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胎動する陰謀

 マルムと名乗った少女は自分をトリスティン王国の第二王女だと称していた。

 何度頭の中で繰り返しても現実味がない。

「あの……先程からどうしてご自分の顔をつねられているのですか?」

「夢なら醒めないかと思って……」

「夢……ですの?」

 ルフェンがひたすら自分の顔をつねって顔を腫らすのをキョトンとした表情で眺めていた彼女だが、何を思ったのか自分の顔をつねり出す。

「痛いですの……」

「いや、君がつねらなくていいから!」

 少年も大概なのだが、それを上回る浮世離れした行動に、もしかすると本当に嘘じゃないのかもと思い始めていた。

 だが、そうなるとこんなところにいるのが本気で不可解である。

「あの、マルム……様。どうしてこんなところに?」

「私の事は呼び捨てで構いませんわ。どうしてって、ルフェン様が連れて来て下さったのではないですか?」

「いや、そうじゃなくて……」

 会話が成立してない。確かにここへは引っ張ってきたが、聞きたいのはそれではなかった。

「えっと、さっきの男達は……?」

「ええ、(わたくし)が道を尋ねたところ、いきなり腕を掴まれて……驚いて悲鳴を上げてしまいましたが、近隣の皆様にご迷惑ではなかったでしょうか?」

「うん、それよりも自分の心配をしようね」

 先程の状況は分かったが、それ以前の経緯がよくわからない。

 この辺は下級貴族や金持ち商人や騎士などが住む区画である。一国の王女が一人で出歩くような場所ではないだろう。

「いや、そうか。ちょっと聞きたいんだけど、マルムはベルフラウの事を知ってる?」

「ええ、存じてますわ。ベルとは姉妹のように育ちましたし、最近は彼女()ルフェン様のお話をよくしてくれてます。今日もお城を抜け出して彼女の家に伺ったのですが、生憎と留守のようで……」

「それでか……でも、城を抜け出すってよく衛兵とかに気付かれなかったね」

 これで結構お転婆なのかもしれない。ベルフラウと仲がいいというのも意外だったが、付き合いも長いらしかった。

「実はお城の地下に隠し通路があって、王族しか出入りできない仕掛けがあるのです。地下水路にもつながってて、ベルフラウの家の近くにも出られるんですよ」

「それ、絶対に他人に喋っちゃ駄目だからね?」

 侵入者対策くらいはしてるのだろうが、どこで誰が聞いているかわかったものではない。

 だが、気になることが一つ。それならわざわざ道を尋ねる必要はないだろう。

「どうしてそこから戻らなかったの?」

「それが、途中で鍵となるペンダントを落としてしまったらしくて……」

「絶対に落としちゃ駄目な奴じゃないか!」

 さしものルフェンも頭を抱え込む。事態の重大さを把握していないのか、彼女はキョトンと小首をかしげていた。

 彼とは別方向のトラブルメーカーなのかもしれない。

「それで、どこで落としたかわかる?」

「ええと……たぶん、地下水路の中かと」

「じゃあ、その辺を探して……いや、それよりも彼女を保護してもらうのが先かな?」

 あまりの事態に頭の中が混乱している。この時点でガノフの捜索は少年の頭から消えてしまっていたが、正直それどころではなかった。

 そこに疲れた顔をしたカティナが姿を現す。

「やっと見つけた! あんた、こんなところで何やって……誰よこの子?」

「この国のお姫様」

「まあ、かわいらしい。ルフェン様のお友達でしょうか? 私はマルム。マルム・フォン・トリスティンですの」

 優雅に自己紹介するマルムに、カティナは思わず動揺しながら。

「ああ、うん。ええと……ちょっとルフェン、一体どうなってるのよ!?」

「僕に聞かないで……」

 正直これまでの経緯を説明したとして、信じてもらえる自信がない。自分ですらどうしてこうなってるのか良くわかってなかった。

 それでも何とか話してみると、やはりカティナも同じように頭を抱えている。

「あんたバカなの? はあ、手のかかる子供が二人に増えた気分だわ……まあ、とりあえず彼女を安全な場所に連れて行って、それから地下水路の捜索を……ん? 地下水路?」

「どうかしたの?」

 彼女が何かを思い付いたように考え込む。そんな場所があるなら、人が隠れることもできるのではないか。

「それよ、それ! 地下水路、一度調べたほうがいいんじゃないかしら? そのペンダントはもちろんだけど、もしかしたらガノフが潜んでる可能性もあるわ」

「ガノフ……そういえばそんな奴を探してたね。なんかどうでもよくなってきたけど」

 さすがのルフェンも元気がない。

 とにかく一度スイッチに連絡を取り、マルムを城に返してから改めて地下水路の捜索を行うことになったのである。


 カティナから直接報告を受けたスイッチは、案の定というべきか思いっ切り頭を抱えていた。

 王女マルムを保護したという話を聞いたときは耳を疑ったが、いざ合流してみると間違いなく本人だったのである。監視の人間は一体何をやっていたのか。

「あら、ジェイク様、ごきげんよう」

 のほほんといった様子で挨拶をするマルムを尻目に、通信機で迎えの騎士を手配する。

 だが、肝心なルフェンの姿が何処にも見当たらない。

「で、あいつはどこ行った?」

「それが……」

 ジェイクを待つ間、地下水路の入り口を確認しようとしたらしいが、そこにこそこそ入り込もうとするガノフらしき姿を目撃してしまったらしい。

 あとはもう、特に説明されなくてもその後の展開は容易に想像がつく。

「何で止めなかったんだ!?」

「止めようとしたわよ。でも、今度はお姫様がついていくとか言い出しちゃって、そっちを止めている間に地下水路に潜入しちゃったのよ」

「あのバカ、全然成長してないな……」

 二人して頭を抱える。

 若気の至りに巻き込まれ、苦労させられる方の身にもなってほしい。

「一応、咄嗟に通信機は持たせたけど、そっちとは連絡つかないの?」

「地下だとどうだろうな……一応、近付けば反応は拾えそうだが」

 カティナが連絡のために通信機を一つ受け取っていたのだが、それは今先行しているルフェンに渡していた。しかし、念のため通信してみても繋がる様子はない。

 とにかく、迎えの国家騎士がマルムを引き取るのを待ってから、二人も地下水路に潜り込む。

 一方その頃、ルフェンはガノフの痕跡を追って地下水路を彷徨っていた。

 いつものように飛び出したまではいいものの、見知らぬ街の薄暗い地下水路など迷うなという方が無理がある。

 仮に第三者が潜り込んだとして、王城の抜け道に辿り着くことさえできないだろう。

 だが、わざわざこんなところに隠れ潜むガノフの目的がよくわからない。

 彼は違法震器取引で手配されている立場である。身を隠すためだけにこんなところに潜伏する意味はないだろう。

「何が目的なんだ?」

 前回の事件では、結果的にエーテルの近くにM8級震魔を発生させる事態に陥ってしまった。問題が発覚するのが早かったため、ベルフラウが駆け付けるのが間に合い大した被害もなく収束したが、本来なら街が壊滅してもおかしくなかった事案である。

 それが単なる偶然ではなく、連中の狙い通りだとしたら……思ったより事態は深刻なのかもしれない。

 そう思った矢先、通路の向こうから誰かの話し声が聞こえてくる。

「エーテルの壊滅には失敗したが、実験自体は成功だ。震魔の性質を利用すれば、この国を内部から破壊することもできる」

「まさかあんなに早く国家騎士が駆け付けるとは……しかし、エーテルに震魔をおびき寄せて戦力が出払っている隙に王都を襲撃する計画は上手くいきませんでしたね」

 きな臭い会話が聞こえてくるが、一方は聞き覚えのある声だった。ガノフともう一人、おそらく立場が上の人間が連中を指揮しているらしい。

 こっそり覗き込むと、どうやら相手は紐なしのようだった。ボロボロのマントを纏い、骸骨のような仮面で顔を隠しているが、物腰からして一般人ではないだろう。

「さすがに警戒されてしまったが、それなら今度は別の町を襲わせればいい。問題は震魔の核の確保だ。わざわざあの女の隠し倉庫を襲わせたのに、ほとんど無駄になったからな。補充にはしばらく時間がかかるだろう」

「隠してある核は大丈夫なんですか? M9級……国家災害級の震魔を作れるとのことでしたが」

「正規の震器と同じ処置を施してある。必要な時まで震魔をおびき寄せることはない。だが、この国の連中も愚かだな。あいつら自身が震器を使っているから、こちらが少し水増ししてやるだけでも簡単に震魔が寄ってくる。どうせならあそこにある震器の核も使えればいいのだが……そういえば貴様、さっきから何を持っている?」

 言われてガノフが懐に忍ばせた古い意匠のペンダントを取り出していた。

 おそらく、マルムが落としたものだろう。途中で拾ってネコババしていたのを、無意識にいじくっていたらしい。

「そこで拾ったただのアクセサリですよ。誰かが水路に落としたんでしょう。これが何か?」

「この紋章は……この地にあった古い王家の紋章だ」

「五十年前の震魔戦争で滅亡したという? どうしてそんなものが……」

「さあな。だが、あの男は我が同胞の屍の上にこの国を築き上げた。巷では英雄などともてはやされているが、私にとっては憎き敵でしかない」

「え、エルドラさん……?」

 禍々しい殺気を放つ仮面の男にガノフすら怖じ気づく。少なくとも紫紐……いや、黒紐以上の力を持っているかもしれない。

 そいつは手下から奪い取ったペンダントを握りしめながら。

「イーゼル・フォン・トリスティン。奴だけは必ずこの手で引導を渡してやる」

 そう宣言する眼窩の奥には、昏く冷たい金色の光が宿っていた。

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