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夢の異世界生活、始めました。  作者: 矢代大介
第2章 仲間たちとの出会い
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第8話 魔力と魔法と適性検査


「……ん、君はもしかして、さっきの冒険者くんかい?」


 試験ではあるが初めてのクエストを滞りなく終了し、意気揚々とグレセーラへ帰り着いた俺にむけ、不意に聞き覚えのある声が届く。そちらを向いた俺の視界に入ってきた人物は、まぎれもなく先ほど迷っていた俺をギルドの建物まで案内してくれた、くせ毛の金髪衛兵さんその人だった。いきなりの再会に面食らっていると、門番を務めていたらしい彼が、嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


「試験クエストに行ってたのかい? お疲れさま。このあたりの平原は広いから、歩くのも疲れただろう」


 ディーンさん邸からの道すがらで、俺は彼とそこそこに親しくなっていた。その途中で彼に色々と話していたため、彼は俺が今日試験クエストに臨んでいることも知っているのである。


「ええ、雑食イノシシと戦ってました。やっぱり、聞くのとやるのじゃ全然勝手が違いますね」

「まぁ、野生動物の相手は、訓練で戦う人相手とはわけが違うからね。……それでどうだったか、って言うのは聞くまでもないか」


 衛兵さんのはにかみに頷きを返し、俺は懐にしまっておいた雑食イノシシの牙を、誇らしげに取り出して見せた。艶やかな白が、傾き始めた陽光を反射して鈍く輝いている。

 自分で言うのもなんだが、この牙はなかなかどうして立派なものだ。最初に見た時も、遠くからはっきり輪郭を捉えられるほどの大きな体躯だったので、もしかすると案外年を重ねたイノシシだったのかもしれない。

 その感想は衛兵さんも同じだったようで、小さく唸ってからしげしげと俺の持つ牙を眺めていた。


「……ほう、これはすごいね。ここまで大きな雑食イノシシ、そうそうお目にかかれるものじゃあないはずだよ。倒すのも骨が折れたろう、お疲れ様」


 ひとしきり牙を眺めた後、衛兵さんはイケメンスマイルを添えた労いをかけてくれる。淀みない爽やかな笑みに、照れくささを覚えながらも軽く会釈。正式に冒険者となっていない物に渡される、身分証明書代わりの剥ぎ取りナイフを見せてから、門を潜り抜けようとしたところで、俺は件の衛兵さんに引き留められた。


「あ、ちょっとまった。君、まだグレセーラに慣れてないだろう? だったら、またぼくが案内してあげるよ」

「え、良いんですか?」


 彼の言った通り、とてもじゃないがグレセーラは一日で慣れられるような街ではない。申し出はありがたいのだが、流石に仕事の邪魔をするのははばかられた。

 なので、その意味を込めて「良いんですか」と問うたのだが、衛兵さんは兵舎に入って人を呼び、笑みを交わして門番を任せると、するりと門を抜けて俺の横に立ってくれた。


「自慢じゃないけど、こう見えて衛兵の中ではそこそこ顔が効くほうでね。さ、行こうか」


 そう言って再びはにかむと、衛兵さんはさっさと歩き始めてしまった。

 はたしてこれほどフットワークが軽くていいのだろうか、と考えたが、俺としても一度見たコトのある顔に案内してもらえるのは、割合安心感が大きい。

 今回くらいは厚意に甘えるのもいいだろう、と肩をすくめ、俺は衛兵さんの背中を小走りで追いかけ始めた。


***



「……はい、確認完了です。試験達成、おめでとうございます!」


 にこやかな営業スマイルを浮かべる受付の人から差し出された紙――二枚重ねになっている、転写式のシートを受け取る。

 試験前に一通り聞かされた説明によれば、ギルドでは試験をクリアして、正式に冒険者として登録を認可されたものにのみ、個人情報の開示を要求しているのだそうだ。いくつかの項目に分かれた記入シートに向き直って、俺は鉛筆を走らせる。

 そういえば自然に受け止めすぎて忘れていただが、このエルフラムにおける公用語は、どうも日本語らしい。

 ディーンさんやシリウスさん、先ほど案内してくれた衛兵さん――ちなみに、名前はニコルというらしい。衛兵さんで通していたが、個人名も知っていることだし、名前で呼ぶ方が良いのだろうか――は日本語で会話しているし、何より今、俺の目の前においてあるシートの文字は、まぎれもなく日本語で表記されているのだ。

 どうして日本語になっているのか、というのは分からないが、多分神様がこれを言語に定めただとか、大昔にやってきた日本人が広めただとか、そう言う理由があるんだろう。あんまり考えても意味はないため、深く追及はせず、俺はさらさらと項目を埋めていった。

 名前、年齢、性別、現在の職業、出身地――出身に関しては、自分の生まれた地がわからない迷い人や、流浪の旅を続ける民の出ゆえ、そもそも出身地が存在しないような人間もちらほらと紛れることがあるため、「わからない」で通せばいいとディーンさんが言っていた――と、特段変わったもののない項目を埋めていく中で、俺は最後の項目ではたと手を止める。


「……あの、すみません。「魔法適性」って何ですか?」


 他の項目に関してはなんてことない物ばかりだったが、ここにきて聞きなれない単語が俺の目に映ったのだ。脳内のオタ知識には似たようなものがあったのだが、創作物のそれと現実のものが同じだとは限らないので、推論だけで考えるのはやめておく。

 確認のために聞いてみると、受付の人は少しだけ小首をかしげてから、すぐに笑みを取り戻して説明を始めてくれる。


「魔法適性、というのは、簡単に言えば「自分がどの属性の魔法を扱えるか」というのを指すものです。現存する8つの属性のうち、どれが扱えるのかというのを記入するのがその項目です。……少々お待ちください、適性を見るための道具を持って参りますね」


 ゆったりと、聞きやすい速さの声で説明してくれた受付の人が、何かを思いついたような表情になったかと思うと、足早にカウンターの奥へと引っ込んでしまった。それを見送った俺はふと、変な目で見られたんじゃなかろうかという考えに思い至る。

 項目にあるということは、すなわち魔力適性という物は、この世界の個人情報として認知されるくらい、なじみ深いものなのだろう。それをわざわざ聞くなんてことをするのは、よほどの田舎からやってきた世間知らず以外にありえないのかもしれない。

 やってしまった、と思ったが、そもそも俺が魔力適性のことを理解していても、ペンを動かす手はここで止まっていたことだろう。

 ……そもそも、俺は自分が持っている魔力適性なんて知らないんだから。




「お待たせしました」


 数分ほどすると、受付さんが何やら、円錐状の台座にはめ込まれた水晶玉らしき物体を抱えて戻ってきた。重厚な音を立ててカウンターに置かれるそれを指して、受付さんが説明を再開する。


「こちらが、お客様の持つ魔力適性を調べるための道具です。水晶玉に両手を当てると、お客様の有している魔力に反応して、水晶玉が属性に対応した色に発光します。また、体内に保有できる魔力の多さによって、水晶玉の輝きが強くなる仕組みです。……どの属性をお持ちになっているのかは私が判断いたしますので、どうぞ触れてみてください」


 受付さんの笑みに促されるまま、俺は両の手をそっと持ち上げて、水晶玉を包み込むように手のひらをかざした。

 全く個人的な願望ではあるが、俺としては何か一つだけでも良いので、魔力に対する適性があってほしいと考えている。人間誰しも、自分の知らない力の存在を知ったとなれば、ぜひともそれを手にしてみたいと欲をかいてしまうものだ。

 俺とて人、ましてそう言った類の話にとても弱い男の子である以上、そう考えてしまうのはある意味必然……なのかもしれない。

 そう考えつつ、水晶玉が発光するのを待っていたのだが――。




「……光らないです」

「光りませんね」


 気持ち強く手を押し付けても、鷲掴みにするように水晶玉を握っても、いくら待っても水晶玉はそこに置かれたときのまま、静かに沈黙していた。


「えっと、この場合はどういう扱いなんですか?」


 建物内の喧騒から切り離されたような沈黙がなんとも痛々しく感じて、いたたまれなくなった俺は受付さんに聞いてみる。が、受付さんは顎に手を当てて眉を顰めたまま、しばらく何かを考え込んでいるようだった。


「……少々お待ちください。この魔力測定器が壊れているのかもしれませんので、新しいものを持ってきます」


 そのまま、俺が触れていた水晶を持って再び引っ込んでいった受付さんは、しばらくすると台座の色が違う2号機を持って来る。


「お待たせしました。こちらでもう一度、測定をお願いします」

「は、はい」


 促されるまま、俺は2度目の測定に挑むが、結果は変わらず。俺の触れる水晶玉は、待てど暮らせど一片の輝きを湛えることもなかった。


「……やっぱり、異常ですか?」

「異常……と言うには少し遠いかもしれませんが、珍しい例なのは間違いありませんね」


 そう言った受付さんは、神妙げな表情を崩さないまま、丁寧に説明してくれる。


「本来、この魔力測定器に誰かが触れれば、光の量や色に個人差はあれど、大なり小なりの光を放つはずなのです」


 説明を続ける受付さんが水晶玉に手を触れると、水晶玉の中が淡く煌めいて、内部でぽうっと緑色の燐光が生まれた。


「私を例にすれば、魔力の属性は「風」。魔力量はさほど多くない、といった具合です。……ですが、お客様が触れても、測定器は反応しませんでした」

「つまり?」

「残念ながら、お客様には魔力が全くない、あるいは魔法も発動できない程度の、ごく少量の魔力しか存在しない、と言うことになります」


 受付さんが下したのは、まさかの魔力無し、という無情なもの。憧れていた魔法を使うのは絶望的、という事実を突きつけられて、軽い絶望が俺にのしかかる。

 異世界ものの創作物は飽きるほど読んだ覚えがあるが、基本的にどの主人公にも魔力があって、彼らの使う魔法は異世界ものの華として、俺を含めた読者たちに夢を与えていた。それが、俺にはないのである。絶望……は言い過ぎたとしても、ショックを受けずしてどうしようか。


「あ、あの……私が言えたことじゃないですけど、気を落とさないでください。魔法に才が無くても、活躍している冒険者の方はいっぱいいますから」


 俺の様子を見ていたらしい受付さんが、どこか気後れしたような表情でそう言ってくれる。どうやら気を使わせてしまったらしい。


「あ……すみません。それでえっと、どう書けば?」

「はい。それでは該当の欄には「なし」と書いてください。「無」と書くと無属性魔法持ちと間違われてしまうので、気を付けてくださいね」


 わかりました、と返事してシートに向かい合おうとするが、受付さんの話してくれたキーワードが引っかかって再び顔を上げる。


「無属性魔法?」

「あぁ、ご存じありませんか。……えぇと、魔法の属性には炎、水、土、風、氷、雷、光、闇の8属性のほかに、もう一つ「無属性魔法」という物があります。地域とか人によっては「固有魔法」とも呼ばれますね」

「無属性魔法って、他の8つとどう違うんですか?」

「どう、と一概には言えないのですが、簡単に言えば「個人によって全く違う力を持つ」という特性を持っています。ある人が身体能力を強化する力をもっていれば、別の人は触れずに物を動かす力を持っていたりしますね」


 なるほど、要するに無属性魔法は個人専用の特殊能力。別名の通り、まさしく固有の魔法なのだろう。


「ただし、無属性魔法は発現する人としない人があって、発現する確率はかなり低いそうです。なので、無属性魔法を持っている人はそれなりに貴重だそうですよ」


 直後、もしかしたらと湧いてきた若干の希望は、すぐさま叩き潰されることになった。まぁそもそも、無属性魔法のことを聞いたのはただの成り行きであって、別に期待はしていない。

 なるほど、と相槌を返しながら、俺は受付さんに促されるまま、残っていた項目を埋めてシートを提出した。

 一礼を返した受付さんんは、そのまま流れるような動作で、適性調査のそれとは別の道具――箱状物体の一面に、現代で言う紙幣を入れるものと、その下に何かを取り出すための口が着いた、用途不明の不思議な道具を取り出して、転写式だったシートの上一枚をぴりっと取り外す。丁寧に小さく折りたたまれたそれを、受付さんは取り出した道具の上半分、紙幣を投入するような場所へとするりと差し込んだ。

 すると、シートを飲み込んだ箱型道具にはめ込まれていた宝石のようなものが、ぽわりと淡い銀色に発光する。しばらく穏やかな光を湛えていたそれが静かに輝きを消すと、投入口の下にあった口の部分に、カランという音を立てて小さな何かが落下してきた。

 受付さんに差し出されて受け取ったそれは、俺の名前と基本プロフィールが書かれ、青銅色に染められた、小さなドッグタグらしきプレートだった。


「そちらが、ギルドの人間であることを証明するための、身分証明書となっております。カードの色は、お客様が現在どの程度の実力を持った冒険者かを大まかに示すものとなっており、低い方から順番に、青銅、銅、銀、金、白金、青、紫、黒で区別される仕組みです。プレートの色によって受けられる依頼が増えるようになっておりますが、活躍、活動の程度によっては、一部の危険な依頼や重要な依頼は、受注をお控えいただくことになっております」


 要約すれば、俺の手に収まる小さなプレートの色は、初心者を守るためのランク精度らしい。

 人材という物は、得てして人の手によって手間暇かけて育てなければ行けない貴重なものだ。だからこそ、その貴重な戦力であり、人の命であるそれを無駄に散らさないようにと、こういった制度が導入されたのだろう。


「それと今後、害獣討伐を行って討伐証明部位を持ってきていただいた際には、隣の換金カウンターに持って行ってください。常駐クエストをこなしていただいたとみなし、証明部位を直接換金することで報酬とさせていただきます。……さて、これで試験と本登録は終了となります。お疲れ様でした!」


 ともあれ、色々ありはしたが、俺が冒険者として活動するに事足りる実力を有していることは、無事に証明されたようだ。そのことにほっと安堵しながら、俺は礼を返して、牙の換金を行うために隣のカウンターへと向かうのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

作者の中でのイメージを確立させるために、主人公エイジ君のイラストと、のちのお話で登場するヒロイン達をイラストに描き起こしてみました。

拙いイラストではありますが、描写補完の一助となればと思いますので、ぜひ見にいらしてくださいませ〜。

https://twitter.com/daisuke_yashiro/status/919566631663050753

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