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崩壊への序曲

 カティナの回復を待つ間、エイミーとコンビを組んで何度か依頼をこなしたルフェンは、ようやく黄紐への昇格が目前に迫っていた。

 一足先に黄紐に昇格していた神官の少女も、少しだけ安心したようである。

 彼の実力的には少なくとも青紐以上には到達してもおかしくないので、むしろ遅すぎるくらいではあった。

「そういえば、知ってます? サラトガさん、もうすぐ退院して今度故郷に帰るんだそうです」

「そうか、それはよかった……」

 カティナの件で色々あったためあまりお見舞いにも行けなかったが、その間も彼は訓練施設でリハビリを受けていたらしい。

 ようやく日常生活に戻れる算段が付いたため、退院と同時に故郷に帰ることにしたという。

「それでですね、うち等でサラトガさんを故郷に送り届けられないかなって」

「護衛ってこと? そうだね、それもいいかもしれない」

 以前、彼から故郷を訪ねてくれと言われたことを思い出す。

 それほど大きな依頼も当面はなさそうだし、そこで羽を伸ばすのもいいかもしれない。

 唯一気懸りだったのはカティナの事であるが、二人の英雄の治療で快方に向かっていた彼女はいつもの調子に戻っており、話を聞いて快く送り出してくれたのである。

 そんなわけで、サラトガを含めた一行は彼の故郷であるエレバスの町へ向かって出発することになった。

 馬車に揺られながら辺境の町を目指す。

「すまないな、私なんかのために君達の手を煩わせるなんて」

「いいんですよ、色々ありましたけどサラトガさんにはいっぱいお世話になりましたから」

 最初は護衛を遠慮していた彼だったが、エイミーの説得によって二人の同行を受け入れていた。

 かつて一緒に冒険していた時のことを思い出す。これでスイッチもいれば最後にチームサラトガが勢ぞろいだったのだろうが、彼はエルドラの事件を追っているらしくあれから姿を見せることはなかった。

 もしかすると、冒険者に戻るつもりはないのかもしれない。

「スイッチさんも一緒だったらよかったのに……」

「まあ、あいつもどこかで上手くやってるさ」

 サラトガは少しだけ寂しそうに遠くの空を眺めていたが、故郷の町が近付いてくるにつれ、懐かしい我が家に思いを馳せている。

 幸い道中で震魔は勿論、野盗などに襲われることもなく、一行は五日の馬車の旅を経て目的地にたどり着く。

「あれが……エレバス?」

 森と湖に囲まれた辺境の小さな町である。主に林業や果樹園などで生計を立てているらしいが、ルフェンの故郷に比べれば充分発展しているように見えた。

 冒険者ギルドの支部というか出張所もあるらしく、それなりに人の姿も多い。

 馬車を降り、通りを歩きながらサラトガは懐かしそうに目を細めている。

「懐かしいな……あれからもう十年か。この辺は全然変わってない……こっちの建物は新しくなってるな」

「サラトガの実家は?」

「広場の角を曲がってすぐだ……あの看板、そうだ……あそこに……」

 パン屋クルスの看板のかかった二階建ての店を見付け、サラトガの足取りが心なしか早くなっていた。

「父さん、母さん!」

 彼の呼びかけに、店に出ていた初老の夫婦が反応する。事前に連絡はしてあったらしいが、正確な日取りは伝わっていなかったのだろう。

 少しだけ驚いたような父親と、ただただ涙を浮かべながら息子の無事を喜ぶ母親と。

「サラトガ……大きくなって」

「へん、どの面下げて帰って来やがった……母さんに心配かけさせやがって」

 父親はどうにか威厳を保とうと虚勢を張ろうとするが、目尻には間違いなく涙がにじんでいた。

「……ただいま」

「おかえり、サラトガ」

 サラトガ自身も少し泣いているようだったが、二人ともあえてそれを指摘することはない。

 しばし感動の再会を見届けていると、彼の両親が二人に気付く。

「あんたたちは?」

「は、はじめまして、エイミー・バレッタといいます。サラトガさんとは冒険者仲間で……」

「ルフェン・トルーガーです」

 相変わらず人見知りするエイミーはさておき、ルフェンは両親に向かって深々と頭を下げる。それで何かを察したのだろう。父親が何かを言いかけようとしたが、母親がそれを制していた。

「サラトガのお友達ね。大したもてなしはできないけど、上がって下さい。ほら、サラトガ案内してあげて」

「あ、ああ……」

 サラトガに案内され、店の裏手から彼の実家にお邪魔する。ほのかに染みついたパンの匂いと、どこか懐かしい家庭の空気にルフェンも少しだけ故郷の事を思い浮かべていた。

「少し古くなってるが……全然変わってないな。ああ、すまない、その辺に座ってくれ」

 促されて長椅子に二人して腰掛ける。

 それからサラトガはしばらく家の様子を懐かしく眺めていたが、不意に二階から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた。

「……お兄ちゃん?」

 15歳くらいの少女がおそるおそるといった様子で覗き込む。サラトガとはあまり似ていなかったが、不意に見せる表情が間違いなく血の繋がりを感じさせた。

「シリル? 大きくなったな……」

「お兄ちゃん、本物のお兄ちゃんだ!」

 はじめはおずおずといった様子で近付いた妹だったが、それが十年前に生き別れた兄だと本能で感じ取り、一目散に抱き着いていく。忘れられているかもしれないと笑っていたサラトガも、また顔をくしゃくしゃにしながら受け止めている。

「元気にしてたか?」

「バカ! お兄ちゃんこそ、無茶して大怪我したって……わたし、心配したんだから!」

 そうしてさんざん兄妹の昔話を語らってから、二人とも落ち着きを取り戻す。

 ここで改めて自己紹介をするルフェンとエイミーだったが、そこで妹の顔色が変わっていた。少年に責めるような視線を送っている。

 話はなんとなく伝わっているのだろう。

「あなたがお兄ちゃんを……どうして、どうしてお兄ちゃんだけがこんな目に!」

「シリル、よせ!」

 今にも飛び掛からんばかりの剣幕で少年を責め立てるが、それをサラトガが押し止める。

 だが、彼女の怒りは収まらなかった。

「お兄ちゃん、どうしてそんな奴を庇うの? お兄ちゃんがこんなことになったのも、全部こいつのせいなんでしょ!? わたし、冒険者なんて大嫌い!」

「シリル!」

「駄目です、サラトガさん!」

 手を上げようとした仲間の腕を、エイミーが力ずくで止める。ルフェンの方が早く止められたのに、まったく動けなかった。

 責められる覚悟はできていたが、兄妹喧嘩に発展してしまうとは思ってもいない。

 その様子を見ていたシリルは、兄の剣幕に戸惑っていたが、やがて眼に涙を浮かべながら家を飛び出していく。

「ルフェンさん、追ってください!」

「……え、僕?」

「いいから!」

 自分が行っても逆効果じゃないかと思いながらも、エイミーの迫力に気圧されて少年は駆け出していた。

 脚力には圧倒的な差があったが、見知らぬ町で地の利もないため、一時は少女を見失い……ようやく町はずれの湖のほとりで彼女を見付けることが出来たのである。

「なによ、謝りにでも来たの?」

「ごめん……」

 シリルは不貞腐れているようだったが、ルフェンを責めようとはしなかった。それをやったとしても何も解決しないと思い至ったのだろう。だからといって許す気もないらしい。

「冒険者なんて嫌いよ。お兄ちゃんは出て行っちゃうし、お父さんにもお母さんにも心配かけて……それなのにあんなになって帰ってくるし」

 大の大人が自分と同じような年齢の少女にあっさり抑えられる姿を見て、色々悟ってしまったのだろう。実際、彼の身体は戦いには耐えられなくなっていた。

 改めて思い返して、ジワリと涙がにじむ。

「ねえ、あなたお兄ちゃんの冒険仲間だったんでしょ? お兄ちゃんはどんな冒険者だった?」

「サラトガは……優秀なリーダーだったよ。みんなをまとめていたし、指示は的確で、タンクとしても仲間をしっかり守ってた」

 タンクという言葉は少女には難しくてよくわからなかったが、なんとなくニュアンスだけで理解する。

「みんなを守ってたんだ……」

「うん、あのままいけば黄紐になっていたと思う」

 黄紐は冒険者としては中堅であるが、それでも人々を守る重要な立場であることは変わらない。

 英雄には程遠くても、確実に誰かの生活を支えていた。

「そっか、お兄ちゃんが……そっか」

 それを聞き、少女は少しだけ笑顔を取り戻す。引退してしまっても、兄を誇りに思えるだろう。

「あなたは赤紐なんだね」

「……うん、まだ冒険者になって三か月も経ってないから」

 少年が冒険者になってまだ一つの季節しか過ぎていない。サラトガが十年かけて辿った道のりを、それだけの時間で追い越そうとしているのは充分に稀有な実力だった。

「お兄ちゃんが出来なかった分も人々を守ってよね」

「善処する」

 それを聞いて、彼女も満足したらしい。

 ルフェンを許そうとゆっくりと立ち上がり。次の瞬間にはその顔が恐怖にゆがむ。

「え……!?」

「どうしてこんなところに?」

 湖に浮かび上がる影。そこにいたのは、間違いなく巨大な震魔の姿だった。

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