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王都へ

 ベルフラウとの一週間の猛特訓を終え、ルフェンの生活は冒険者としての日常に戻る……ということはなかった。

 スイッチが顔を出さなくなったのはもちろんだが、サラトガの状態が予想より思わしくないらしい。

 彼は退院後即訓練施設に叩き込まれたためお見舞いに行く余裕もなかったのだが、レギーナから初めてそれを聞かされ愕然とする。

「なんで……だって、僕より症状が軽いって……」

「ここに運び込まれた時には間違いなくお前さんの方が重傷だったさ。けど、赤紐がM(マグニチュード)6級の震魔の攻撃を受けて、むしろ死ななかったことの方が奇跡に近い」

 彼女の言葉は非情なほどに淡々としていた。これまでに何人もそういう患者を見てきたのだろう。この世界でも最高峰の治癒術(ヒールスフィア)使いとしての能力を持っていながら、救えなかった命の方が多いとまで言い切った人物である。

 それが謙遜などではない現実なのだと改めて気付かされた。

「なんで……言ってくれなかったんですか?」

「お前さんは未熟だ。だから、先に鍛えるべきだと判断した。そうすれば、精神ももうちょっと成長するかと思っていたが……」

 自分がのうのうと訓練を受けている間にそんなことになっていたとは、己の甘さを恥じるしかない。

 同席しているエイミーも申し訳なさそうに。

「ごめんなさい、サラトガさんからも口止めされてて……でも、日常生活にはそれほど支障はないんですよ。ただ、冒険者として戦場に出るのは、もう……」

 言われて改めて自分がしでかしたことを思い返す。

 あの時、スイッチは確かに彼を止めようとしてくれた。それを振り払い、勝ち目のない相手に挑んだのは他ならぬ自分自身だったのである。

 それに付き合わせてしまった相手は、もう一緒に肩を並べて戦うことはできない。

「それでも僕は……僕は……」

 脳裏にあの日の光景がよみがえる。弱い自分を自覚するとき、必ずはじまりの日の惨劇が心をかき乱す。もう何も失いたくない、その思いが少年を死地へと駆り立てる。

 そして多くのものを失いながら、また、自分だけおめおめと生き残るのだ。

 そんな自分が冒険者なんて続けていいのか、どうしても疑問に思う。これ以上犠牲を出したくないという思いと、それでも人々を守りたいという思いが彼の中でひしめき合っていた。

「ま、続けるかどうかはお前さんの自由だけどね、私等の仕事は怪我人を治すだけさ。ただ、治せない傷もあるってだけで」

 それはルフェンの心の傷のことも言っているのだろう。

 どこまで事情を知っているのかはわからないが、彼の置かれた状況に一定の理解を示してくれているのも確かだった。

「それで、今日は会っていくかね?」

「……はい。お願いします」

 ためらいがちに頷く。エイミーに案内された病室には、思ったより元気そうなサラトガの姿があった。

「やあルフェン、来てくれて嬉しいよ」

「サラトガ……ごめん、僕……取り返しのつかないことを」

 ベッドの上でひらひらと手を振りながらにこやかに仲間を迎える男に、少年は咄嗟に頭を下げる。

 それを変わらぬ表情で眺めながら。

「そんなことはない。そもそも、私が違法震器に頼ろうとしたのがいけないんだ。自分の弱さを受け入れられなかったから……私の方こそ、君達をあんなことに巻き込んでしまって悪かったと思ってる。だから、君が気に病むことはない」

「だけど……!」

 サラトガはそう言ってくれているが、ルフェンはどうしても自分を許すことはできなかった。

 自分を責め続ける少年の心情を見て取り、男は静かに言葉を続ける。

「君は強い。いずれ紫紐にも……もしかしたら、黒紐にも届くかもしれない。それで、大勢の人々を救ってくれれば、私の想いも無駄にはならないだろう」

「サラトガ……」

「実は歩けるようになったら冒険者をやめて故郷に帰ろうと思っていてな。エレバスという小さな町なんだが、そこで実家のパン屋でも継ごうと思っている。小さい頃は毎日毎日残り物のパンばかりで嫌になって、君と同じような年の頃に両親の制止を振り切って家を飛び出したが……今はあのパンの焼ける匂いが懐かしくて仕方ないんだ」

 笑っているのか泣いているのか判然としないが、彼はそう言いながら故郷に思いを馳せていた。

 それを聞きながら羨ましく思ってしまう自分がいる。

 ルフェンには帰るべき場所がない。戻れないからこそ、先へ進もうと何度も何度も足掻き続け、その度に何かを失っていくのだろう。

 彼が葛藤している間にも、サラトガの思い出話は続く。

「実家には妹がいてな。家を出た当時は5歳くらいだったか、もう私の事は覚えていないかもしれないが……嫌われたらどうするかな」

「妹か……僕にも同い年の妹がいたけど。でも、震魔に食われて死んじゃった」

「ルフェンさん……」

 病室の空気がさらに重くなる。いつだったか故郷が滅ぼされた話はしたが、気を使ってそれ以上踏み込んでくることはなかったため、妹の話はしてなかったらしい。

「そうか……すまない。そうだ、落ち着いたら私の実家にも遊びに来ないか? 勿論エイミーと、それからスイッチも呼べるといいんだが今どうしてるかな……その時までに、ちゃんとしたパンが焼けるようになるといいんだが」

 誤魔化すように笑う男だが、急に咳き込み始める。少し無理していたのだろう。

「サラトガ!?」

「大丈夫だ、命に別状はないと言われている。もうちょっと話していたかったが……」

「サラトガさん……すみません、ルフェンさん。面会はこれまでです」

 普段はオドオドしているエイミーがてきぱきと処置をするのを見届け、様子を見に来たレギーナと入れ替わるように病室を後にする。

 考えることが多すぎて思考がまとまらない。

「よう、ルフェン」

 とぼとぼと冒険者ギルドの救護施設から出ると、見知った人物が声を掛けてきた。

「スイッチ……今まで何してたんだ?」

「違法震器取引の首謀者を追っていたが、足取りもつかめず手詰まりでな。一度情報をまとめるためにこっちに戻ったんだが、ついでにようやくここにも顔を出せたってわけ」

 彼の口調は軽い。それが少年の心をことさら逆撫でしてくる。

 だが、それに文句を言う権利などないのだろう。

「その、サラトガが……」

「知ってるぜ、旦那のことは残念だったな。まあ、青臭い我儘が他人を巻き込むなんてよくあることさ」

 その言葉は容赦なくルフェンの心を抉っていたが、責めようという意図は感じられなかった。

 むしろ責められた方が楽だったかもしれない。

「それで、何の用? お見舞いなら今は無理だと思うよ」

「何の用とは失礼だな。実はガノフの手掛かりに関する有力情報を掴んでな、それで使えそうな人間をスカウトに来たんだ」

「まさか僕に依頼を? 他にも仲間がいるだろ?」

「国家騎士がぞろぞろ歩いてたら気取られるって。なるべく少人数で動きたいからな、他に事情を知っていて動かせそうな人間はお前くらいだし。やっと敵の尻尾を掴んだんだ、折角だから最後まで付き合ってもらうぜ」

 自分のことを嫌いと公言した人間とコンビを組むのは心外だったが、違法震器取引にかかわった連中を野放しにしておくことはできなかった。

 逡巡しながらも最後には仕方なく承諾する。

「わかったよ……それで、ガノフの居場所は突き止めてるの?」

「あいつは今、灰色の王都ウィスタリアに潜伏しているらしい」

「王都!? 何でそんなところに……」

 彼等の住むトリスティン王国の首都ウィスタリア。ルフェンは一度も行ったことはないが、その名前くらいは知っている。

 風の商都エーテルも交易都市という土地柄、雑多な人間が暮らしているのだが、王都にはさらに多くの人々が住んでいるらしい。辺境の村出身の彼にとっては想像もつかない世界だった。

「人を隠すには人の中ってな……王都で何をしようとしているかは知らないが、動かれる前に確保したい」

「へー、だったら私も混ぜてもらえないかしら?」

「カティナ!? いったいいつから……」

 どこから聞かれていたのか、二人の間にカティナが割って入る。

「あんたは確か……」

「水晶の魔女カティナ・トルーシャ。この子の保護者よ」

「保護者って……」

 スイッチに軽く自己紹介しながらも、少女は少年の腕にしがみついていく。

 あの事件があってからというのも、妙に過保護になっている気がしないでもない。

「あのな、これはガキの遊びじゃないんだぞ」

「あら、ルフェンが大丈夫で私が駄目な理由は何かしら? 少なくとも、実力的には問題ないはずよ?」

「……確かに青紐なら問題ないが、しかしなぁ」

 渋るスイッチだが、ルフェン以上に聞き分けのなさそうなカティナに頭を抱える。とはいえ場数は踏んでいそうなので、自分の力量くらいはわきまえているだろうし、いざという時には頼りになるだろう。

「わかった、わかったから目立たないでくれよ。ただでさえお前はここでは有名人なんだから」

 とにかくこうして三人の即席チームが結成されることになったのである。

 しばらく目の前の男と顔を合わせることになるのには気が滅入りつつも、少年はまだ見ぬ王都へと思いを馳せるのだった。

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