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信号機

 赤と黄と緑でペインティングされた店が出来た。その店はどうやら料理屋らしいが、普通の料理屋とは違うらしい。話によると、店員に注文をするタイミングを計らないといけない店だとか。

 私は友人である高橋にその話を聞いた。高橋は出来た頃に行ったらしい。私はしつこいくらいに誘われたが、拒み続けていた。

 「なぁ、坂本。今夜、行ってみないか?」

 久しぶりに高橋に誘われた。私は暇だったのと、気分がくさくさしていたので、行く事にした。

 途中、高橋に何度も店の規則について説明された。彼が言うに店に規則は貼っていないらしく、一歩間違えると大怪我、悪くは命を失うらしい。

 そんな馬鹿な事はないだろう。店に食べに行くのに、おまけにお金も払うのに、一歩間違えれば命を失うなんて…それにその店は繁盛しているようで、随分と人が来るようだ。危険な店だったら人は集まらないだろう。

 そうこうしている内に件の店に着いた。時間がずれていたせいか、スムーズに席に着いた。

 店には変わった物が置かれていた。机に椅子は普通の食べ物屋に置かれているのだが、一つ違うものが置かれていた。

 信号機だ。

 店の真ん中にドンッと一際目立った信号機がある。それは赤く光っていた。

 私は椅子に座り、注文しようとした。

 「お前、今は止めとけ」

 高橋に注意されて、私は店の規則を思い出した。

 店は信号機が緑に光っている時にしか注文出来ない規則だったんだった。黄色だったらヒッパタかれて、赤だと…

 いつの間にか、信号機は黄色になっていた。緑は過ぎ去っていた。また緑色になるまで待たないといけないのか?

 「注文、しといてやったぜ」

 高橋が私の分まで注文していてくれていたらしい。やっぱり常連。慣れている。初めての人は信号機ばかりに気を取られて、まともに会話なんて出来ないだろう。私は運ばれてきた料理を食べながらそう思った。

 そして時間は過ぎ、私達は食べ終わり、出ていった。


 高橋がいなくなった。一ヶ月程前から姿が見えなくなったらしい。彼は一体どこに行ったのだろうか。

 共通の知人の話によると、彼は例の信号機が置いてある店に入るのを目撃されて以来、姿が見えないのだとか。噂では高橋は信号機が赤の時に注文して、店員に殺されたのだとか…

 私は今、その店に来ている。行く前は興味すら持たなかったのだが、注文するタイミングを計らないといけないシステムに虜になってしまった。緑から黄に変わる手前で注文をする。タイミングがよければ何もないが、一歩間違えるとヒッパタかれる。その境界に素晴らしさを感じているのだ。

 だが、時々思う時がある。

 『もし、赤色の時に注文したらどうなるのだろう』

 噂では店員達による拷問に遭い、半死半生の目に遭わされるとか。

 実際、高橋もいなくなった。

 勿論、彼の失踪がこの店と関係あるという保証はない。

 目撃証言だけで断定する事は出来ない。

 だが、関係ないという証拠もない。

 目撃されているのだから。

 高橋は私以上に危険な境界を楽しんでいたのかもしれない。

 私が楽しんでいる緑色から黄色の境界に比べれば、黄色から赤色の境界なんて危険極まりない。

 私も、その危険な境界を楽しみたい。

 死ぬか死なないかのタイミング…

 自殺したいわけではないのに、刃物を手首に首元に当てる。

 飛び降りる気なんてないのに、飛び降り自殺で有名な崖っぷちを訪れる。

 電車に飛び込むのが恐い癖に、遮断されている踏切を乗り越える。

 死と生。

 生と死。

 軽くひっかけば見えてくる、薄い薄い境界線。

 境界線の間に立ちたい。

 もう、私は私の欲望を止められない。

 私は信号機が赤色に光っている時を狙って、手を挙げた。


 店員が全員、私の方を見た。ほかの客も全員、私を見た。

 店員が各々の武器を手に取った。一人、冷蔵庫から何か取り出して、私のテーブルの上に置いた。

 高橋の生首だった。

 やっぱり噂は正しかったのか。

 高橋も、私と同様に禁忌を侵したかったのか。そして禁忌を侵し、相応の罰を与えられたのか。

 店の禁忌を侵す私に与えられる罰は、一体何なのだろうか。


 私は店の奥にある小部屋に連れていかれた。抵抗はしなかった。逃げられないと分かっていたからか、そうなるのを望んでいたからなのか…自分のことなのに分からなかった。

 死ぬ気はないのに、大量の薬を酒で流し込む。

 首を吊るつもりではないのに、部屋にロープを括り首を通してみる。

 そのまま放っておいたら死ぬのが分かっているのに、ビニール袋を頭に被せる。

 私は誰か、自分とは違うものに、自分の命を握って欲しいのかもしれない。

 自分で死ぬのは恐いから。

 年を取って体が弱くなって死ぬのも嫌だから。

 病気で苦しみながら死ぬのも嫌だから。

 連れていかれた小部屋には、和洋折衷様々な拷問器具が置かれていた。エリザベート・バートリが使用していたとして有名な鉄の処女や鳥籠、死刑囚に苦痛を与えずに死なせるように医者が考えたというギロチン、名前は分からないがおしゃべりな女性につけられていたという面、釘が中に仕込まれている樽、採血用具、手術用具。斧や鉈やチェンソーに混じって日本刀も置かれていた。


 私はまず壁に取り付けてあった鎖付きの手錠に手首をかまされた。それだけでも自由に動けないのに足首には鉄球を付けられた。

 一体、彼らはどうする気なのだろうか。いや、私は心の底では分かっているではないか。彼らがする事、私に苦痛を、自ら死を望む程の苦痛を与えるのだ。

 私は彼らの一人に鞭を受けた。ビシッバシッという小気味のよい音が響く。そして私はその音に合わせるように、苦痛に満ちた表情を浮かべる。

 しばらくして、鞭の音が止んだ。だが、当たり前だが、これでは終わらない。次に私は手錠を外されて椅子に座らされた。勿論、ただの椅子ではない。座るところや背もたれに鋭くて細い針が備え付けられていた。全身に鋭い痛みが走る。

 次々と繰り返される拷問。畳針で爪と指の間の部分を刺された。手足を背中の所で括って吊し、ぐるぐると回す駿河責めも受けた。

 私は今や血だらけだ。体で無事な部分など、どこもない。高橋は一体、いつ殺してくれ、と志望したのだろうか。店員達も、私が死を望む事を期待しているのだろうか。

 だが、私は死ぬ事は望んでいない。まだまだ、この拷問が続く事を願っている。

 もっとたくさんの痛みを。

 私が生きているという証を。

 私が私であるという証を。

 私の想いに反し、彼らは飽きたようだ。私はギロチン台の上に寝かされた。上に鋭い刃が吊されている。幾人ものの血を吸ったのか、刃の一部は赤黒い色がこびりついていた。それを見て、ちきんと血を拭かないと、上手に人を殺せないのではないかと暢気に思った。これから命を奪われるのだが、不思議と恐怖は感じなかった。

 刃を支えている紐が切られ、刃が私の首に落ちてきた。私は死んだ。





 大学のキャンパス内を、私は歩いていた。近くに変わった店がある、と大学の友人に教えられ、これから行くところだ。

 「阪本、お待たせ」

 友人の高橋が、私の名を呼んだ。

 行く途中で、彼は口酸っぱくなるくらい店についての規則を話していた。それによると、彼の友人の坂本という人が命を奪われたらしい。

 馬鹿馬鹿しい。そんな話、嘘に決まっている。

 だが、坂本という学生が失踪しているのは確かだ。

 だからと言って、その店と結び付けるか?普通。

 私は苦笑して、その店へと足を踏み入れた。

 その店には、大きな信号機が置かれていた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  物凄い不思議な作品でした。面白かったです。  あと、誤字報告をば。  二頁目の上方。  拷問【危惧】→器具
[一言] 気色わるいことを冷静に書きつづってあるので、かえって余計に怖かったです。信号機とは意外性があっていいですね。ツツイさんを思い出しました。
2009/01/01 13:10 退会済み
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