一五五一 魔王が生まれた日 (〇〇一)
~~~尾張 那古野城~~~
「今日は父・信秀の葬儀に集まってくれたことを、まずは感謝いたす。
だが悲しみに暮れてばかりもいられない。
今こそ我々は後継ぎである兄の信長をもり立て、一致団結する時だ」
「失礼ながら……その信長殿は今どちらにおられるのかな」
「兄は宗家へと連絡に行っておられる」
「ほう。父の葬儀を放ってか?」
「このような時こそ宗家との関係を密にすべきと考えたのだろう」
「フン、どうせ鷹狩りに夢中で忘れたのだろう。
なあ丹羽よ」
「さて……?」
「いずれにしろ信行殿がおられれば問題あるまい。
兄君よりもよほど頼りになられる」
「まったくだ!」
「ああ、まったくだ。だから安心して家を空けられる」
「こ、これは信長殿……。
宗家への御用事は済まされたのですかな?」
「なんのことだ?
俺は村の相撲大会へ出ていただけだ。勝ったぞ」
「ち、父の葬儀を放って相撲大会だと……?」
「村人たちとは親父が死ぬ前に約束したからな。
だが親父が死んで悲しいのか、あまり盛り上がらなかった」
「……そりゃそうだ」
(せっかく上手くごまかしてやったというのに、この男は……)
「ま、まあせっかく来られたのだ。
まずは上座へ参られよ」
「いや、この後は隣村の水泳大会に出る。
焼香だけして帰るとしよう」
「……水泳大会も盛り上がらないでしょうな」
「そうか? やはり父の影響力は大きいのだな」
(息子が親父の葬儀を放って来てるから、
村人もドン引きしてるだけだろうが……)
「と、とにかく兄上に会えて父も喜んでいるだろう」
「異なことを言う。死体は喜ばんぞ。
それに私は昨日も親父の臨終に立ち会ったばかりではないか」
「は、早く焼香を済まされよ!」
「大声を出さなくても聞こえる」
(なんという男だ。
常日頃からおかしいとは思っていたが、ここまでとは思わなんだ。
かくなる上は一刻も早く……んん?
抹香を握ったまま何を呆けているのだ?)
「………………」
「あ、兄上……?」
「ッ」
「し、焼香を位牌に投げつけた……!?」
「邪魔したな。後は頼んだぞ信行」
「 」
(な、なんという……。
こんなうつけに従っていては身の、いいや織田家の破滅だ!)
「………………」
~~~尾張 那古野城下~~~
「丹羽か。どうした。私を待っていたのか」
「水泳大会は勝てたか?」
「無論だ。だが佐久間の言った通り盛り上がらなかった」
「だろうな。まずはこの手ぬぐいで頭だけでも拭け」
「ああ。で、何用だ」
「なぜあんなことをしたんだ?」
「あんなこととはなんだ。どのことかわからん」
「焼香のことだ」
「ああ、あれか。
簡単なことだ。作法を忘れた」
「忘れたとしても、焼香を投げつけるのは違うとわかるだろう?」
「細々した間違いをするくらいなら、派手な間違いをしようと考えた。
その方が派手好きだった親父も喜ぶ」
「親父殿は細々した間違いの方がうれしかっただろうな」
「その可能性は否定できない」
「……なあ織田。お前の唯一の弱点はそういうところだと思うぞ」
「どういうところだ。はっきり言わねばわからん」
「だからそういうところだ。
つまり……その、なんというか、お前は空気が読めない」
「そうらしいな」
「自覚があるだけマシか。まあいい。
また何かあれば、私が必ず苦言を呈そう」
「助かる」
「だが、これから面倒になるだろうな。
林や柴田が黙ってはいまい」
「なぜだ?」
「……わかった。ゆっくり説明しよう。
やれやれ、今日は帰りが遅くなりそうだ……」