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灰色の王都ウィスタリア

 王都へと続く道は整備が行き届いており、行き交う人々の姿も非常に多い。

 駅馬車の窓から見える景色は拓けた草原が続いていたが、時折野生の獣の姿も目にすることができた。

 そうやって馬車を乗り継いで三日目の夕刻、ようやく王都の街並みが見えてくる。

「あれが……灰色の王都ウィスタリア?」

 扇状に広がる階段都市の幻想的な威容を眺めながら、ルフェンはただただ呆然とするしかなかった。

 ちょっとした山を切り崩し整備して作られたような街並みは、外敵の侵入を許さない堅牢な城塞のような印象を与える。

 数多くの石材を積み上げた何重もの石垣は、確かに灰色の王都の異名に相応しい景観を生み出していた。

「ふふん、まるでおのぼりさんね……」

 景色に見惚れる弟弟子を横目で見ながら、カティナは勝ち誇ったような表情でドヤ顔を決めている。どうやら、仕事で何度か来たことがあるらしく、まるで自分の庭といった様子であった。

 やれウィスタリアの名前の由来はとか、やれあそこの通りの店の何々が美味しかったとか、まるで観光案内人(ガイド)のようである。

「一応言っておくが遊びに来たんじゃないからな?」

 チームメイトの子供っぽさに頭を抱えながら、スイッチは思わず嘆息する。

 一行の目的は違法震器取引の首謀者と目されるガノフの確保である。当然であるが観光気分でやれるような仕事ではない。

「……やれやれ、人選間違ったかね?」

 そうは言うものの彼等の実力はスイッチも認めているところである。ルフェンが暴走さえしなければ問題ないはずだった。

 駅馬車から降りると、ほどなく帰宅途中や夕飯の買い出しの人ごみに巻き込まれる。市内の人口だけでも50万人、郊外も合わせると100万人以上の人口を誇る世界有数の大都市は、初めて訪れた人間にとっては歩くだけでも一苦労だろう。

「迷子になるなよ」

 その中を何事もなく歩いていくスイッチには、少年を待ってやるような気遣いなど元からない。ひょいひょいと軽快な足取りで人を避けていく様は、これが都会っ子かと思わせる優雅さがあった。

 ルフェンも何とか追い付こうとするが、人が多すぎて追い付けないどころか引き離されていく。

「都会恐い都会恐い……」

「もう、こういうのは鈍いんだから」

 カティナが手を繋いで誘導してくれて、何とか人の波に乗る。よくよく観察するとある程度の人の流れは予想できた。

 エーテルも人口が多い方だが、物流拠点と市街地は分かれているためここまで混雑することはない。

 ようやく人ごみを抜けると、広い階段のある通りに出る。

 中央には鉄でできた細い道が何本もまっすぐ伸びており、王城のある高台まで続いているようだった。驚いたことに、その上を巨大な鉄の箱が馬の力も借りず行ったり来たりしている。

「な、なにこれ?」

「王都名物昇降車両(ケーブルカー)だ。金持ちはこれを使って坂道を昇り降りするんだぜ」

 スイッチの説明に少年は年相応に目を輝かせていた。男の子というのはいつでも未知のものに興味がわくらしい。

「ま、夜は恋人たちがこれを使って展望台に行くんだけど。なんなら一緒に……」

 カティナが何かを言いかけているが、ルフェンは一切聞いちゃいない。乗客を乗せて昇り降りする鉄の箱を食い付くように眺めている。

「鉄のロープで引っ張って……なるほど。ところでこれ、乗れるの?」

「今度な。今日は見るだけだ、ほら行くぞ」

「えー?」

 スイッチの無慈悲な言葉に少年はがっくりと肩を落とす。そのまま下層の通りに入る男を慌てて追いかけていく。どうやら今日は適当な安宿に泊まるらしい。

「…………うん、知ってた」

 あとに残されたカティナはしばらく無言で突っ立っていたが、真顔に戻って気を取り直すと二人を追って駆け出すのだった。


 翌朝、ルフェンとカティナが食堂で朝食を摂っていると、昨夜から情報収集に出ていたスイッチが戻ってくる。

 関係者から話を聞くとか言っていたが、様子を見るにあまり成果は得られなかったらしい。

「あー、腹減った。子供はいいよな、気楽で」

「子供は休んでろって言ったのはスイッチじゃん」

 さすがに夜の街を見た目子供と出歩けば目立つと判断したのか、二人とも宿に置いて行かれたのである。

 昼間の調査には同行するとはいえ、やはり役立たず扱いされているみたいで気分はよくない。

「それで、成果は?」

「昨日も中層あたりで姿を見たって話はあるんだが、どうにも潜伏場所が掴めない。下級貴族の屋敷にでも匿われているのか、さすがにこの街は広いからな」

「それなら、手分けして探す? 似顔絵なら貰ったし、私一人でも大丈夫そうだけど……」

 カティナはそう言うが、スイッチは暫し考え込み。

「いや、こいつを一人で歩かせるとどうなるかわからん。二人は一緒に捜索してくれ。こっちはこっちで飯を食ったら心当たりを探してみる」

「わかったわ」

 スイッチと入れ替わるように二人は食事を済ませて街に繰り出す。確か中層あたりで目撃されたと言っていたか、途中、昇降車両に乗ろうとする少年を何とか宥めながら、二人は中層に辿り着いていた。

 一般市民が暮らす下層と違って、中層は下級貴族や騎士、商人などの金持ちが住む区画である。人通りも下層ほど混雑することはなく、水路なども整備されているため観光するにももってこいだろう。

「水ってどうやって引いてるんだろ?」

「なんでも専用の震器を使って水を汲み上げているらしいけど……私も詳しくは知らないわ」

 震器を生活の中に活用しているというのは、ルフェンにとっては複雑な心境だった。武器として使われるのはまだわかるが、震魔の力を人のために使うという発想が目から鱗である。

 彼が気に入っている昇降車両も、震器の力で動いているらしかった。

 ただ一つ疑念がある。

「震器を使ってて震魔が寄ってこないのかな?」

「さすがにこの規模の都市なら防衛も問題ないわよ。ただ、これ以上人が増えると、どうなるかわからないわね」

 インフラのために震器を利用し続ければ、いつかどこかでシステムは破綻するのかもしれない。

 人々の欲望は果てしなく、どこまでも便利さを求め続ける。

 精強な国家騎士が王都を守っているとはいえ、それ以上の力を持った震魔が襲ってくればこの街も陥落するだろう。

「なーんて、ここにはベルフラウさんやイーゼルさんがいるんだし、いざとなれば師匠も……って、ルフェン?」

 カティナが慌てて周囲を見回す。先程までそこにいた少年の姿は何処にもない。慣れない街とはいえ、さすがに落ち着きがなさすぎる。

「まったく、こんなところで迷子になるなんて、あいつもまだまだ子供なんだから」

 仕方ないわね、といった様子で少女は後輩の姿を探し始めるのだった。


 ――その頃、ルフェンはというと。

「悲鳴が……こっちか?」

 姉弟子との会話の途中で何処かからかすかな悲鳴を聞きつけ、慌てて駆け出したものの中層内でも複数の階層に分かれているためいまいち道がわからない。

 それでも、無理矢理高いところを飛び回りながら声の方向を探すと、路地裏で一人の少女が数人の強面の男達に囲まれているのを発見する。囲んでいるのは身なりからしてどこかの商人の護衛だろうか。この辺の住人には見えない。

「へっへっへ、こんなところでこんな上玉にお目にかかれるとはな」

「兄貴、どうしやす?」

 お決まりの定型文というべきか、頭の悪そうな台詞で少女に絡む男達だったが、対する少女もそれほどおびえた様子はなかった。

 ただ、珍しい生き物を見るような不思議な面持ちで彼等を眺めている。

「あの、(わたくし)は道を尋ねただけなのですが、どうしてこのようなところに? 昇降車両乗り場とは違うようですが……」

 肝が据わっているのか箱入りなのか。見た目は地味だがよく見ると上等な仕立ての衣装を纏った少女は、自分に訪れる危機など微塵も感じない笑顔で受け答えしていた。

 そこに、ルフェンが上空から舞い降りる。

「そこまでだ!」

 着地の姿勢を維持しながら、なんとなく言ってみたかった台詞を吐いてみた。冒険者として活動していたとしても、こういう機会は滅多に訪れない。

 当然、男達は剣呑な反応を示すが、しかし――。

「なんだ、てめぇ……」

「あ、兄貴……こいつ、あの時の!」

 手下のちびに言われて中央にいた大男が気付く。もう一人ののっぽも、それに気付き少しだけ腰が引けているようだった。

 どこかで見たことあると思ったら、どうやらルフェンが冒険者になるときに絡んできた三人組である。赤紐は付けているようなので冒険者資格は剥奪されなかったようだが、白昼堂々と女の子に絡んでいれば世話はない。

「なんだ、あんたたちか……」

「なんだとはなんだ! こちとらお前のお陰で酷い目にあったんだぞ!」

「いや、あれはどう考えても自業自得でしょ?」

 一触即発の雰囲気を醸し出しているが、三人組は決して襲ってこようとはしない。実力差は充分にわかっているし、違法震器も壊された今、彼等が少年に一杯食わせる方法は、人質を取るくらいしかなかった。

 大男の目配せで、ちびとのっぽが咄嗟に少女の腕を掴み上げる。

「……ッ、いきなり何を!?」

「へへっ、こいつがどうなってもいいのか?」

 さすがの少女も腕を掴み上げられ痛みに顔をしかめていた。それを確認し、大男は勝ち誇ったように高笑いしている。

「はっはっは、お前に付けられたこの傷の痛み、片時も忘れたことはないぜ!」

「腕くっついたんだ……よかったな」

 左腕に付いた傷跡を誇示しながら、大男は勝利を確信していた。ルフェンの腕が良かったのか、治癒術のお陰か、動かすぶんには不自由はないらしい。

 その拳を振り上げ、目の前の少年に叩き込む。ルフェンの頭蓋を砕くかと思われた一撃は、しかし、どういうわけか空中で静止していた。

 何かがその腕に巻き付いている。

「な、なんだ?」

「黒鋼のワイヤー。柔軟性を利用すれば、こんなこともできるんだな」

 昇降車両を牽引するケーブルを見て思い付いた戦い方、昨晩寝る前に軽く練習しただけだが、実戦でも問題なく使えるらしい。

 気付くとちびとのっぽの身体にもワイヤーが巻き付き、少女から強制的に引きはがしていた。

「あ、兄貴……」

「ヤバいっすよ!」

 身動きを封じられながら、三人組が悶絶する。もがけばもがくほどワイヤーは絡まり、容赦なく食い込んでいく。

「さ、今のうちに……」

 少女の手を取ってルフェンは駆け出していた。ある程度区画を跨いだところで、小さな公園を見付けてようやく一息つく。

「あ、ありがとうございます。市井にはあのような野蛮な方々がいらっしゃるのですね」

「野蛮って……確かにそうだけど」

 あんな出来事があったのにもかかわらず、少女の喋り方は穏やかで緊張感に欠けていた。少年の方が気をそがれている。

「ええと、君は……あ、僕はルフェン。ルフェン・トルーガー」

「ルフェン……様? 本当にルフェン様ですの?」

「僕のこと知ってるの?」

 震器砕きの噂は王都まで届いてるのだろうか。

 戸惑う少年に彼女は気品のある動作で優雅に一礼しながら。

「申し遅れました。私はマルム・フォン・トリスティン。気軽にマルムとお呼びください。ルフェン様のお噂はかねがね耳にしておりましたの」

「トリスティンって……まさか?!」

 さすがのルフェンも驚きを隠せない。どうしてそんな人物がこんな場所にいるのか。どうして自分のことを知っているのか。いくら考えてもわからない。

「ええ、私はこの国の第二王女ですわ」

 衝撃の告白に、少年はこれが夢かと疑うことしかできなかった。

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