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震魔襲来

 森に響き渡る轟音の正体は、震魔の奏でる破壊の旋律だった。

「なんでこんなところに震魔(ディザスター)が?」

「ちっ、やはり震器に引き寄せられてきたか」

 巨大なマンモス型の震魔の巨躯を見上げながら、駆け寄ってきたスイッチが歯噛みしている。

「スイッチも? いったいどうなってるんだ? それに、震器に引き寄せられたって……」

 状況が飲み込めないサラトガだったが、細かい話をしている余裕はなかった。巨大な震魔にのしかかられ、元々崩れかけていた廃墟が一気に倒壊していく。

 巻き込まれた冒険者が何人か緊急転送されるのが見えたが、肝心のガノフだけは隙を見て逃げおおせたようだった。

 追いかけたいが、目の前の震魔を放ってはおけない。

 その震魔はというと、崩れた廃墟に長い鼻、いや鼻のように見える口の付いた触手を突っ込んで何かを探そうとしている。

「あいつ……何をしているんだ?」

 ルフェンの質問にスイッチは少し躊躇いながらも。

「どうして震器は登録制になってるか知ってるか?」

「それは……震魔の力を宿した武器は強力すぎて危険だから?」

「当然それもある。だが、重要なのはもう一つ。震器は……正確に言うと震魔の核は放っておくと他の震魔を呼び寄せるんだ」

「!? それじゃ……」

 一行がやたら強い震魔に襲われていたのも、サラトガが持っていた違法震器の影響だろうか。

「もちろん、冒険者ギルドが管理している震器にはそれを防ぐ安全装置が付いていて、使用時以外は震魔を呼び寄せることはない。むしろ震魔の核を無害化する実験過程で震器という入れ物が出来たといっていいだろう。

 だが、違法震器は……紐なしが作るモノには、最初からそんなものついてないんだ。あるいは、連中はその性質を利用して意図的に震魔を呼び寄せている節がある」

「そんな……」

 そのことは当然フォルテも知っているのだろう。

 それが事実だとすると、やはり、冒険者と紐なしとは相容れない存在なのかもしれない。

「震魔は震器を見付けてどうするつもりなんだ?」

「震魔の核を取り込んで、もっと強力な震魔に成長する。場合によっては、M(マグニチュード)7以上の化け物に成長するかもしれない」

「そんな!? じゃあ、今すぐ止めないと!」

 案の定、慌てて飛び出そうとするルフェンをスイッチが咄嗟に押し止める。

「お前じゃ時間稼ぎにもならない。せいぜい返り討ちにあうのがオチだ。援軍は呼んでおいたから、それまで大人しくしてろ」

「そんなわけにはいかないだろ! 僕達は死なずの冒険者なんだ、何のためにこの紐を与えられているのか、知らないわけじゃないだろ!」

「やれやれ、だからお前みたいなのは嫌いなんだ。紐だって完璧じゃないんだぞ」

 スイッチはそう言うが、それで止まる少年ではなかった。

 制止を振り払い震魔に立ち向かう彼に、後方からサラトガが追いかけてくる。

「ルフェン、私も行くぞ。こうなった責任は私にもあるからな」

「サラトガ……わかった、背中は任せる」

 生成した黒鋼の刃を構え、少年は地を駆ける。今の力ではかなうはずがなくても、少しでも時間稼ぎをするために。

 その気配を察したのか、遺跡をあさっていた巨大な震魔がそちらに向き直る。

 大きい。

 たとえ朽ちかけていても二階建ての屋敷を簡単に押し潰すような巨体である。小柄な少年など簡単に踏みつぶされてしまうだろう。

 それでも隙を見て渾身の一撃を叩き込むが、分厚い毛皮に阻まれて相手はビクともしない。

「だったら、スピードで!」

 それはルフェンも予想済みだったのか、加速して震魔を翻弄する戦術を選んでいた。倒すことはできなくても、こうして少しでも気を惹いていれば、いずれスイッチの仲間が駆け付けてくれると信じて。

 だが、彼が思う以上に震魔とは厄介な存在である。

 ましてや相手はM6級、紫紐でも連れてこないと勝ち目はない。

『オオオオォォォォォォォォッ!!』

 苛立ったような震魔の咆哮が森の中にこだまする。ただの雄叫びではない、聞くものをそれだけで畏怖させ、弱い者なら命すら刈り取るような恐怖の旋律は、ルフェンやサラトガの動きを封じ、遠くで聞いていたスイッチすら一瞬意識を持っていかれそうになっていた。

「拙いな……」

 身動きできない二人に震魔の前脚が振り下ろされる。止めに入る余裕はない。

 その瞬間、動けないはずのサラトガが気力だけでその手を動かす。そうして小柄な少年の襟首をつかみ、渾身の力で放り投げていた。

「後は頼む!」

「サラトガさ――」

 回転する景色の中、目の前でリーダーが潰されるのをルフェンは見ていることしかできなかった。辛うじて緊急転送は発動したようだが、大地を踏み抜きひび割れさせるほどの衝撃を受け、ただで済むとは思えない。

 だが、そんな心配をしている余裕はなかった。

 巨大な震魔の鼻状の触手が彼に襲い掛かる。まだ身体が痺れているのか、とっさに反応できない。

「まったく、青臭いな、俺も……」

 スイッチの放った矢が触手を射抜く。先程と違って吹き飛ばすには至らなかったが、軌道を逸らすには充分だった。

 それでもなお襲い来る触手の攻撃を、ルフェンは何とか避けてみせる。

「また、助けられたね」

「うるせぇ、目の前の敵に集中しろ」

 礼を述べる少年にぶっきらぼうに返しながら、スイッチは震器の弓に次の矢をつがえていた。

 隠し持てるように作られた、対人用の展開式の弓である。冒険者相手ならそれなりに使えるが、巨大な震魔相手だと心許ない。

 それでも、援軍が来るまでの時間さえ稼げれば間違いなく勝てると確信できる。

 スイッチの放った爆裂矢エクスプローシブアローが震魔の頭部付近で炸裂していた。巨大な震魔にはダメージはそれほどでもないが、一瞬でも視界を防ぐことができれば次の攻撃に繋げることができるだろう。

 そこにルフェンが斬り込んでいた。震魔の巨体を駆け上がり、渾身の力を込めて。

「ここだ!」

 黒鋼の刃が震魔の片目を抉る。さすがに防御が薄いのか、ようやくまともなダメージが入っていた。

 痛みという感覚すらあるのか定かではないが、震魔は怒りに任せて触手を振り回す。そのまま組み付くこともできず、少年は吹き飛ばされ地面に叩き付けられていた。

 その程度のダメージならなんとかなるものの、体勢を崩した状態では追撃の触手は躱しきれない。

「……ッ、しまっ!?」

 振り下ろされる触手の一撃をまともに浴び、ルフェンの身体が弾き飛ばされる。さらなる攻撃はスイッチの矢が牽制するものの、これ以上戦うことはできないだろう。

 そのはずなのに。

「まだ、まだだよ……」

 黒鋼の刃を杖代わりに少年は立ち上がる。どこにそんな力が残っているのか戦う意思は衰えていない。

「それ以上無理するな!」

 たとえ緊急転送があるとしても、許容量を超えたダメージを受ければ冒険者ギルドの救護師にも治せないこともある。

 頃合いを見て引き下がるのも冒険者としての技量だった。

 だが、本来なら倒れていてもおかしくないダメージを負いながら、ルフェンはそれでも立ち上がる。冒険者として人々を守るという意思がそうさせるのか。

「僕は、僕は……」

 それに気圧されたのか、震魔が戦意を失ったように彼から目を逸らす。本来の目的を思い出したように、廃墟の中から震器を漁り始めた。

 その隙を見逃さず、スイッチが満身創痍の少年を回収する。

「無茶しやがって……」

 見る限りとても立ち上がれるような状態ではない。おそらく、魔女術(ウィッチクラフト)を応用して疑似的なパワーフレームを形成し、強制的に身体を動かしていたのだろう。

 それを支えていたのは驚異的な精神力だった。それがあれば、今よりもっと強くなれるかもしれない。

「だから、今は少し休んでろ」

「まだ、僕は戦える……」

 それでもなお自分より強大な敵に立ち向かおうとする少年を無理矢理引き止める。外傷はそれほどでもないが、内臓はズタズタになっているだろう。

 巨大な震魔はというと、隠された震器を見つけ出し、それを躊躇なく食らっていた。見る間に身体が一回りも二回りも大きくなっていく。

 おそらくはM8級震魔、それを倒せる人間はこの世界でも数えるほどしかいない。

 このままエーテルへと侵攻されれば、甚大な被害が出るだろう。

 そこに――。

「すまない、待たせたな」

 真銀(ミスリル)特有の涼やかな金属音を響かせながら、一人の少女が舞い降りる。彼女は目の前の巨大な震魔を見上げると、まったく臆することなくその剣を抜き放っていた。

「ベル……フラウ」

 絶望的な力を持つ巨大な震魔と戦う彼女の姿を見上げながら、ルフェンの意識は闇の底へと落ちていくのだった。

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