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紐の勇者の物語。

 女神アリアドネは自分の髪を束ねて編んだ組み紐を贈りながら、死地へ赴く勇者テセウスに向かってこう言った。

「これを決して手放さないでください。これはあなたの命を守り、いかなる場所からもあなたを光の下へ導く標となるでしょう」

 それを受け取った勇者は紐を手首に巻き付けると、強大な震魔(ディザスター)の待ち受ける広大な迷宮へと足を踏み入れたのである。

 激闘の末、深手を負いながらも震魔を滅ぼした勇者は、しかし、迷宮を脱出するほどの力は残っていなかった。

 その時、彼の手首に巻き付けられた紐が光り、気付くとそこは迷宮の入り口だったという。

 一命をとりとめた勇者はその後、紐の勇者と呼ばれるようになり、伝説に残る偉大な王となったのである。


「これが紐を冒険者証兼安全装置として身に着けることになった経緯なのです」

 数多の冒険者でにぎわう冒険者ギルドのエントランス、受付嬢のアンナと名乗った女性は、この世界に住む者なら子供でも知ってるおとぎ話を得意気に熱弁していた。

 誰でも知っている伝説であるが、もはや新人歓迎の恒例行事となっているのか、周りにいる冒険者は誰一人気にした様子もない。

 付き添いの少女すらもうんざりした表情を隠さなかったが、当の本人はというとアンナの語る英雄譚に目を輝かせている。

 新米冒険者ルフェン・トルーガー。15歳になったばかりのまだあどけなさを残した少年は、少しだけ世間知らずな雰囲気を纏っていた。

 まあ、幼い頃に家族も故郷も失い、人里離れた僻地にある魔女の家で毎日のように修行に明け暮れていたのだから無理もない。

 その反応に気をよくしたのか、アンナは用意した紐を取り出し掲げてみせた。

「これが新米冒険者に送られる白紐です。依頼をこなして実績を認められればランクが上がり、自動的に赤、黄色、青、紫と色が変化していきます」

「おお!」

 仕組みはよくわからないが、そういう魔法がかけられているのだろう。

「この紐を身に着けた冒険者は、たとえ死ぬようなダメージを負っても近くの冒険者ギルドに転送されるようになります。性能自体は冒険者ランクによって差はありませんが、上位ランクほど緊急転送を利用するたびに高額の手数料が必要になりますので注意してくださいね」

「わ、わかりました」

 これがある限り冒険者が死ぬことはない。通称死なずの冒険者、震魔という恐るべき敵を相手取る彼等にとっては欠かせない命綱だった。

 付き添いの少女の太腿にも、青い紐が結ばれている。見た目こそ12、3歳程度だが、かなりの実力だと物語っていた。彼女達魔女は、その証を刻まれるとほとんど年を取らなくなる。実年齢はルフェンよりふたつほど年上らしいが、魔女になった12歳の頃からほとんど容姿が変わっていない。

「ついに僕も冒険者か……すぐにカティナにも追い付いてみせるからね!」

「呼び捨てじゃなくて先輩、でしょうが。姉弟子なんだからもっと敬いなさい!」

 少年の軽口にカティナと呼ばれた少女が憤慨してみせる。魔女の上下関係は基本的に絶対、見た目で実年齢が判断できない分、そのあたりの口の利き方にはことさら厳しいところがあった。

 だが、二人の会話を聞いていたアンナが異常に気付く。

「ルフェン君はカティナさんの弟弟子ということになるのですか?」

「そうですけど……」

「だとしたら、魔女術(ウィッチクラフト)も使えたり?」

「え、ええ」

 信じられないといった様子でアンナが立ち上がる。

 それが事実だとしたら、極めて珍しい男の魔女ということになるだろう。

「魔女になるための儀式って、自分の血に鉱物を溶かした液体を混ぜて体内に流し込むんですよ。女性でさえ、修行が不足していれば途中で死んでしまうと言われているのに、男性が魔女になったなんて聞いたことがありません!」

 冒険者ギルドのエントランスがにわかにざわついてくる。それだけ前例がないのだろう。

 たむろしていた冒険者の中には、半信半疑の者はもちろん、値踏みするような視線を投げかけてくる者もいる。

「確かギルド長あてに紹介状が……あそこにあった名前って」

「ルワンダ」

「最強と謳われた伝説の黒曜の魔女!? じゃあカティナさんも? どうして言ってくれなかったんですか!」

「そりゃあ、確実に面倒事になるってわかってたし」

 バツが悪そうに少女は言いよどむ。

 ルフェンは知らなかったらしいが、50年ほど前の大災厄で巨大な震魔と戦った四人の英雄の一人である。その後行方知れずになっていたが、その弟子が二人も現れたとなると大変なことになるだろう。

「余計なこと言うんじゃないわよ、バカ!」

「いてっ、師匠ってそんな有名人だったのか?」

 カティナに足を蹴られてルフェンが本気で痛がっていた。痛がりながら、これまでの修行の日々を振り返る。

 確かによくわからない人だったが、実力は本物だったように思う。厳しい訓練を課し、魔女になることをあきらめさせようとした節はあるが、あきらめずに修行を受け続けた結果、最終的には弟子として正式に認めてくれた。

 悪い人物ではなかったが、人目を避けるような理由でもあるのだろうか。

「師匠が何かやったんですか?」

「あの人酒癖が悪くて暴れたりツケを踏み倒したり……って、昔先輩に聞いた気がするわ」

 アンナから聞かされたイメージはあまり間違ってはいない。だが、それだけで雲隠れする必要があるとは思えなかった。

「そ、それより、ルフェン君って本当に魔女術が使えるんですよね?」

「そうだけど……」

「へぇ、だったら俺と勝負しな」

 割って入ったのは奥のテーブルに座っていた大男である。冒険者ギルドの例にもれず、一部が酒場や宿屋になっていたりするが、ここ風の商都エーテルの冒険者ギルドも奥にバーが設置されていた。

 そこに入り浸っていた三人組の冒険者、ちび、ガリガリ、そしてこの大男がリーダー格だろうか。少年を見下ろすその姿は威圧感が半端ない。

 さすがに弟弟子を守ろうと、カティナが割って入る。

「何よ、あんたたち?」

「入団試験だ、そのガキが俺様に勝ったら酒の一杯くらいおごってやんよ」

「負けたら?」

「そうだな……姉弟子のあんたが俺様の酌でもするんだな」

「うえ……」

 少女が心底嫌そうな顔をするが、見たところ全員赤紐である。これなら、まとめてかかってきてもルフェンが本気を出さずとも余裕だろう。

 それくらいの実力がなければ、あの師匠が独り立ちさせるはずがない。

「いいわ、乗ってあげる。あんた、負けたら承知しないからね!」

「ちょ、待ってよ! 僕、震魔と戦うために修行してきたのに、なんで冒険者同士で争わないといけないんだ?」

「つべこべ言ってないでやるのよ、いいわね?」

 こうなると聞き訳がないことは、それなりの付き合いの少年にはよくわかっていた。

 それなら男達の相手をした方がマシだと、仕方なく前に出る。

「へへ、赤紐だと思って油断してるな。俺達はM(マグニチュード)4級の震魔も倒したんだぜ。そっちの嬢ちゃんならともかく、お前みたいな新米のガキに負けるかよ」

「ちょっと、あなたたち! いい加減に……」

 さすがに冒険者ギルドで暴れられると困ると判断したのか、アンナが止めに入ろうとする。

 しかし、男達も引き下がらない。

「どうせ殺しても死なないんだ、そいつをいっぺん体験させてやろうという先輩からのありがたーい厚意だぜ」

「確かに、どうなるのか気になるけど……」

 ルフェンの左の二の腕にはアンナが取り付けた白紐が巻かれていた。一度取り付けたらギルドでしか絶対に外せないようになっているらしいが、これがあれば致命傷を受けてもギルドの救護室に転送されるだけで問題ないだろう。

 その場合は少額の手数料がかかるが、おそらくその心配もない。

「どうやらやる気らしいな、へっ、話が早くて助かるぜ」

 三下臭を撒き散らしながら、大男が腕を鳴らす。

 こうして、少年にとってのはじめての戦いの幕が切って落とされるのだった。

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