レント村の攻防
小型の震魔の爪が上段から襲い掛かる。
それをサラトガの凧型盾が受け止めると、動きを止めた震魔の胴体をスイッチの放った矢が的確に貫いていた。
M1程度の震魔はそれだけであっさりと動きを止める。
だが、敵は1体だけではない。
「後ろ!」
周囲を警戒していたルフェンが背後から忍び寄る同型の震魔2体に気付き、即座に警告を発していた。
咄嗟にエイミーの展開した障壁が両者の攻撃を防ぎきる。
まるで兎のような姿をしながら凶悪な牙や爪を携えた震魔は、障壁にぶつかると慌てて方向転換しようとしていたが、その時には既に少年の放った斬撃が両者を一刀両断していた。
「みんな無事か? 雑魚はこれで全部だな?」
「うん、だけど……」
仲間を案じるようなサラトガの言葉に、しかし、ルフェンは黒鋼の刃を手から生やしたまま警戒を解こうとしない。
独特の空気があたりを包んでいる。ここまで露骨な気配なら、彼でなくても感じ取れるだろう。
「大物が来る。これは……真下!?」
咄嗟に飛び退いた彼等の眼前に、地面の中から大型の震魔が飛び出していた。先程の震魔をふた回りほど大きくした姿、その牙も爪もさらに凶悪な形状をしている。軽く撫でられただけで生身の人間は真っ二つになるか、上半身ごと頭を砕かれるだろう。
これがこのレント村を襲った化け物の親玉か。
「M3級……いや、M4級はありそうだな」
赤紐パーティには荷が重い相手である。依頼の内容では推定M3となっていたが、予想より強い相手と戦うのは珍しいことではない。
しかし、彼等の行く先々では、同種の現象がたびたび起こっていた。
「チッ、またか……こいつが仲間になってから、ほとんどこれだ」
運がないとでも言いたげに、吐き捨てながらスイッチは牽制の矢を放つ。しかし、あまり効いた様子はない。
震魔の分厚く柔軟性に富んだ毛皮は、普通の矢など軽く受け流していく。
「やっぱりこいつが疫病神なんじゃねーか?」
「そう言うな、お陰で黄紐にもうすぐで手が届く」
仲間の吐き出す悪態にも、サラトガは前向きに応じていた。ルフェンが加入してからのチーム・サラトガの活躍は目覚ましいものがある。そろそろ黄紐に昇格してもおかしくない。
そのためにも、まずは目の前の震魔を何とかしなくては。
「だけど、どうする? この矢じゃ牽制にもなりゃしない。もっと強い武器があれば……」
スイッチの言葉のニュアンスには、まるでより強力な武器……例えば震器などを使わなければ勝てないという意図が含まれているようだった。
例の三人組も違法震器を使って何とかM4級の震魔を倒したとの話だったが、それくらい赤紐との力の差は歴然である。
それを受けて、サラトガも少し思案していたが、思い直したように。
「いや、今はルフェンもいる。何とか隙を作って、彼の攻撃に繋げられれば……勝機はある」
「チッ、俺達はお膳立てかよ」
大型の震魔の攻撃をかわしながら、スイッチは相変わらず悪態をつくことをやめようとはしない。
それでも、渋々リーダーの意向に従って牽制を続けていた。
「ルフェン、君の力に頼ってばかりですまないが、やれるか? エイミーも後方から援護を頼む!」
『はい!』
サラトガの要請に二人の声がぴったりとハモる。ここ数回の依頼でパーティ内の連携も上手くいっていた。スイッチも口ではああいっているが、実力だけは認めている節がある。
だから、勝てる。いや、絶対に勝つ。
少しでも多くの人の命を救うために彼等はここにいるのだから。
「来るぞ!」
ちょこまかと動き回りながら牽制を繰り返す冒険者に業を煮やしたのか、大型の震魔が一気に距離を詰めてくる。思ったよりも速い。しかし、それでも。
「させるか!」
サラトガの盾が何とか震魔の牙を受け止める。だが、相手の方がはるかに力が強い。このままでは押し切られるだろう。
「光の盾よ!」
そこに、エイミーの展開した障壁が重なり、何とか押し止めるが……それでも長くはもちそうになかった。
その隙を逃すまいと。
「たあっ!」
黒鋼の刃を構えながら、ルフェンが地を駆ける。並の人間なら反応できない速度だが、それでも大型の震魔は気配を察知して飛び退こうとし。
「こっちから意識が逸れたな!」
ほんのわずかなタイミングを見逃さず、スイッチの放った渾身の矢が、震魔の片目を深く穿っていた。
片目を潰され苦悶する震魔、その一瞬の隙を突き、ルフェンの刃が死角からその喉元を掻き切る。
首が落ちると同時に血ではないどす黒い何かが迸り、その上体がぐらりと揺らいでいた。それが並の生き物なら確実に致命傷になっていただろう。
だが、相手は生命などとは程遠い存在である。
生き物の範疇にないことを物語るように、首を切り落とされてもなおそいつは動き出そうとしていた。
咄嗟に二の太刀を浴びせようとするも、ルフェンの放った斬撃は空を斬る。
スイッチの放った追撃の矢も、震魔の足止めをするには不十分だった。
残った力を振り絞り、震魔が爪を振りかざし襲い掛かる。
「エイミー!」
狙いは一番弱そうな神官の少女だった。咄嗟に庇おうとするサラトガだが、間に合いそうにない。
「チッ、このままでは……」
冒険者は死なないとはいえ、戦力が低下して震魔を倒せなければ当然評価は下がるし、放置すれば再び人命に被害が及ぶかもしれない。
サラトガが懐に手を忍ばせ何事か思案するが、それよりも先に、バァンという破裂音が響いたかと思うと、首なしの震魔の身体がぐらりと傾き、そのまま地面に崩れ落ちる。
「な……?」
「あらあら、変な気配を感じて来てみたけど、大した相手ではなかったわね」
半分崩れた民家の屋根から少女のものらしい声が聞こえてくる。慌ててそちらを見ると、ゴスロリというのだろうか、やたらとフリフリのフリルが付いた衣装を纏った少女がこちらを見下ろしている。
その手に握られているのは、取っ手の付いた短い金属の筒……震魔の核が付いていることを考えると、おそらく震器だろう。
だが、その身には震器の登録証どころか、冒険者証である紐すらも見当たらない。
「なんだ?」
「紐なし……どうしてこんなところに!?」
サラトガが本気で驚いたような素振りを見せる。スイッチの気配も少しだけ剣呑なものになっていた。
「あの子はいったい……」
「紐なし、冒険者ギルドに所属しないもぐりの冒険者。正式なルートを介さず依頼を受けて法外な値段を吹っ掛けたりする連中さ」
「違法震器を製造したり裏で流通させてるのも紐なしって話だが……」
サラトガの説明に付け加えるように、スイッチも補足説明を行う。あの三人組が入手した違法震器も、そちらのルートから入手しているかもしれないとのことだった。
「そんな人がなぜこんなところに?」
「おそらく震魔の核を狙ったのか……」
エイミーの疑問にサラトガが答える。しかし、謎の少女はくすくすと笑ってみせると、
「この程度の震魔がロクな核を持ってるわけないでしょ。でもおかしいわね、結構強い反応がしたから来てみたのに……」
訝しげな表情を浮かべる彼女だが、その視線が一人の人物に注がれる。
「あら? あなた、どこかで見たわね……」
「ッ、こちらは紐なしと敵対する気はない、どこか行ってくれないか?」
サラトガが慌てて取り繕うが少女の追及は止まりそうになかった。何かを考えるように視線を巡らせ、やがて思い出したように。
「そうそう、うちの隠し倉庫が襲撃された時、うろうろしていた冒険者じゃない。震器を盗んだ連中の仲間じゃないの?」
「それは……」
すっとぼけようとするサラトガだが、皆の視線が集まってることに気付き、言い訳は無理だと判断したのか懐から震器を取り出していた。