ばさりと黒布を大きく広げたかと思えば消えているのだから完全に悪霊ジンだ。


 ぽつんと一人取り残されたシークの元へ、恐る恐る入り口から様子を窺っていたらしい侍従が慌てて食事を運び込んでくる。


 よくわからない奴だ、と彼は女の消えた方を見つめながら、また大きなため息を一つ吐き出した。

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