チーム・サラトガ
ルフェンが冒険者になってから一か月が経過していた。
あれからカティナとコンビを組んで何度か依頼をこなした彼は、順調に実績を重ねていき、早くも赤紐に昇格できるようになったらしい。
今日は冒険者ギルドで昇格手続きを行うことになっていた。
「おめでとう、ルフェン君。この調子で頑張ってね」
「ありがとうございます!」
手続きを経て赤く染まった自分の紐を見ながら、彼は子供のように素直に喜んでいたが、冒険者ギルドの受付嬢のアンナはどことなく上の空という感じである。
それを少女が詰問すると、彼女は少しだけ思案する素振りを見せながら。
「いえ、ルフェン君の実力的にはもっと早く赤紐になっててもおかしくないのだけど、青紐のカティナさんが一緒だとどうしてもそちらの手柄みたいに判断されちゃうんですよ」
「なるほど……確かに私が一緒だとルフェンの出番はないかもね」
「……いや、カティナはM3級の震魔が相手でも後ろで見てただけじゃん」
M3級の震魔というと、村くらいなら簡単に滅ぼし、これを倒せなければ黄紐にもなれないくらいの強さである。それを一人で倒せる実力があっても、ギルドの判断としては青紐であるカティナの手柄になってしまうというのは理不尽かもしれない。
「いいじゃないの、報酬はちゃんと山分けにしてるんだし」
「何もせずに報酬をもらってるのが問題なの!」
とはいえルフェン個人ではM3級の震魔の討伐など依頼を受けることもできないだろう。
それは彼自身もよくわかっているため、あまり文句も言いたくないのだが……やはり納得はできないらしい。
「それに、僕に合わせてカティナが本来受けれる依頼を断ってるのもなんだか悪いし」
「それもそうね……」
そう考えると少し過保護にしすぎたかな、と反省する少女であったが、ならばこそ彼が赤紐になった今が独り立ちさせるチャンスなのだろう。
そう結論付けて、おそるおそる話を切り出す。
「それなら、いったんパーティを解散しましょ。あんたは他の赤紐とパーティを組むといいわ」
「ん、わかった。でも、他の冒険者ってどうやって声を掛けたらいいのか」
ルフェンが知っている赤紐というと、例の三人組くらいである。あの一件以来、拘留されて取り調べでも受けているのか一度も姿を見ることはなかった。
「そういうことなら、このアンナさんにお任せあれ! 冒険者ギルドでは依頼の斡旋はもちろん、パーティ編成の仲介もしてますから!」
ふふん、と自慢げに豊満な胸を押さえながら解説するアンナであるが、カティナは少し気懸りなのか心配そうに声を続ける。
「ホントに大丈夫? ルフェンってば世間知らずなんだから、変なのに騙されないといいけど」
「心配性だなぁ」
「あと、パーティの女の子に色目使ったりしないように」
「しないってば!」
それからも彼女は保護者みたいにあれやこれや言ってきたが、それはアンナが適当な冒険者を見繕い戻ってくるまで延々と続くのだった。
アンナが連れてきた冒険者は真面目そうな戦士の男と軽薄そうな狩人の男、そして大人しそうな神官の少女の三人組である。
全員が赤紐であるが、バランス的にも悪くないだろう。
「へぇ、アンナさんの紹介と聞いたから楽しみにしてたけど、君は確か、噂の震器砕きの……」
「や、やめてくださいよ」
リーダー格らしい真面目そうな戦士の男の言葉に、ルフェンは思わず戸惑う。
いつの間にやらルフェンには震器砕きの二つ名が与えられていたが、面と向かって言われると気恥ずかしさの方が勝るらしい。
震器を砕いたのだって、本能的に敵と判断した結果であり、どれでもこれでも破壊するつもりはなかった。
「おっと、すまない。噂だけで人を判断するつもりはなかったが……私はサラトガ。サラトガ・クルス。一応このパーティのリーダーをやらせてもらっている」
「ルフェン・トルーガーです。よろしく」
サラトガと名乗った赤い鎧に身を包んだ戦士は、そうして背後にいる二人も紹介していく。
「こっちはスイッチ、無愛想ですまないが腕は確かだ。そしてこっちが……」
「えっ、エイミー・バレッタです。よろしくお願いします!」
紹介された大人しそうな神官の少女は、頭を下げた勢いで大きなベレー帽を落としたりしていたが、慌てて拾い上げて自分の頭に戻していた。
なかなか愉快な面子である。赤紐と聞いていたが、実力だけなら例の三人組よりも上だろう。
中でもスイッチはそれなりの腕前のようだった。どうして赤紐なのか少しだけ疑問だったが、その理由はすぐに判明する。
「俺は反対だからな。そんな奴、連れて行っても分け前が減る」
「そう言うなって。私達も少し戦力増強したいと思ってたところだ。彼の実力が噂通りなら、これほど頼もしい仲間はいないぞ」
「だといいがな……」
サラトガが慌てて仲裁するも、スイッチはそれ以上議論するのも面倒とばかりに黙り込んでしまう。
どうやら腕は確かでもコミュニケーション能力に難があるらしい。小声で補足説明してくれたところによると、これまでに色々なパーティを転々としてきたようだった。
「すまないね。私達はもうすぐ黄紐に昇格できるか、といったところで……彼もピリピリしてるんだ」
「なるほど……」
パーティ人数が増えれば分け前はもちろん、ギルドからの評価も頭割りになってしまう。実際はもっと複雑な評価システムらしいが、ルフェンが加入することで黄紐への道が少しだけ遠のくのを危惧しているらしい。
だったら個人で行動すればとも思うが、その場合は受けられる依頼に限界があるため、仕方なくパーティを組んでいるらしかった。
それに関してはルフェンも似たような立場なのだが、だからといってわざわざ事を荒立てることもないだろう。
「そういえば、エイミーさんって神官なんですよね? 治癒術とか使えるんですか?」
「えっと、うちは……はい。まだ見習いなのでお役に立てるかわかりませんが」
謙遜なのか本気なのか、エイミーは恥ずかしそうに言葉を濁す。こちらは冒険者になって半年と日が浅いらしく、自分の身を守るので精一杯らしい。
ちなみに治癒術とはアリアドネ神官が行使する力のことである。回復、防御などが一般的であり、信仰の強さによって能力が変わるという。ギルドの救護室にも高位の神官が勤めており、緊急転送の手数料の大部分は彼等の人件費らしかった。
「ルフェンさんの方が凄いですよ。魔女自体珍しいのに、男の魔女なんて……あ、変な意味じゃないんです。うちには真似できそうにないなって」
魔女になるための儀式はそれだけで命を落とす者もいるくらいである。彼女にとって、命懸けで力を得るような覚悟が想像も付かないのだろう。
大人しめの少女である。治癒術がなければ冒険者とは縁もゆかりもない生活を送っていたに違いない。
「だけど、エイミーには危ないところを何度も助けてもらってるからな」
「そんな……お二人がフォローしてくれるお陰でここまで無事に来られたんです。うち一人じゃ、あっさり転送されるでしょうし」
サラトガの言葉にエイミーがパタパタと手を振りながら本気で照れていた。
死なずの冒険者と言えども、あまりに怪我が酷ければ冒険者生命を絶たれることもある。手数料の問題もあり、実力が伴わなければ引退に追い込まれる者も少なくはないという。
いずれにせよ、冒険者の使命は震魔の撃滅である。実績を重ねて昇格しなければ人々を救うこともできない。
「こんなパーティだが、改めてよろしく頼む」
「こちらこそ」
サラトガと握手を交わしながら、ルフェンは物思いにふけっていた。彼等と一緒に少しでも多くの人々を救って、いずれ姉弟子や師匠や、自分を救ってくれた漆黒の剣士に追い付きたいと。
少年の冒険はまだまだ始まったばかりである。