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パパラ、猛アタック開始です!

 天から鋭い手刀が降り注ぐ。

 常人には目にもとまらぬどころか目に映すことすら適わない、正確無比かつすさまじい速度だった。


 首を狙う一撃を、シークは片手を後頭部に素早く上げたことで迎え撃つ。


 ガキン! と鳴り響く金属音。彼の身につけている数々の腕輪が、所有者を守らんとするかのごとく、カッと光り輝いた。

 弾かれることも反らされることもなく、文字通り一撃を止められた形になった襲撃者が、覆面の下で驚きに目を見開く。


 シークは振り向きもせず、そのまま襲撃者の腕に素早く手を伸ばした。


 黒い衣がばさりと宙に広がる。


 シークに投げ飛ばされた不審者は、ちょうど誰もいない場に受け身を取って着地すると、転がって距離を取る。素早く全身を覆う黒い布の下から武器を取り出して構えた先には、立ち上がり短刀を片手に構えたシークの姿があった。


 しばし両者はにらみ合い、沈黙する。

 先に動いたのは襲撃者だ。にっこりと身体の中で唯一露出されている部分である目元の表情を緩める。


「さすが王の中の王と謳われるお方。避けるでなければ受け流すが防御の基本、ですが完全に勢いを殺して止めてしまうなんて芸当は、さしものわたくしも初めてお目にかかりました。その後飛んで逃げなければ腕を砕かれていましたし、距離を取らなければその刃で仕留められていました。背後の攻撃にも動じぬのは背中のどこかに魔除けの護符でも仕込んでいらっしゃるのでしょうか?」

「さて、どうだかな。それを答えてやる義理もあるまい」


 シークの声は低くよく響く。

 ぶるりと身を震わせた黒づくめをじっと見つめたまま、彼は口を開いた。


「……聞きたい、というより、疑問に思うことが山ほどあるのだが」

「はい、我が王よ。順番にどうぞ。わたくしに答えられることなら何なりと」

「そうか。ではまさかとは思うのだが……そなたは女子おなごか?」

「はい、我が王! 声でおわかりになりませんでしたか? ああ、格好はお許し下さいませ。一応こちらの流儀に従っているつもりではいますけれど、何分まだ不慣れなものでして、規律を乱していることもあるやもしれません。ご指摘いただければ直しますので!」


 はきはききらきら不審者が答える。


 確かに頭全体と口元を覆う頭巾、および身体全体の線を隠す服装は、なるほどこの砂漠の民の女性の格好だ。

 しかし状況が状況、「正装してきました!」と言われたら「暗殺者の?」と返したくなるのは無理もないのではなかろうか。


 シークはピクリとも眉を動かさず、けれど黙り込んだため、何とも形容しがたい間が流れた。

 彼の金色の目の奥に一瞬何かの葛藤が浮かんだような気がしたが、結局は触らぬ神にたたりなし路線で話を進めることにしたらしい。


「……そうか。ではこれもまさかとは思うのだが、その手に持っている武器は……摩訶不思議超兵器オーパーツではあるまいな?」

「さすが我が王は物知りでいらっしゃいますこと! その通りでございます」


 詳細に切り込もうとせず、どちらかというと話題を変えたシークだったが、女は感嘆の声を上げ、嬉しそうに目尻を下げる。彼女の(なぜか)優雅な身じろぎに合わせて、抱えられていた黒い物体がガチャリと音を立てた。


 摩訶不思議超兵器オーパーツ――それはある意味魔油以上に、人類の手に余る物品である。


 魔油が地から湧き出すなら、オーパーツは流れ星として天から降り注ぐ。

 神が投げ落としているのだとか、異界から渡ってきたのだとか、起源には諸説あるがどれも定かではない。ある日何の前触れも規則性もなく、突然落ちてくるのだ。


 オーパーツは二つの大きな特徴を持つ。

 一つ。この世界の人間には原理が理解できない。大勢の人間にとって、オーパーツはただ出来の悪い骨董品というだけのものでしかない。ゆえに本来の役割を知られず、ガラクタやゴミとしてその辺りに埋もれていることもよくある。

 もう一つの特徴こそ、この呼称の由来となる。オーパーツは使い手を選ぶ。選ばれた人間のみが、自らに与えられた道具の真価を理解し、使いこなすことができると言われている。


 女は大事そうに、無骨な細長い筒のような部分を撫で、柄になっているらしい所を握り直してにっこり微笑む。


「これは狙撃銃、と言いますの。しがないラブハンターに与えられた、狙った物を撃ち抜く兵器なのですわ」

「ラブハンター」

「わたくしは愛を求めて彷徨う砂漠の亡霊でございますから!」


 思わず漏らしてしまった言葉に軽快に返されると、「どちらかというと悪霊ジンの間違いなんじゃないのか」と喉まで言葉が出かかったが、自制心の強いシークは飲み込んだ。砂漠の男はいついかなる時も平常心を忘れず、忍耐強いのである。胡散臭さが上がる一方の闖入者に、あくまで冷静で淡々とした言葉を投げかける。


「では……あまり、どころか、非常に聞きたくないのだが……問おう。そなたは何者で、目的は何だ。私を狙っていることは確かなのだろう。だがなぜ、周りの人間達を丁寧に気絶させている」


 これがシークが不審者と言葉を交わし続けている、かつもっと早く迎撃しなかった理由であった。


 先ほど目に見えぬ謎の攻撃によって倒れていった王の臣下達は一様に、ぐーすかぴーと寝息を立てている。

 ある者は安らかに、またある者は白目を剥いたままなのだが――ともかく、全員無事だった。

 むしろ万年寝不足気味な所に与えられた突然の睡眠時間は、まさにそう、砂漠に降って注ぐ恵みの雨とすら言えよう。


 故にシークは困惑していた。未だにこの不審者の正体が計り知れない。

 いやなんとなく計り知れることはこの先一生ないんじゃないかな、という予感が既にしているのだが、問題を先送りにして良くなることは大体あり得ない。

 仕方なく彼はとりあえず不審者の期待に応えておくことにする。


 案の定、よくぞ聞いてくれました! とばかりに女が目を輝かせた。

 よく見れば、目元だけなら芸術的なまでに美しい女だ。一方で砂漠の民には邪視と恐れられる青色でもあり、どこか危険な色を孕んでいた。


「わたくしの名前はパパラ――恋のために国外追放された女! チョーシーク様、あなた様の愛をいただきに参りましたの!」


 台詞が終わってウインクするのと同時、バキューン! とパパラの愛銃が音を立てた。


 直後、ガキーン、とシークを彩る無数の飾りが作り出す不可視の盾に、乙女の弾丸が弾かれる音が響き渡った。


 今度こそシークは何も言わない。言わないというか言えない。絶句している。


 おそらく若造にしてはそれなりに人生の修羅場を渡ってきたと自負しないでもない経歴の持ち主なのだが、その彼をしてもこういうときどんな顔どんな反応をすれば正解なのか、全く理解できそうになかった。


 およそ彼の知っている常識というものから逸脱している女である。女じゃなくても充分奇人なのに、たぶんこれものすごい美人なんだろうなとなんとなく顔の一部だけでもわかる予感が、現状理解への拒絶反応を更に引き立てている。


「くっ――さすがダーリン、手強い方! でもわたくし、諦めなくってよ!」


 無傷のシークを見て悔しそうな声を漏らした女が、ばさりと黒布をはためかせ身を翻す。


「待て!」と口を開きかけた彼は「いや待たれた方が困るではないか!?」と気がつき、賢明にも沈黙を守った。


「でもダーリン、ゆめゆめ忘れずにいらして! あなたを射止めるのはこのパパラなのです! それとついでにもうちょっとお仕事の量減らした方がいいと思いますの、目の下の隈はセクシーですけれど不健康ですわよ!」


 ひらりと窓に飛び上がった女は、最後にかしましい捨て台詞を放ち、そこから飛び降りて逃げていった。


 一人取り残されたシークは、呆然と人の消えた窓を、それから未だ眠りこける室内の臣下達を見回してから、目元を押さえて首を振った。

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