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ベルフラウⅠ

 ルフェンが意識を取り戻した時、最初に飛び込んできたのは姉弟子の泣き顔だった。

 いつも先輩面している彼女がこんな顔をしているのは初めて見るかもしれない。

「あれ? カティナ……仕事じゃなかったの?」

「ばか! どんだけ心配したと思ってるのよ!」

 言われて何が起こったのか思い出す。確かM(マグニチュード)6級の震魔と戦って、結局止められずに負けたのである。

 しかし姉弟子が出先から戻っているとなると、あれからどれくらい日数が経過したのだろうか。

 咄嗟に起き上がろうとして、全身に激痛が走る。欠損している部分こそないが、無理に動かそうとすると激しい苦痛に見舞われた。

「ここの救護師長に感謝しなさいよね。あの人がいなかったら、あんたはもう……」

 確かエイミーの治癒術(ヒールスフィア)の先生だったか。気難しいと聞いていた人物だが、致命傷の少年をここまで回復させたところを見ると腕は確かなようである。

「そうだ、サラトガは?」

「サラトガさんなら大丈夫ですよ、ルフェンさんよりも傷は浅かったですから」

 声が別の所から聞こえて来て、慌ててそちらを見やると、神官の少女が替えの包帯を手に病室の入り口に立っていた。

「エイミー……そうか、よかった」

 その報告にホッと胸を撫で下ろしながら、彼の怪我は自分の我儘が原因かもしれないと思い直し、少年は自分の短絡的な行動と弱さを自戒する。

 結局、あれだけの大見得を切っておきながら足止めすら満足にできなかった。

「あの震魔はどうなったの?」

「M8級の震魔なら六花の騎士ベルフラウが討伐したわよ。それで、今度正式に黒紐に昇格するんだって」

「そうか、あの人が……」

 意識を失う前に見た少女の後姿を思い出す。

 誰かの背中を見ていることしかできなかったのは、これで二度目だろうか。

「一応聞くけど、スイッチは?」

「なんか色々忙しいらしくてここしばらくは姿を見てないです」

 おそらく違法震器関連で飛び回っているのだろう。あのどさくさでガノフを取り逃がしたのは痛かった。

「そう言えば、僕が眠っている間、エイミーが面倒見てくれたの?」

「はい。うちは先生の手伝いでこういうのは慣れてるので、サラトガさんも含めて看病してました。カティナさんが来てからは彼女が看病するってうるさかったですけど」

「ちょ、何言ってんのよ!? そんなわけないでしょ!」

 どういうわけか姉弟子が赤面していたりするが、少年は二人に素直に礼を述べる。

「二人ともありがとう。それと、心配かけてごめん」

「何よ、あんたにしては随分と殊勝ね。さては一度負けて身の程ってやつが分かったのかしら?」

「そ、そんな言い方しなくても……」

 カティナのきつい物言いに、エイミーはオロオロと狼狽していた。

 だが、それは紛れもない事実である。

「僕は弱い、今回のことでそれがよく分かったよ」

「そう思うんなら二度とあんな無茶はしないでくれるかな?」

 その声は部屋に入ってきた見知らぬ壮年の女性のものだった。冒険者ギルドの救護師の制服を適当に着崩しているが、腕には室長の腕章が嵌っている。

 あまり老いを感じさせない白髪の美人だが、随分とけだるげな印象で、人を寄せ付けないようなオーラを纏っていた。

「先生!」

「あなたが俺を……あ、ありがとうございました!」

 軋む身体に構うことなく、ルフェンは目の前の女性に頭を下げる。それを鬱陶しそうに眺めながら。

「うるさいね、私は仕事でやってんだ。礼ならあんたの仲間や、ベルフラウの嬢ちゃんに言いな」

「ベルフラウ?」

「ベルフラウさん、震魔を倒した後事情を聞いたらしく、スイッチさんと一緒に先生にお願いに来たんです。どうかルフェンさんを助けてくれって。倒した震魔の核を渡すとも言ってまたけど、それは先生が断りました」

「……どうして?」

 倒した震魔の核は基本的に倒した冒険者のものとなる。震器への加工と登録が義務付けられているので売り払われることも多いが、M8級の震魔の核ともなれば、ひと財産築けるだろう。それを、一度しか面識のない少年のために供出する理由がわからない。

 いつか理由を問いただせる日が来るのだろうか。

「それにしても、あんたも大したタマだね。あんだけの怪我をしておきながら、もうここまで回復してるなんて。さすがルワンダに鍛えられただけはある」

「師匠を知ってるの?」

「バカ、この人は天輪の癒し手レギーナ・ボルト。50年前の震魔戦争で師匠やイーゼルさんと一緒に戦った英雄の一人よ」

「英雄ね……私は自分にできることをしていただけだから、そんな持ち上げられても困るんだが」

 レギーナと呼ばれた女性は面倒くさそうに言葉を返す。どことなく師匠に似てると思っていたが、どうやら旧知の仲らしい。

 どういう経緯で英雄の一人が冒険者ギルドの救護室長をやっているのか知らないが、僻地で隠居生活をしている師匠みたいな人間もいることだし驚くほどのことではないのだろう。

「先生は凄いんですよ、ルフェンさんの傷もあっという間に治してましたし。訓練はちょっと厳しいですけど、素晴らしい方です!」

 エイミーが何故かいつもと違ってテンション高く熱弁していたが、レギーナはそれを制しながら。

「よしな、私にだって救えない命はある。むしろ、救えなかった命の方が多いくらいだ。

 ルフェンとかいったな、お前さんも紐があるからといって今回のような無茶は二度とするな。次同じような怪我をしたとして、治せる保障はない。冒険者として大勢の人々を救いたいというなら、それを肝に銘じておけ」

 言われて少年は黙り込む。

 大勢の人間を助けたいというのは、間違いなく彼の心からの願いだった。そのためには、自分の命も大事にしなければならないことはわかっている。

 だが、震魔を目の前にすると、どうしても身体が動いてしまうのだ。怒りや憎しみに衝き動かされているつもりはないが、かつて見た地獄のような光景がいつまでも脳裏に焼き付いて、剣を振るうことでしかそれを振り払うことができない。

 一歩間違えれば、それはただの修羅への道なのかもしれなかった。

「やれやれ、そういうところはあいつは教えてくれないんだね。さて、どうしたものか」

 レギーナが暫し考え込む。どうやらルフェンを精神的に成長させるための手立てを考えているらしい。

 気難しいとは聞いていたが、本質的にはいい人なのだろう。

 そうして何かを思い付いたように。

「ふむ、幸い彼女には一つ貸しがある。拾った子犬の世話は最後までさせないとな」

 そう言って彼女は意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

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