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ルフェンの矜持

 灰色の王都ウィスタリアの地下水路、そこで繰り広げられる二人の会話は、あきらかに国家転覆を企むテロリストのそれだった。

 さすがのルフェンも危険を感じて息をひそめている。

 だが、イーゼルの名前を出され一瞬動揺したのだろう。エルドラと呼ばれた仮面の男は、水路の角にちらりと視線を送りながら。

「ところで貴様、どうやらネズミが紛れ込んでいるようだが?」

「え? まさか……」

 咄嗟に隠れようとするが、その前に振り向いたガノフと視線が合う。

「お前は……あの時の!? こんなところで何を……」

「知り合いか……まあいい。赤紐程度なら貴様でも始末できるだろう。ここは任せる」

「待て!」

 例のペンダントを持ったまま退却しようとする仮面の男を追いかけようとするルフェンだったが、そこにガノフが立ち塞がる。どういうわけかスイッチに吹き飛ばされたはずの右腕が生え変わっていたが、それが震器を仕込んだ義手だと気づくのに時間はかからなかった。

 義手から鋭い爪を展開してみせるが、見たところ他にも何か仕込んでいるらしい。

「あの時一緒にいた奴はどうした? どうせその辺に隠れてるんだろ?」

「どうかな? それとも僕一人なら勝てるとでも?」

 足場も悪いため二人同時に襲われていたらどうしようもなかっただろうが、ベルフラウとの修行を経た今、ガノフ相手なら充分に勝ち目はあるだろう。

 問題は消えた仮面の男である。

 さすがにスイッチが根回ししてくれるだろうが、隠し通路を発見されれば悪用される危険性もあった。

「あんたたち、何を企んでいる? 震魔を使ってこの国を滅ぼすつもりなの?」

「どうやら聞かれていたようだな……冒険者相手に口封じは難しいが、方法がないわけでもない」

 ガノフは太った身体に似合わぬスピードで爪を繰り出す。一度は見てるので速度にはついていけるが、斧と爪とでは勝手が違う。

「どうした? この狭い空間では魔女術の剣は振り回せないか?」

 ルフェンも黒鋼の短刀の二刀流で応戦するが、薄暗く閉鎖された空間では戦いにくい。

 それでも、ベルフラウほどの圧倒的な威圧感はなかった。

 とはいえ油断はできない。制止を振り切り咄嗟に飛び出してしまった以上、この場は絶対に勝たなければ仲間にも顔向けできないだろう。

 だからこそ、仮面の男の事はいったん忘れて、目の前の敵に集中する。

「以前と雰囲気が違うな……前の時はガキと侮って痛い目を見たんだ。ここは慎重に……」

 言いながら、ガノフは義手の仕掛けを作動させていた。

 途端に閃光が視界を白く焼き尽くす。どうやら指向性の高い目くらまし用の仕込み震器らしい。薄暗い場所でこんな光量の照明を浴びれば、さすがのルフェンでもひとたまりもなかった。

「貰った!」

 その隙を逃すことなく、ガノフが右手の爪を突き立てる。視力を失った相手への渾身の一撃は、しかしその身体をとらえることはできない。

 これでも気配を殺すくらいはできる。にもかかわらず、少年は攻撃を見切っていた。

「……ッ、今の攻撃、確実に見えなかったはずだ」

「僕が巷で何て呼ばれているか知ってる?」

「そうか、震器砕き……」

 震器を使用するとき、使い手が未熟なら力に吞まれ震魔に近い気配を発することもある。だが、道具でしかない震器そのものは殺気など放つことはない。

 だが、ルフェンにはその気配をはっきりと捉えることができた。たとえ暗闇の中でも、震器を振るわれればハッキリとわかるだろう。

 慌てて距離を取ろうとするガノフだが、その時には義手にワイヤーが巻き付いていた。

「な、これは……!?」

「黒鋼のワイヤーだよ。簡単には千切れない」

 柔軟性に富んだ鋼糸を何本も束ねたワイヤーである。魔女術の産物ということもあり、通常のものよりもはるかに強靭で、ある程度は自由に操作することができた。

 それに絡み付かれては、義手もまともに使えないだろう。

「くっ、こうなったら……!」

 使えない道具に執着するほどガノフは未熟ではない。即座に義手を切り離し、必要以上に大きく飛び退いていく。

 その動きから何かを察したのか。

「まさか、爆は……!」

 次の瞬間、轟音が地下水路に響き渡る。ルフェンの通信機の反応を追っていたカティナ達は、その音と振動に何事かと周囲を見回していた。

「きゃっ、な、何?」

「わからん……が、近いな。こっちだ!」

 爆発音が反響してハッキリとした方向はわからないが、かなり近いのは間違いない。

 スイッチを先頭に地下水路を駆ける。いくつか角を曲がると、ほどなくして床に倒れ込んでいる少年の姿が見えた。

「おい、大丈夫か!?」

「ルフェン!?」

 ボロボロになった彼を見てカティナが慌てて駆け寄ろうとする。しかし、その身体の下に拘束された男の姿を確認し、スイッチが慌てて制止していた。

「確保したのか?」

「うん、一応僕一人でも何とかなった」

 黒鋼のワイヤーに締め上げられ、身動きできなくなった男を見下ろしながら、ルフェンはゆっくりと立ち上がる。背中側はボロボロだったが、大怪我まではしていない。

「こいつ、爆風を利用して俺を……」

 ガノフが怯えたように彼を見上げている。

 どうやら、震器が自爆するときの爆風すら利用して、一気に距離を詰めて仕留めたらしい。

「結局、お前は無茶するんだな……」

「まったく、心配させるんじゃないわよ」

 スイッチとカティナが二人して呆れているが、続くルフェンの言葉に両者とも顔色が変わる。

「そうだ、こいつと一緒にいた仮面の男が震魔を使ってこの街を壊滅させるって言ってた。イーゼル……あの人とこの国に復讐するって。確か名前はエルドラ……だっけ?」

「エルドラだと!?」

 その名前に心当たりがあるのか、スイッチはもちろん、後ろで話を聞いていたカティナも驚いていた。

「知ってるの?」

「ああ、黄金の魔女エルドラ・マクスウェル。お前と同じ数少ない男の魔女だ。こんな近くにいたのか……」

「イーゼルさんに復讐か……師匠の懸念した通りになったわね」

 どうやら巷では有名人らしい。そんな人物が王都の地下で暗躍していたとなると、これから大変なことになるだろう。

 と、ルフェンが何かを思い出したように。

「そういえば、仮面の男があの人の事、イーゼル・フォン・トリスティンって……この名前はもしかして……」

「そうよ、イーゼルさんはこの国を興した国王なのよ。知らなかったの?」

 確かに漆黒の剣士は自分の事を王様だとか名乗っていた。てっきり冗談か何かだと思い聞き流していたのだが、まさか本当だったとは。

 どのような経緯で辺境の村の惨劇から彼を救ったのかはわからないが、さすがのルフェンも驚きを隠せない。

「そんな人に剣を教わろうとしてたんだ……」

 ベルフラウにとっても剣の師らしいが、それなら色々と辻褄が合う。マルムが彼の事を知っていたのも、父親であるイーゼル経由もあるのだろう。

「それで、マルムは大丈夫だった?」

「ああ、お姫様は国家騎士に迎えに来させた。今頃はお城に戻ってるさ。念のため隠し通路も封鎖させてある」

「そっか……ペンダントを取り返せなかったこと、謝らなきゃ」

 仮面の男が持って行ってしまったが、いずれ取り戻せる機会が来るかもしれない。

 その時、自分があいつに勝てるのだろうか。少なくとも今の少年の力では届かないだろう。まるで強力な震魔と相対したときのような寒気、あらゆるものへの憎悪を秘めた両目が脳裏にこびりついて離れない。

「とにかく、こいつは貴重な情報源だ。こちらで引き取らせてもらう。お前はカティナと一緒に冒険者ギルドに行って念のため治療を受けろ。報酬もそこで受け取れるように手配してるから」

「わかった」

 地下水路を出てからスイッチと別れて冒険者ギルドに向かう。ガノフの確保には成功したが、新たな問題も浮上していた。

「震魔を利用する仮面の男……あいつは敵だ」

「ルフェン? 念のため言っておくけど、エルドラと関わろうとは思わないことね。あれは危険すぎる……あの師匠ですら、一人で勝てるかどうかわからないみたいだし」

 そんな人物が大勢の人々を巻き込むような計画を練っている。それだけで、彼が憤るには充分だった。

 少年の戦いは始まったばかりなのかもしれない。

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