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01 変革の砲火2

 駿河灘高校生徒が到着した翌日――グリニッジ標準時間で0900――開会式を執り行うために全4チームがスタジアムのフィールドに整列している。

 チームメンバーは教諭が運転するバスで移動した。早朝の内にに運ばれていたVAを先頭に、もしVAが倒れ込んでも巻き込まれないよう十分離れた位置にバスが停車、そしてその両脇に参加者が並ぶ。


 観客席にはコロニー居住者と来客が大勢詰めかけ、隙間なく埋め尽くされている。

 上空では世界各国の報道航空機が他の会場へ中継を行っている。他会場で中継されている物は、会場上空に投影されている空中スクリーンで視聴可能だ。


 参加チームは日本の学生チームである紫呉たち駿河灘高校。近隣コロニー在住学生が通う高校の多国籍チーム。有志が集まってできた一般参加チーム2つ。総勢100名弱の彼らは、スケジュール上既に開会式が始まっている時間であることに疑問を感じつつ、そわそわと落ち着きなく構えていた。


 VAパイロットは既に機体に搭乗しており、その1人である紫呉が怪訝そうに見詰めているのは周囲の参加VAのみをマップに表示しているレーダーだ。ETAPCは毎回自身らの操るVAでもって開会式に顔を出すため、既にレーダーに映っていなければ妙なことになる。


「近くまで来てるなら映るはずだけど……もっと遠くでトラブルがあったなら暫くはかかるかな」

『紫呉』


 と、ここでサザンカにカレンに搭乗する千花から通信が入る。その表情は妙ににやけていた。


「ん? どうしたの千花」

『4時方向最下段の観客席ズームしてみて』


 メインモニタの表示を頭部右側面カメラに同期させ、ピンチアウトしながら指の動きで画面を動かすと、数倍に拡大された映像が映し出された。


「え、まさか」


 ある人影を見るなり指を止めて、その人物の頭を短く2回タッチ。すると人の頭部を認識したカメラがそこを中心にズームインした。


「母さん!? 来るって言ってなかったのに。それに隣にいるのは千花の……」


 観客席で隣席の人物と女性同士楽しげに会話している彼女は紫呉の母親だ。その隣には千花の両親、更にその隣に千花によく似た少女、妹の蓮花が座っている。


『サプライズだって、見つけちゃったけれど』

「もう、安くないのに」

『ねえ紫呉』

「うん?」

『きっと、紫呉のお父さんも』

「ああ……」


 紫呉がパイロットを目指した切欠それは父の失踪だった。

 彼女が5歳の時、VAパイロットとして大会に出場した父親が帰路の途中忽然と姿を消す。そして紫呉は父が居た世界への興味や、手掛りの捜索という理由からシミュレータに小学校入学直後から通い詰めたのだ。そしていつしか彼女自身VAに魅了されていき、自らの意思でこの場に居る。

 千花の父親も当時同じチームに所属しており、その縁で共に幼少期から切磋琢磨を重ねてきていた。


「あんなにVAで戦うことが大好きだったんだから、どこかで見てるって思ってるよ」

『うん』

「それでさ、もし一人娘が優勝しちゃったら、我慢できなくなって飛び出てきちゃったり」

『うん、そうなってほしくてずっと頑張ってきたね』


 今度は紫呉と同じように画面の中の千花も回想に浸る。普通の少女が送りそうな日常を投げ捨てて歩んできた道筋を。


『2人で一緒に殆ど毎日学校が終わってすぐにシュミレータに通って』

「何度も父さんの試合を見直して」

『学校でも機体の相談ばっかりして』

「私は近接、千花は万能型に方向性が決まるころには2人揃ってオンライン上で有名になって」

『あっという間にVAの学校に入学しちゃって』

「そして今宇宙で本物に乗ってるなんて」


 決して容易い道ではなかった、それでも最後に聞いた父の言葉を基に、生存を信じている父に見てもらうために、父に再開するために10年を注ぎ込んだ少女の気持ちがここにある。


「千花の妹、蓮花にも自慢できるように闘わないとね」


 幼馴染の、親友の助けになろうと、自身もパイロットとして選手として鍛え続けた優しい女の子の思いもっここにある。


『うん、あの子も興味はあるみたいだし、目標にならないと』



≪ミサイルアラート≫



「えっ」


 突如としてVA全機のメインスクリーンに映し出された警告文と、レーダーに映った飛翔体、そして直後に響き渡る爆音が、それら全ての感慨を吹き飛ばしていった。

 地上に着弾こそしていないが、狙われた報道航空機は漏れなく大破し、砕け散った機体の破片が炎上しながら降り注ぐ。そしてその幾つかは観客席に落下した。


「まっ……て……何、これ」

『ッ! 父さん母さん、蓮花!』


 両親らが居る観客席が煙で覆われ、視界が通らなくなっていることに気が付いた千花がカレンを走らせ、それに追随した紫呉もサザンカを加速させる。

 直後通信が入った。


『ショートカット1番!』


 反射的に反応できたのは紫呉だけだった。

 コンディションモニタの隣にある縦長のモニタには、四角く囲まれた0から39迄の数字が並ぶ。この1番を押すことで現在の挙動をキャンセルし、地面を大きく蹴りつつ腰のスラスタが点火して後方にジャンプする。

 このモニタに表示された数字は何らかのモーションを記録したショートカットだ。これにより複雑な動作を即座に反映することができる。

 その直後、サザンカが踏み込もうとしていた地点に砲弾が着弾する。続いて即応できずに立ち尽くしていたり、防御姿勢を取った機体の脚部に次々と着弾して姿勢を崩していく。特に酷かったのはスラスターを吹かせた走行中に足首に被弾したカレンだ。大きく吹き飛ばされるように観客席下部の壁に突っ込み沈黙する形となった。


「千花!?」

『う……あっ……』

『失礼します』


 様子のおかしい千花に呼びかける紫呉の元へ、先程通信を入れた人物が割り込む。肩下まで伸ばした真直ぐで細い黒髪が光る、細目で穏やかそうな顔立ちの少女だ。彼女は神白雪菜(かみしろゆきな)という、VA複数機のチーム戦におけるオペレータとして在籍している1年生だ。


「雪菜嬢! 千花の様子が!」

『その呼び方はご遠慮下さい。それよりまず仙之さん動けますか? ……仙之さん?』

『――ッああ、悪いぼーっとしてた。故障したかもしれないからチェックしないとどうだか……』

『ではチェック終了次第、動けるのであれば戦闘体制をとり待機していてください。できなければ脱出し、バスの方へ合流を。後、田路先輩が会話に応じません、いざとなれば引き摺ってでも離脱支援をお願いします』


 了解と答えて一旦仙之の通信が途切れる。


「雪菜! 千花が気絶しているかもしれない、助けに行かないと!」

『お待ちください、慌てて動いてはまた攻撃を受ける可能性があります。まずはレーダーのチェックを』

「そ、そうか!」


 焦燥のあまり意識から外れていたレーダーに視線を移すと、先程までは存在しなかったVAの反応が会場外に2機、更にもう2機が会場に確認できる。しかし、スクリーンにはそれらしい機体が見当たらない。


「会場内外に2機ずつ不明なVA反応! でも会場内の奴が見えないっ!」

『落ち着いてください、コロニー外壁内部の可能性も――』


 その時だ、会場奥の地面が割れてエレベータでVAが2機昇ってきた。その左肩にはETAPCのエンブレムが描かれており、トラブルに見舞われた選手の内車両内に避難していない一部が歓喜の様相を示す。しかし。


「どうして!?」

『やはり!』


 紫呉から見て左側の機体が、右前腕部武装用スリットに装着した砲を、千花が突撃した場所とちょうど逆側観客席下部に撃ち込んだ。


「何で……実弾? VAはECが実弾駄目って……でも、あれ? あれはECの機体で」

『先程の攻撃は会場外からでした、ただ破壊したいだけであればこのような勿体ぶり方は無い筈です。恐らく主犯から何か要求があるかと』

「主犯って……ECじゃないよね、だって彼らは世界に夢をくれて、戦争にならないように軍にVAを渡さなくって」

『そう願いたいところですが――』


 威嚇の様な砲撃が続く中、空中スクリーンに壮年の男性が映し出される。


『――厳しそうですね』


 彼の背後ではニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン区、イースト川西に建つビルが崩壊していった。



「オイオイ、ありゃECの幹部じゃねーか」


 紫呉たちとは異なるチーム、一般参加枠の一つに所属するVAのコックピットで一人の男性が呟いた。彼は髪の毛一つない頭皮に脂汗を浮かべながらサングラスのずれを直し、自分の記憶と適合する人物が画面に映っていることを再確認する。


「実はテロ集団でしたなんてドッキリを100年かけて仕込んでましたァ! ……なんて言うジョークはやめてくれよ?」


 そうおどけて言いつつ、彼の眼は笑っていなかった。ロックオンこそしていないが完全手動照準で背中に装備したロングバレル砲がETAPCの機体を狙う。



『全世界の諸君、本日は我々の余興に付き合わせてしまい誠に申し訳ない』


 男は背後で起きているビルの崩壊や銃撃音に微塵も心を動かされる様子もなく、カメラに向かって話し始めた。


『私はEC上級幹部ヴィタラィゴと云う者だ』


 誰かが動こうと、避難しようとする度に牽制の砲撃が叩き込まれる。


『今全ての会場でテロリズムめいた襲撃が行われているだろう、それは我々の予定道理に行われた作戦行動だ』


 事態の収拾に乗り出したのかと考えていた人々が当惑の声を上げ始めた。


『安心してほしい、現時点で必要以上に殺害することはない』


 誰かが言う、インターネットが繋がらないと。コロニー同士、地球コロニー間通信も衛星通信も何もかも死んでいると。


『現時点を持って我々は海岸線を持つ全国家の沖に部隊を展開し、国連本部の破壊を完了した』


 新たな空中スクリーンが投影され、世界中の海が国籍不明舞台に覆われていることが明らかとなる。そして地球低軌道上に映像が移った。すると何処からか放たれた砲弾が断熱圧縮の空気摩擦で燃え尽きるサイズまで人工衛星を破壊していく。

 パニックが広がり、観客席も会場も人が何処かへ、何処とも判らぬ何処かへ逃げようと荒れだし、やはり砲撃が強制的に鎮めた。


『現状は理解していただけただろうか、各会場にいる各国国民は帰還することすら儘ならなくなった。その彼等を贄に世界各国に我々の要望を突き付けよう』


 スクリーンに箇条書きで示された要望は以下の通りだ。

・国際法遵守の禁止。

・戦闘員、非戦闘員という区分けの廃止及び全人員の戦闘参加自由化。

・全正規軍のシビリアン・コントロール廃止。

・人口を最低限維持できる限り個人間における殺害の推奨。

・降伏の禁止。

・思想背景等に関わらず、平和を主張する者たちへの弾圧及び虐殺の強制。

等という、誰一人として理解の追い付かない内容が並べたてられた。


『素直に従う等とは考えていない。我らが望む戦乱の世界を成就させんとするならば暴力で持って我らを打倒せ。従うのであればやはり我らの望む世界のため、暴力で世界を覆え! 人工島やコロニーに閉じ込めた彼らは諸国らに永遠の戦争を強要するための人質だ』


 個人ではどうにもならないことを自覚した者たちが徐々に無気力に呆け、静かになってゆく。


『だが同時に被検体でもある。君たちが生き延びることさえできれば何処かでその目的を耳にするだろう。そして君たちに求める事柄はただ一つ』


 想像豊かな人は数多の結末を想像しただろう。しかしその内容はただ一言。


『闘え』


 真っ直ぐな澄んだ瞳で、スポーツに全霊を注ぐ青年のように熱く心を込めた欲望が吐き出される。


『それぞれのエリアを支配する我らと戦い、生き延び、その果てに故国へ帰還するもよし、我らに迎合するもよし。ただ戦うことを辞めなければ、和平などという道を考えなければ我らの敵でも味方でも構わない』


 戦えと言われてもどうすればいいというのか。そのための武器は、手段は――


『そのためのVA、個人が個人の意思で個人の為だけに殺し合う武器』


 悲しくも其処にあった。


『軍のようにシステマチックに、利益や政治のために戦うのではなく、利己的に純粋に戦を楽しむためにこそそれは創られた』


 誰かが気付く、彼らはVAを正規軍に解放しなかった時に平和の為とは一度も言っていないと。VAの操縦と闘いを多くの人々に知ってほしいとは言ったが、平和的スポーツなどという文言はどこかの国が勝手に言い出しただけに過ぎないと。


『武器は其処にある、君たちがどう成長するか見ものだな……話が長くなった、ここで閉めるとしよう。詳しいルールは各島、コロニーに駐留するEC所属パイロットから聞いて欲しい。では諸君が戦争を、紛争を、殺し合いを愛する戦士となることを願っている』


 映像が終わり、スクリーンが消滅すると再び喧騒が巻き起こる。当然のように砲撃が黙らせようとし、それでも収まらぬからとミサイルが近隣に着弾して脅した。



 駿河灘高校バス車内にパイロット以外の生徒全員を収容し、教員が点呼を終えた。


 雪菜は運転席真後ろに搭載されたオペレート席で4機のVAが今のところ正常に稼働していることを確認し、ルールとやらの通告はまだかと待ち構えている。

 VAのチーム戦では貸与されたバス車内を指揮所として使用するため様々な装備があり、収容スペースも地球上の物と比較して最も大きいという。このオペレート装備に内蔵されている広域センサーのおかげでレーダー照射に気付き、紫呉への警告が間に合ったのだ。


「まだ空間に余裕はありますが観客の収容は……いえ目視できる限りの人数であれば全てのチームに分けることでギリギリ収容可能でしょうか?」

「か、神白さん! 全員無事ですけどどうしましょう!?」


 生徒である雪菜よりも遙かに慌てた様子で、眼鏡のずれすら気付かない小心者の担任教師に車内の多くの生徒が内心呆れながらも、その様を見せつけられたことである種落ち着くことができたと感謝した。


「今動くのは愚作でしょう。特に彼らの主張から考えるとここで逃亡すれば恐らく」

「おいあれ! 田路先輩の機体が!」


 雪菜の言葉に被せて生徒の誰かが叫ぶ。彼の指差す先ではレギュラーメンバー唯一の2年生が搭乗する機体が反転して会場出口に向かおうとしていた。



 やってられるか。

 彼の胸中は主にその言葉で占められている。

 自分は後輩3人程真剣ではない。自分は何となく楽しくてここまで来ただけ。ETAPCとの殺し合いなんてやったらチーム内で弱い部類の自分はすぐ死んでしまう。


「なら、ならさっさと隠れて」

『田路先輩! 田路先輩応答してください!』

「どうせあんなこと言っても、世界中の正規軍に勝てるわけないんだ」

『逃げたら彼らが何をするか』

「いつか誰かが助けてくれるに決まってッ!」


≪Lock on≫


「こんなところに居られ」



 まず会場外から10以上の閃光が機体に降り注いだ。

 次に衝撃で倒れ込んだ機体のスラスタ部を狙って計20発のミサイルが着弾する。

 爆発は内部装甲を貫き、パイロットの背後から破壊されたフレームがシートを突き破り、皮膚を裂き、肋骨の隙間を縫って肺を千切った。

 しかし彼はその痛みを自覚するまでもなく爆発に飲まれて短い生涯を閉じた。



『ウソだろ……』

『静止が間に合わなかった……こんな……』


 サザンカのコックピット内に青褪めた仙之と雪菜の表情が映る。2人も他のチームのパイロットたちもあまりの事態に動けずにいた。


「どうして……どうしてこんなことをッ!!」


 しかし、紫呉は頭に血が上っていた。

 シート左右にある両腕用操縦装置に、左腕は手先まで、右腕は肘だけを嵌め込む。

 VAの操縦方法は大きく分けて2つ、直接操縦と間接操縦だ。

 間接の場合ゲームのコントローラを使うように3つの操縦桿で操作する。シート正面つまりコンソール関連のキーボードが収まっている辺りに備え付けられた操縦桿、左右に1本ずつの操縦桿だ。この場合操縦難度は大きく下がり、操縦しながらの作業もしやすくなるが動きの拡張性が無くパターンを読まれやすくなる。ショートカットに登録した行動でカバーするにも限界があることから上位パイロットはなるべく使用しない。

 対して直接操縦はまず両腕を無数のセンサで構成された隙間だらけで雑な格子のようなCの字をした機械に通す。その先には全ての指に対応したセンサ群の手袋がある。これらが腕の動きを読み取り機体に反映させるのだ。コックピット内は狭く、すぐに稼働範囲限界になるが、そのまま動きを入力していれば機体の方に問題なく反映される。

 指先には手袋から引き抜いてすぐ押せる位置にスイッチが4つあり、直接手で握っていない兵装の使用に対応している。

 紫呉はこれに右腕を完全には嵌めないことでコンソールを操作しつつ、即座に動作できるようにした。そもそもサザンカが右腕に装備している物は細かく照準するものでも、複雑に振り回すものでもないため問題は何もない。

 足も同様に類似する装置があるが腕程の自由度は無い。殆ど進行方向の決定にばかり使用される。


 紫呉が着々と戦闘態勢を整える中、VAの外部マイクによって拡大されたETAPCパイロットの声が会場内に響き始めた。


『ルール説明の前に、無粋にも戦闘が始まる前に逃亡した者が居たため処理させていただきました。お騒がせして申し訳ありません』


 狂気を齎した物とは思えないほど澄んで、穏やかな低い声だ。


『これより貴方方には各拠点に撤退していただき、防衛を行っていただきます。拠点内部にはVAのパーツや弾薬が豊富に保管されています。他に食料や医薬品など、試算では半年我々と戦えるだけの物資があります』


 軍事施設のようなデザインではなく、あれは軍事施設そのものだという。


『我々は定期的に拠点へ進撃し、戦闘を強要します。その中で生き延びてください。無論殺し過ぎてしまわぬよう手加減はしますが、戦闘の意思が無いとみなされた拠点は全力で持って皆殺しにして差し上げます』


 戦闘の否定は許さない。容赦なく爆撃された彼のようになりたくなければ闘えと言外に語る。


『肝心の、貴方方が解放される手段ですが……これより我々はコロニー内壁極地方向、つまり軸と内壁の隣接点付近に陣を敷きます。これを突破し、宇宙港にある船を奪取できれば一先ずここから脱出することができるでしょう。その先は自力で何とかしてもらうとして、まずは我らに打ち勝って見せなさい』


 誰かが叫んだ「ふざけるな」と。


『ああ、最後に2つ。我々が戦闘を仕掛けるのは早くとも3日後ですので、それまでに環境を整えてください。そして用意されている弾薬は全て実弾です。それでは皆さん――』

「どうしてこんなことをしたァ!」


 スラスタを急速点火し、高速で突っ込んだサザンカが佇む2機に対して左手に握った速射ライフルを放つ。

 声を発していた機体は即座にバックジャンプで回避し、代わりに登場するなり射撃した方の機体が前に出て左腕に装備した質量ブレードで防いだ。


『ほう、確か唯一開幕の攻撃を避けた。よろしい、エキシビションマッチと行きましょう』


 命令を受けたETAPCの機体が積極的攻勢に出ようとする。しかし、サザンカの右腕が突き出され、敵機の視界にその装備が映し出されたとたん大慌てでブレードの軌道を修正し、右腕の延長線上に差し込む。

 右腕が伸ばされると同時に指先のスイッチを押し込むと、前腕側面に固定された機構から鋭い金属の杭が発射される。すると金属音を撒き散らし、お互いの攻撃を相殺した質量ブレードとパイルバンカーが反動で離された。


「くそっ……防がれた」

『紫呉さんいったい何を!?』

『おい紫呉! 危険だ戻ってこい!』


 当然雪菜と仙之から正気を疑うような声が届く。しかしただ腹が立ってぶつかりに行ったわけではないのだ。

 右に旋回しながら位置を調整し、次発を狙う。


「分かってる、だからこそ今の内に千花と可能な限り観客の回収をお願い!」

『――仙之さん行けますか?』

『ああ、こいつらが素直に全員拠点に移動させてくれる保証はないよな』


 そう言って転倒したカレンの元へと近づこうとする仙之だが、後退して見物に興じていたVAによる牽制を受けて足止めされる。すると再び先程の声が機体から放たれた。


『今は記念すべきエキシビションマッチです、無粋な真似をすれば彼のようになりますよ』

『チッ』


 一瞬だけ会場外からのレーダー照射が降り注いだことで仙之は沈黙する。


『仕方がありません、仙之さんはそのまま戦闘体勢で待機。紫呉さん、私はこれから観客の収容に向けて先生と共に動くためオペレートが不可能となります。無理は、為さらぬ様』

「了解!」



「なんつう武装だ、世界大会レベルでそれ使う奴なんざ10年前に1人見たきりだぞ!」


 紫呉と交戦中の敵機を操る男は、パイルバンカーというロマン武器をいなして愚痴る。直撃すれば模擬装備でもパイロットを昏倒させかねない、実弾の今は一撃で装甲を全てぶち抜いて尚威力が余る異常な威力だ。その代り5発以上の装弾数を持つパイルは存在せず、異常に当てにくい特異な装備だ。


 もう一度突き込まれたパイルを躱し、一瞬油断したところでサザンカが背面武装スロットに装備した小口径速射砲が火を噴き頭部メインカメラを破砕する。


「うげっ、しくじった」


 ノイズ塗れになり正面が捕捉できなくなった以上少しでも牽制して距離を離さなければ今度こそパイルを当てられると、喰らったら終わりだからと右腕の滑空砲を乱射した。



「そんな盲撃ちで!」


 ショートカットからしゃがみ込む動きと右に機体を倒しながらステップを踏む動きを連続で呼び出し全弾回避する。


 苧環紫呉という少女は非常に長い時間シミュレータでVAを扱ってきた。得意距離は近距離、だからこそ今の雑な砲撃を防御ではなく反射的に回避という形で攻略してしまった。

 シミュレータの経験しかないからこそ、躱した後その弾がどこへ向かうかを考えていなかったのだ。



「いっ……たぁ……」


 カレンのコックピットの中、気を失っていた千花が目を覚ます。直前、何を求めていたのかをスクリーンに映る観客席から思い出す。

 カレンの真上、何とか頭頂部にあるカメラで見える限りは、負傷したのか彼女の父親が蹲り、母親と妹の蓮花、それに紫呉の母が手当てをしている。


「そうだ、皆、今助け」


 そして砲弾が観客席を抉り、カレンのコックピット直下である腰部を砕いた。



『カレンに有効弾! 至近の観客席に2発直撃!』

「はっ?」


 大破したカレンと崩壊しかけた観客席が後部カメラによって映し出される。


「な……がれ弾? そんな」


 その混乱に対し止めを刺すように赤い物、肌色をした物、様々な色合いの衣服が断片となって降り注ぐ。

 命中精度を犠牲に威力を増した滑空砲はその衝撃で戦闘中の空間まで死骸を運んだ。その1つがサザンカに辿り着き、鈍い音を立てて首の近くに落下する。


「はっはっ」

――何だこれは――


 ゴロリとそれが向きを変え頭部カメラと()()合う。


「あっやっ」

――首だ、生首――


「嘘だ」

――誰の首だ――

――ダレノクビダ――


 後部カメラの映像を拡大すると、血を流す紫呉の母。吹き飛ばされて転がった千花の妹蓮花。血塗れになった千花の母。そしてもう1人、見つけたその体は身長が足りない。


「おじ……さん?」

――いつも心配してくれた親友の父だ――

――私が躱さなければ死ななかった――


 首元は乱暴に千切れ、食道や脊椎が赤く染まりながら露出し、脳に溜めこまれていた血液を吐き出し続ける。目玉は片方が潰れ、片方は無残に糸を引きながら飛び出した。


「嘘だァァァァァァァァァ!!!」


 もはや知る人にしか判らないほどに砕かれた死相と眼を合わせ、少女の初戦は幕を閉じたのであった。

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