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六花の騎士

 ルフェンと大男との模擬戦(・・・)は一方的な展開になっていた。

「ちっ、こんなはずじゃ……」

 痛む腕を押さえながら、大男が膝をつく。彼は大振りの鉈を使っていたが、ルフェンは体術だけでこれをいなしていた。

 もうちょっと相手が強ければ、そのまま腕を折るしかなかったのだが拍子抜けである。

 後ろで余裕で見ていたちびとのっぽの冒険者も、思わぬ展開に驚きを隠せない。

「あ、兄貴……」

「やばいっすよ!」

 どうやら向かってくるようすもないので放ってあるが、仮に向かってきたとしても返り討ちにできるだろう。

 それを確認したカティナも、余裕の表情で割って入る。

「もういいでしょ? 降参すればこれ以上は……」

「うるせえ!」

 怒り心頭の大男が懐から何かを取り出していた。小さな宝石の付いたハンドナックル、今更そんなもので逆転できるとは思えなかったが、それを見たアンナもカティナも一瞬で顔色を変える。

「それは! 震魔(ディザスター)以外に震器(ハウルギア)を使うことは許可されていません!」

「知るか! こんなガキにバカにされて冒険者がやってられるか!」

 震器を身に着けた大男から明らかに先程までと違うオーラが放たれていた。その気配に、ルフェンがいち早く気付く。

 決して忘れることのない感覚、これは。

「これ……なんでこいつから震魔の気配が?」

「震器の力よ……震器とは強力な震魔から取り出した核から作られた兵器、それを使えば震魔の力を振るえるの。どうして赤紐なのにM(マグニチュード)4級の震魔を倒せたのか疑問だったけど、どうりで……」

 だが、震器などという高級品、赤紐程度が持ち歩ける代物ではないはずである。

「そもそも、あなたは震器の登録もしていないでしょう? 取り扱いが厳重に管理されているはずなのに、どうして……」

「チッ、だがコイツさえ倒せれば……」

 アンナの詰問に大男が舌打ちしていた。とあるルートで違法に入手した震器だったが、まさかこんな場所で使う羽目になるとは思ってもいなかったのである。

 それでも、目の前の少年を倒さなければいけないという理由もわからぬ使命感がそうさせていた。

「そもそも、こいつが悪いんだよ! こいつさえいなければ、俺は、俺達は!」

「ルフェン!」

 自分でも説明のつかない焦燥感に駆り立てられ、大男は震器をはめた拳を振るう。そこから放たれた禍々しい衝撃波が、カティナの展開した水晶の盾にぶつかるよりも早く。

「……な!?」

 ルフェンの放った剣閃が、衝撃波ごと大男の腕を斬り飛ばす。先程まで護身用のナイフくらいしか携行していなかった少年の手に、いつの間にか一振りの刀が握られていた。

 鍔も柄さえもない、ただの刃。それが彼の手から直接生えているように見える。

黒鋼(くろがね)の……魔女」

 アンナがポツリと呟く。魔女が生み出せる鉱物は一つのみ、故に称号もその名が与えられる。

 ルフェンの宿す鉱物は黒鋼、炭と炎で鍛え上げられた金属。師匠や姉弟子ほど自在に使いこなせないが、こと刀を生み出すことに関しては何度も何度も練習を積み重ねていた。

 かつて自分を救ってくれた男の持っていた武器、あれほど巨大な得物は振り回せなくとも、この程度のサイズなら己の身体の一部のように振るえる。

「それがお前の魔女術(ウィッチクラフト)か……」

 腕を斬られた大男が絶望的に呟く。とっておきの震器を使っても勝てない、それを思い知らされて敗北を確信していた。

 だが、ルフェンは歩みを止めようとはしない。

 虚ろな目で大男に近づき、その刀を容赦なく振り下ろす。

「ちょっとルフェン! それ以上は……え?」

「まさか、震器を……ッ、いけない!」

 止めようとするアンナの目の前で、その切っ先が、床に落ちた震器の核に突き刺さっていた。一瞬の間ののち、バリンと耳障りな音を立てて震魔の核だったものが砕け散る。

 あとにはただ、震器だったものの残骸が転がるのみ。

「え、震魔の核を砕いたのに何も起こらないなんて……まさか、そんな……」

「そもそも、震魔の核って砕けるモノなの?」

 アンナが震えながら何事か呟き、カティナも欠片も残らず砕かれたそれを見下ろしながら不思議そうに唸っていた。

 そもそも震魔の核は震魔を消し炭にしても傷付かず残るような代物のはずである。それを無理矢理震器という型にはめて道具としているが、わからないことの方が多いらしい。

「お、俺の震器が……」

 大男も震器の残骸を見ながら狼狽えている。よほど手に入れるのに苦労したのだろう、腕を切り落とされた痛みすら忘れて取り乱していた。

 そこに、冒険者ギルドの出入り口から涼やかな音色の声が響く。

「お前達、何をしている!」

 そこに立っていたのは17、8歳程度の銀髪の少女、氷の彫像を思わせる端整な顔立ちを持ち、その身体を真銀(ミスリル)の鎧で包んでいたが、そこに刻まれた紋章は間違いなく。

「六花の騎士ベルフラウだ……」

「冒険者でありながら国王直属の国家騎士(キングダムナイト)の第7席……あの若さで、それほどの強さとは」

「今は紫紐だけど、実力だけなら黒紐相当って噂だぞ」

「むしろ、片手間で冒険者やりながらそこまで実績を重ねられるのか」

「ふん……」

 その場にいた冒険者が噂話をするのを一瞥し黙らせながら、ベルフラウと呼ばれた少女はルフェンと大男の前まで歩み寄る。

 敵意も何もない、ただ理に反する者を即斬るという確固たる意志に、少年も気圧されるのが分かった。

 その視線が壊れた震器に止まる。

「アンナ、何があった?」

「ベルフラウさん……ええっと、ちょっとしたトラブルというかお遊びというか……」

「この震器の持ち主は? 登録証の照会と……それに、こいつの核はどうした? 何故核が消滅してる?」

「それは……」

 さすがにギルド内で事件が起きたとなると色々拙いのだろう、アンナがしどろもどろになるのを見て、ルフェンが前に進み出ていた。

 並んでみると小柄な少年に比べて少女の方が拳一つ分ほど高い。

「ちょっとした喧嘩でこいつが震器とやらを持ち出してきたから、僕が砕いた」

「震器の核を……砕いた、だと?」

 少女が初めて感情らしきものを浮かべる。驚きというよりも、好奇心というべきだろうか。だが、すぐさまそれは氷の表情に逆戻りしていた。

 倒れた大男を見下ろし、詰問を始める。

「震器の持ち主はこいつか……登録証が見当たらないようだが?」

 震器の携帯登録証として冒険者の紐に金のラインが加えられるが、当然、大男の赤紐にはその印はない。

「いや、これは……」

「あ、兄貴……」

 先程までの威勢はどこへやら、彼は明らかに目の前の少女を恐れている。後ろで見ていたちびとのっぽも、フォローしようとして彼女の迫力に気圧されていた。

「昨今、違法震器の噂も多いからな……貴様等にはたっぷりと話を聞かせてもらうぞ」

 いったいいつの間に現れたのか、少女の背後から二名の騎士が進み出て三人を捕縛していく。国家騎士の従騎士といったところだろうか、実力だけならルフェンより上かもしれない。

 だが、彼女の関心はあくまでも少年に向けられていた。

「貴様、名前は?」

「人に名前を聞くなら自分から名乗るんじゃないのか?」

「……そうだな、すまない。私はベルフラウ・リッターマン。国家騎士の傍ら、冒険者もやっている」

「僕はルフェン・トルーガー、新米冒険者ってところだ。でも、国家騎士が何で冒険者なんて……」

 ルフェンの疑問はもっともである。普通、国家の中枢にいる人間が市井の冒険者を掛け持ちすることはあり得ない。

「ふむ、見たところ白紐か。私にとっても不本意なのだが、王の勅命でな。市井の者と触れ合いながら高みを目指せと……まあ、震魔と戦えることには不満はないが、立場上一般の冒険者には避けられてしまうことが多くてな」

 愛想笑いのつもりなのだろうか、ぎこちない笑いを浮かべながら、だが、と彼女は付け加える。

「君は少し変わっているな……震器の核を砕いたというのは本当か?」

「ああ、普通に砕けたが、それがどうした?」

「……嘘は言っていない、か。それに、先程の剣は?」

「る、ルフェン君は黒鋼の魔女なんです。黒曜の魔女ルワンダの弟子らしくて」

「男の魔女に英雄の弟子か……なるほど、それなら普通ではないことも説明がつくか」

 ベルフラウは驚いた様子もなく、納得したように考え込んでいた。

「わかった、ルフェンといったか。白紐にしておくには惜しいが、君の活躍を楽しみにしてるよ」

 そう言って、彼女はアンナと何事かやりとりをし、用事を終えたのかギルドから出ていく。

 あとに残されたカティナは、やれやれといった様子で溜息を漏らしながら。

「はあ、あんた六花の騎士ベルフラウ相手に物怖じしないなんて……我が弟弟子ながら末恐ろしいわ」

「そうでもない、たぶん今の僕じゃ絶対に勝てないと実感したよ。あの人(・・・)程ではないけど強い人っているんだな」

「イーゼルさんは別格よ、ああ見えて師匠と一緒に世界を救った一人だもの。でも彼女も特別、実力的には黒紐くらいの力はあるといわれてるけど……」

 かつて自分を救った漆黒の剣士の力を思い出し、ルフェンは今の自分の弱さに辟易する。あの領域に到達するまでは、あとどれくらいの震魔と戦わなければいけないだろう。

「黒紐の条件って、M8以上の震魔の討伐だっけ?」

「そうね、大災厄級震魔……今の私でも荷が重いけど」

 青紐のカティナでも勝ち目がないとなると、白紐のルフェンでは届くはずがない。それでも、それくらい倒せなければ目指す勇者にはなれないだろう。

 そんなやりとりをしていると、事務手続きを済ませたアンナが戻ってくる。

「二人ともごめんなさいね……でも、ルフェン君、あんな無茶するなんて」

「売られた喧嘩だけど大した相手じゃなかったよ」

「そうじゃなくて、震器を砕くなんて……」

「ちなみにあれ、違法震器だけど表で流通したとしても家一軒平気で建つくらいの価値があるわよ」

「マジか……」

 カティナの注釈に少年は面食らう。咄嗟に砕いてしまったが、駆け出しの冒険者にはとても払える値段ではないだろう。

 違法震器だから賠償請求はされませんようにと願っていると、アンナが何かに気付いたように近付いていた。

「あら? ルフェン君の紐、外れかかってるわね……さっき結び損ねたのかしら?」

 そう言って彼の左の二の腕に結ばれた白紐を結び直す。決して解けないよう念入りに、どこか鬼気迫る勢いにルフェンも少し戸惑うしかなかった。

「これで良し、と。もう二度とあんな無茶はしないでくださいね?」

 念を押すように、どこか脳裏に焼き付くような声色を出しながら。

 少年はそれにコクリと頷くことしかできない。

「さて、ギルド加入も済ませたことだし、早速依頼でも受けましょうかね」

 カティナに促され、ルフェンは掲示板の前へと連行される。

 それを見送りながら、アンナは小声で呟いていた。

「今度は……あんな悲劇が二度と起こりませんように」

 ただの受付嬢とは思えない表情を浮かべながら、しかし、その声は誰の耳にも届くことはなかったのである。

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