暴走
夜の展望台では鉛の魔女フォルテと黄金の魔女エルドラが対峙していた。
すでに周囲にいたカップルは異変に気付いて逃げ出している。腹を抉られ緊急転送されたカティナと、意識を失って倒れているルフェンを除いては。
「鉛風情が黄金に盾突くか……」
「あらあら、あなたも随分と饒舌になったわねぇ。復讐者よりも道化師の方がお似合いじゃないかしら?」
「ほざけ、傍観者が。我に協力しないのならば、せめて大人しくしてればいいものを」
二人が一触即発のまま睨み合う。いつ暴発してもおかしくない。
「あなたこそ、随分と勝手なことをしてくれたわね。あたしの隠し倉庫を襲わせたのは見逃してあげてもよかったけど、あたしのお気に入りに手を出したのは拙かったわねぇ」
「ぬかせ、貴様にあの玩具は勿体ない」
先に動いたのは仮面の男だった。無数の黄金の針を生み出し、フォルテをモニュメントごと吹き飛ばす。
しかしその時には既に彼女の身体は上空を舞っていた。
空中で旋回しながら、両手の震器で鉛の弾丸を次々と発射していく。さすがに金色のヴェールでもそれは防げないと判断したのか、仮面の男は回避に徹していた。
「厄介なモノを……それもディオスの置き土産か?」
拳銃型の震器を眺めながら、仮面の男は忌々しげに言い放つ。
少しずつ崖際に追い詰められていくが、それほど焦りは見られない。そこに、上空から巨大な鉛の塊が叩き込まれていた。
それを片手で両断しながら、仮面の男は嘲笑う。
「ふん、そんなもので我をどうにかできるとでも?」
「でしょうね……でも」
地面に降り立った少女が指を鳴らすと同時に、両断された鉛の塊が変形して二羽の巨大な兎となり、仮面の男の両側から襲い掛かっていた。だが、その程度でどうこうできる相手でないことはフォルテも分かっている。
だから、その時には既に鉛の槍を生み出し解き放っていた。
「……ッ、小賢しい!」
直撃こそしなかったものの、撃ち込まれた鉛の槍が地盤ごと大地を抉る。最初から当たるとは思っていない。展望台ごと粉砕して、仮面の男の体勢を崩す。
そこに、容赦のない銃撃が追い打ちをかけていた。
「くっ」
さすがに仮面越しにでも動揺が伝わってくる。何発かは確実に命中しただろう。
だが、それでもエルドラは倒れない。瓦礫の中からゆらりと立ち上がり、反撃をしようと複数の黄金の槍を生み出し。
「……む?」
その視線は戦っていたフォルテではなく、先程まで倒れていたはずのルフェンに注がれていた。
立ち上がり目の前の男をにらみつけているが、ほとんど自我はないらしい。いつの間に付けられていたのか、首筋に金色の首輪のようなものが浮き上がり鈍く光っている。
「ほう、もう立ち上がるか……丁度いい、貴様が使えるか試してやる。その女を……殺せ」
「ううぅぅぅぅぅぅ……」
自我を失ったまま、ちらりと背後のフォルテを振り返る。だが、すぐさま向き直り、目の前の男に飛び掛かっていた。
「な、黄金の首輪が効かないだと!?」
「あなたお得意の傀儡術も効かないみたいねぇ。ホント、面白い子」
くすくすと笑う少女の目の前で、自我を失ったルフェンと仮面の男が戦いを繰り広げる。己が手から黒鋼の爪を生やし、獣のように飛び掛かる少年に対し、エルドラは生み出してあった複数の槍の狙いを定め。
「あら、あたしの得意技をお忘れかしら?」
フォルテが指を鳴らすと同時に、空中に浮かんでいた複数の槍が掻き消える。忌々しく歯ぎしりする仮面の男だったが、そこにルフェンの爪が振り下ろされていた。
かろうじて躱してみせるが、なおも少年の攻勢は続く。足りない能力は全身を覆う強化外骨格で補い、一瞬ではあるが仮面の男すらも圧倒する。その切り裂かれた衣服の胸元から古いペンダントがこぼれ落ちていた。
「なるほど、魔女の戦い方とは思えないが、そういうのもあるのか」
尚も追撃しようとした少年の動きが止まる。目の前に落ちているペンダントを眺め、何かを思い出したように自我を取り戻していた。
それに伴い、全身を覆っていた強化外骨格が剥がれていく。
「あれ? 僕は……そうだ、エルドラ! よくもカティナを……」
自分を庇って倒された姉弟子を思い出す。
見るからに危険な状態だったが、会いに行こうにも目の前には仮面の男が立ち塞がっている。さっきまで夢の中で戦っていたような気がするが、どうやったのか覚えていない。
そのうち展望台に国家騎士が駆け付ける気配がした。これ以上戦っても無駄だと判断したのか。
「チッ……まあいい、それなりに収穫はあった」
吐き捨てるように言いながら、仮面の男はその場から姿をくらます。それを見届けてから、フォルテはルフェンに向き直り。
「危なかったわねぇ。くすくす、あたしが駆け付けなければどうなってたか」
「え、ええと、ありがとう?」
お礼を期待するような素振りをした少女に礼を述べると、彼女は心底嬉しそうに微笑む。犬なら全力で尻尾を振っていただろう。
「どういたしまして。でも、もう二度とあんなのと関わっちゃ駄目よ? 今のあなたじゃ勝ち目はないもの」
その言葉には、いずれ仮面の男にも勝てるかもしれないというニュアンスが含まれているようだった。
「それでも強くなりたいなら、いつでもあたしのところに来なさいな。じゃあね、ルフェン」
駆け付けた国家騎士と入れ替わるように、フォルテも姿を消す。
あとに残されたルフェンは、瓦礫の中で呆然とすることしかできない。それから軽い取り調べを受け、冒険者ギルドの救護室に向かった少年は、緊急治療を受けるカティナの回復をただ祈って待つことしかできなかった。
魔女の肉体は常人は勿論、冒険者と比べてもはるかに強靭である。
だが、それも血があればこそ。あの戦闘でかなりの血を消費していた彼女は、自力での回復は難しいだろう。かといって他人から輸血できないことも魔女の特性だった。
今はただ、ここの治癒師の腕を信じることしかできない。
朝が来て、ガノフの取り調べを行っていたらしいスイッチが顔を出す。
隣に立って黙って事の成り行きを見守ってくれている彼の気遣いに、今は感謝することしかできなかった。それがどんな言葉であれ、結果的に自分の非力さを責めるか、他人に当たるかしかできなかっただろう。
やがて緊急処置室の扉が開く。
そこから顔を出したウィスタリア本部の救護室長は、二人の顔を見付けて安心させるように言葉をかけていた。
「君達がチームメンバー? 彼女は何とか持ち直しました。さすがに魔女ですね、時間はかかりますが、じきに目を覚ますでしょう」
「あ、ありがとうございます!」
「やれやれ、心配させやがって……」
全力で頭を下げるルフェンと、スイッチも心なしか安心したようである。
「ただ、前のように動けるかどうかは本人次第ですね。ハッキリ言って魔女の身体の事は私にもよくわかりません。できれば、落ち着いてからエーテルの救護室に搬送したほうがいいでしょう」
「そう、ですか……」
それでもレギーナなら何とかしてくれるかもしれない。天輪の癒し手と呼ばれる彼女なら、魔女の身体にも詳しいだろう。
今はただ、一縷の望みを託すしかなかった。