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ベルフラウⅡ

 いったいどうしてこうなってしまったのか。

 ルフェンの目の前には、運動用のラフな格好に着替えた六花の騎士ベルフラウの姿があった。

 出会ったのは二回のみ、どちらも全身を包む真銀(ミスリル)の鎧をまとっていたため、肌の露出した格好は少年にとっては目に毒である。

「えっと……」

 あまりの状況に少年の頭は混乱していた。

 あれから一週間、ようやくというかむしろ早すぎるというべきか、震魔(ディザスター)戦での怪我が完治した彼はレギーナの指示で冒険者ギルドの訓練施設にリハビリと称して放り込まれたのだが、そこで指導教官として待ち受けていたのが彼女だったのである。

 それを聞いたときは耳を疑うしかなかった。

 冒険者としても最高峰の実力を持つ人物である。それ以上の力を持つ黒曜の魔女ルワンダに師事していたとはいえ、赤紐冒険者が一対一(マンツーマン)で受けていい待遇ではないだろう。

「あの、どうしてベルフラウ……さんが?」

「私の事は呼び捨てでいい。レギーナ先生に頼まれたからな、一週間だけお前の稽古(リハビリ)に付き合ってやる」

 どうやら彼女は天輪の癒し手に治癒術(ヒールスフィア)を学んだ一人らしい。そうなると、エイミーは妹弟子ということになるのだろうか。

 レギーナは気難しい性格のためあまり弟子を取りたがらないらしいが、何度考えても二人の共通点らしい部分は見つからなかった。

 彼女は訓練用の木剣を異様な速度で試し振りしつつ。

「それで、どうする? お前に合わせて普通、激ムズ、死の3パターンの特訓メニューを用意してみたが……」

「死って何!?」

 少なくとも簡単な訓練は用意してないらしいが、あっても選ばないのは承知の上だろう。そもそも普通すらまともな難易度ではないかもしれない。

 素振りに合わせて彼女の左の二の腕に巻き付いた黒紐が揺れる。

「そ、そういえば、黒紐になったんだね。おめでとう」

「単独でM8級の震魔を討伐したからな。これまでの実績を合わせて、昇格するに充分だと判断されたらしい。まったく、陛下も悪ふざけで大袈裟な叙勲式など開くものだから、こっちは大迷惑だ」

 パンパンパンパンと音速を超えた剣先が異様な音と衝撃波を発生させていた。表情からは不機嫌なのかどうなのか読み解けなかったが、感情が剣に出るタイプなのだろうか。

「あの震魔を一人で……怪我とかはしなかったの?」

「ああ、幸い君の残した左目の傷が死角になったからな。あれがなければ腕一本くらい持っていかれたかもしれない。その意味では、君に感謝すべきかもな」

 M8級の震魔は片目が潰されただけでどうこうできる存在ではない。純粋に彼女の実力が震魔を上回っていたのだろう。

 だが、とベルフラウは木剣の切っ先を突き付けながら付け加える。

「ジェイクが一緒だったとはいえ、強化前の震魔すら君の実力では荷が重かったはずだ。蛮勇を誇って身を滅ぼすような愚か者には見えなかったが……」

 呆れなのか落胆なのか、彼女は押し殺したような声で言葉を続けていた。並の冒険者ならそれだけで気圧されていただろう。

「自分を律せなければ己どころか守るべき者の命すら危険にさらす。冒険者に与えられた紐の重みを自覚しろ」

「紐の重み……か」

 自分の左の二の腕に巻き付けられた赤紐に手を添えながら、ルフェンは冒険者としての己を戒める。

 口では人々を守りたいと嘯いていたが、私情に駆られて我を忘れたのがあの結果なのだろう。そんな人間に冒険者としての資格はないのかもしれない。

 その様子を見て取ったのか。

「まあ、君はまだ若い。いくらでも変われる余地はあるだろう。今から君には私が教えられるすべてを叩き込む、ついてこられなくても手加減してやらんぞ」

 戦いの合図に応じてルフェンが木刀を構えると、ベルフラウは本物の殺気の込められた一撃を繰り出していた。とても訓練のそれとは思えないが、初撃は何とか躱しきれる。

「……え?」

 気付いた時には反対側から木剣を打ち込まれていた。一体何が起きたのか、剣先も手元も足運びすらもそれらしい兆候はなかったのに。

 訓練用の木剣には治癒術でダメージ無効化を付与されているが、痛みと衝撃は完全には防げず膝をつく。

「どうした? まだ序の口だぞ?」

「……ッ!」

 立ち上がり木刀を構えた瞬間、また先程の斬撃が叩き込まれていた。

 一撃目は問題なく避けられる。だが、どう目を凝らしても気配を探っても、二撃目を事前に察知することすらできない。

 ぐらつく身体を立て直し、三回目の攻撃に備える。

 一撃目を避けると同時に反対側への受け流しを試みるが、それを読んでいたのか無関係な方向から二撃目が叩き込まれていた。当然避けようとすることもできない。

「動きは悪くないが、経験が足りないな。露骨な殺意に惑わされ、本当の攻撃が見切れていない。一対一ならなんとかなるだろうが、複数の強敵に囲まれたら命取りだぞ」

「殺気に隠れて静かな攻撃を仕掛けてるのか……でも、どうやって察知すれば」

「君は感覚が鋭敏すぎるんだ。だから、大きな殺気にとらわれ過ぎて、隠れた小さな気配におろそかになってしまう。君の身体能力なら大きな攻撃は視なくても避けられるから、無駄に気を張らずに必要な情報だけを拾っていけばいい」

 要は落ち着いて無駄な動きを減らせばいいのだろう。簡単に言ってくれるが、経験を積まねば到達できない領域である。

 だが、ルフェンの目指す場所は遠すぎて、そこにばかり気を取られていたのも事実だった。

 再び木刀を構える。

 打ち込まれてきたのは先程までと違い殺気も何もない無音の一撃、辛うじて木刀で受け流すが、次なる一撃は反応が間に合わない。だが、察知するところまでは何とか可能だった。

「もう一度行くぞ」

 次に繰り出されたのは最初と同じ殺意だらけの攻撃である。一撃目は極力少ない動きで避けきり、続く見えない二撃目もどうにか切り払うことができた。

 が、当然それで終わるわけもなく、三撃目に繰り出された不意の攻撃に対処できない。

「おしいな、まだ気を張りすぎだ。もっと力を抜け、そうすれば三撃目にも対処できる」

 やってるつもりなのだが、それでも目の前の人物の足元にも及ばない。

 その後も殺気の込められた攻撃と気配を殺した攻撃を織り交ぜつつ連続攻撃を仕掛けるベルフラウに翻弄されながら、ルフェンの一日目の特訓は終了するのだった。

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