黄金の魔女
ガノフをスイッチに引き渡した後、灰色の王都ウィスタリアの冒険者ギルドを訪れたルフェンは、そこで意外な人物と顔を合わせていた。
「いらっしゃいませ。エーテル支部の……ルフェン・トルーガーさんとカティナ・トリーシャさんですね。ジェイクさんよりお話は伺ってます」
「え? アンナ……さん?」
出迎えてくれた人物はどこからどう見てもエーテル支部受付嬢のアンナさんである。髪の色や制服の色が少し違うような気もするが、それ以外は間違いなく本人にしか見えない。
「はじめまして、冒険者ギルド・ウィスタリア本部の受付をやっているアンナです。治療の準備が整っていますので、そちらの入り口から奥の救護室へどうぞ」
「いや、そうじゃなくて、なんでアンナさんがここに?」
「何言ってるのよ、冒険者ギルドの受付嬢はアンナさんって決まってるでしょ? さ、とっとと治して報酬貰うわよ」
何度か来ているために慣れているのか、カティナは困惑するルフェンを問答無用でぐいぐいと救護室の方へと押し込んでいく。背中に爆風を浴びて火傷しているため押されると少し痛い。
さすがに救護室の面子まで同じということはなかったが、治療を受け戻ってくるとやはりアンナさんが慌ただしく仕事をしていた。
働きっぷりも見知ったアンナさんと同じである。
「お待たせしました。こちらが今回の報酬と、それから……こちらは特別報酬になります」
「特別報酬?」
事前の説明では特に触れられていなかったが、厳重に梱包された箱が差し出されていた。
開封すると、中から二組の腕輪が出てくる。
「これは……通信機?」
赤い宝石の嵌った腕輪と青い宝石の嵌った腕輪、デザインこそ違うがスイッチの持っていたものに似ていた。彼が使用していた物はつまみで対象を指定できたが、こちらはどうやら双方にしか通信できないタイプらしい。
「なぜこれを?」
「あんたすぐいなくなるから、あいつなりに気を使って用意してくれたんじゃないの?」
青い宝石の嵌った腕輪を気に入ったのか、カティナがそれを身に着け悦に浸っている。必然的にルフェンが赤い宝石の嵌った腕輪を選ぶことになるが、なんとなく首輪を繋がれた犬の気分だった。
まあ通信機など一般に出回っていない技術なので、もらえるだけマシかもしれない。
「一応、国家機密扱いなので取り扱いは慎重にお願いしますね」
『はーい』
二人して返事をハモる。
報酬も受け取ったのでここにはもう用はない。アンナの謎は気になったが、その後も大勢の冒険者の対応をしていたので、仕方なく冒険者ギルドを後にする。
通りに出るとすでに街は夕焼けに染まっていた。
「これからどうする? せっかく報酬も入ったんだし、軽く何か食べてから、昇降車両に乗って展望台にでも行ってみない?」
「うーん……」
速攻で食い付くと思ったのだが、カティナの提案にルフェンは物憂げである。今日一日だけでも色々あったが、整理の付かないことが多い。
ガノフに勝てたのはいいものの、マルムのペンダントは取り戻せなかったし、違法震器を悪用していた組織の首魁らしい仮面の男の存在がどうしても頭から離れなかった。
イーゼルへの復讐を誓っていたあの男が、これからこの国に災厄を引き起こすかもしれない。
それを止めるだけの力が欲しかった。
「聞いてるの、ルフェン? おーい!」
少年の顔を覗き込みながら、カティナが必死に呼び掛けている。彼女に引っ張られていつの間にか展望台まで来ていたらしいが、すでに日が落ちていたのか満天の星を背景に少女が佇んでいた。
ルフェンにとっては口うるさい姉弟子でしかなかったが、こうして見ると少しだけ女の子として意識してしまう。
「せっかくこんなところまで来たんだし、私と手くらい繋いでみる?」
「……いいよ」
どうせ嫌がられるか流されるかと思っていたカティナであるが、目の前の少年の反応に一瞬ドギマギしてしまった。おずおずと手を伸ばし、しかしその指先が触れ合うことはなかったのである。
「お取込みのところ申し訳ないが」
「――――!?」
気配も何もなかった。ただ、気付くと当たり前のようにそこにいただけ。
仮面の男が二人を……いや、ルフェンを静かに見下ろしている。
「エルドラ!? どうして、こんなところに……」
「こいつが!? ルフェン、離れて!」
黒鋼の刃を生み出し戦闘態勢に入るルフェンと、水晶の針を空中に生み出し目の前の男に降り注がせるカティナと。
しかし、仮面の男はそんなもの意に介することなく、その身に纏う金色のヴェールが降り注ぐ水晶の針を弾き返す。タイミングを合わせて少年も攻撃を仕掛けるが、黒鋼の刃は男の身体を貫くことさえできない。
「黄金の……ヴェール?」
スイッチが黄金の魔女と呼んでいたか。金を生成するのは稀有な能力ではあるが、金など柔らかすぎて武器として使うには強度不足だろう。
しかし、目の前の男の操るそれは、鍛え上げた鋼鉄より硬く、それでいて金属の中でも飛び抜けた柔軟性を有していた。
魔女の力量によって生成される鉱物の強度が変わるとはいえ、これではあまりにも強すぎる。
「抵抗するな、殺すつもりはない。ただ、少し話をしたいだけだ」
「このっ!」
今度はヴェールの隙間を狙って黒鋼の刃を突き出す。しかし届いたと思った瞬間には、仮面の男の膝が少年のみぞおちを抉っていた。
浮いた身体を制御できぬまま、ルフェンはその首を掴まれ持ち上げられる。
殺すつもりはないと言っていたが、子供が力加減を間違えて虫を潰してしまうように、触れるだけでもすべてを傷つける凶器のような圧倒的な力を感じさせた。
「ルフェンを離しなさい!」
カティナが水晶の槍を生み出す。己が血を限界まで注ぎ込んだ渾身の一撃、城壁にすら大穴をあける攻撃を、しかし男は指先一本で砕いていた。
「な……!?」
「貴様、もしかしてルワンダの弟子か。だが……あの女の弟子にしてはあまりにも弱すぎるな」
仮面の男が指先に黄金を生成する。ほんの血の一滴分の力、それは先程少女が生み出した槍よりも大きな槍に膨張し、咄嗟に展開した水晶の盾ごと彼女の腹をぶち抜いていく。
「あ……ぅぁ……」
「カ……ティナ……」
血を吐き出しながら倒れ込む姉弟子を眺めながら、しかしルフェンには何もできない。
男に首を掴まれた瞬間から、何故か身体が動かせないでいる。手足はもちろん、胴体からも感覚が抜けていた。
「さて、貴様に質問だ。貴様が巷で噂の震器砕きで間違いないな?」
「あ、ああ……」
もはや抵抗する意思すら失いながら、ルフェンは男の質問に無意識で答えていく。ベルフラウですら足下に及ばないかもしれない。漆黒の剣士なら、こいつに勝てるのだろうか。
「ディオス・トルーガーの名前に心当たりはあるか?」
「とう……さん?」
「あいつが父親だと? ふっ、笑わせる……だが、どうやらあいつの実験は成功したらしいな。それで、あいつは今何処にいる?」
「死ん……だ。村ごと、震魔に……うっ」
「そうか……あいつらしい最期だな。己の分もわきまえず、震器の研究に没頭し、城を追い出された挙句がそれか。だが、その研究成果、我が復讐のために活用してやろう」
「なに……を?」
チクリと首筋に何かか入り込んでいた。それが徐々に脳へ上がってくるのが分かる。
おそらく魔女術で生成した何かを送り込んでいるのだろう。
自分が自分でなくなっていく。今すぐこいつを殺したいのに身体が言うことを聞かない。そのまま意識が混濁し。
「……ッ!」
仮面の男がルフェンを放り投げて飛び退いていた。今まで立っていた場所に無数の銃弾が叩き込まれる。
見上げたモニュメントの上に、その少女は優雅に腰を下ろしていた。
「何のつもりだ、鉛の魔女?」
「その子に先に目を付けたのはあたしなのよ。勝手に手を出さないでくれる?」
月を背に佇みながら、フォルテは優雅に微笑んでいる。
その姿を眺めながら、ルフェンの意識は闇に落ちるのだった。