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夢の異世界生活、始めました。  作者: 矢代大介
第2章 仲間たちとの出会い
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第7話 初めてのクエスト


「ほら、ここだよ。また迷っちゃったら、近くの衛士に言ってくれれば案内してくれるからね」

「ご迷惑をおかけしました……」


 ディーンさんと別れ、冒険者ギルドへと歩を進め始めてから、おおよそ三十分ほど後。俺は現在、冒険者に依頼を斡旋するための施設である、冒険者用のギルドへとやってきていた。

 開口一番、頭を下げて謝罪する俺に、目の前の騎士装の男性――グレセーラの治安を守る、くせ毛の目立つ濃い目の金髪と涼やかな碧眼の衛兵さんは、気にしないでとはにかんで見せる。


「グレセーラの市街地は、広めの裏路地なんかが多くて、慣れている人間でもたまに迷っちゃうことで有名だからね。君みたいに始めてこの街に来た人が迷って困り果てる、なんてこと、珍しくないんだ」


 苦笑交じりにそう言う衛兵さんに、俺もまた苦笑を返して答えた。

 そう、俺は衛兵さんの言った「珍しくない」例に漏れず、グレセーラの入り組んで見分けのつきにくい路地に迷い込み、困り果てていたのである。偶然通りかかった彼がいなければ、今頃の俺は何処とも知らない場所に出て、そこからまた困ることになるのは自明の理だった。

 もっとも、先の衛兵さんの言い分通り、迷い人はグレセーラの名物とも呼べる現象らしいので、そう言う人を見つけるためにも、彼や他の衛兵さんはよく裏路地や迷い込みそうな場所をチェックして回っているらしい。そう言う意味では、俺が案内してもらっているのも、ある意味当然のことだったのかもしれない――なんてことを考えつつ、俺は改めて衛兵さんにお礼を述べる。


「本当に、ありがとうございました。何かお礼できたらいいんですけど……」

「これがぼくの仕事だからね、その気持ちだけもらっておくよ。それじゃ、また何かあったら遠慮なく言ってね」


 そう言いながら、碧眼を優しく細めた衛兵さんは、まるで一陣の風のように颯爽とどこかへ歩いて行ってしまった。

 ……正直なところ、お礼だけは何としてもしたかったところなのだが、あの分だと押し付けても受け取ってはくれないだろう。

 自分を納得させてやり場のない感謝を胸の中に押しとどめた後、俺は目的であるギルドへの加入を済ませるため、ギルドの建物へと踏み入った。


***


 事前にディーンさんから聞かされた話によれば、ギルドではまず、冒険者として登用するにふさわしいかを判断するため、試験用に用意された指定の依頼をこなす必要があるのだそうだ。

 指定の依頼、と言っても内容は非常に多岐に渡り、簡単なものなら街の人々の手伝いから、難しいものは初心者には少々戦いにくい厄介な野生動物など、様々なクエストの中から、訪ねてきた初心者を見た職員さんが、独断と偏見で決定するのだという。

 もっとも俺は、格下の存在であるとはいえ、通常の生き物よりも数段厄介な魔物であるイビルドールを相手取って戦える腕と、俺の物腰の丁寧さがあるならば何も心配しなくていい、という太鼓判をディーンさんから頂いていた。なので俺は、特段何か気負うようなそぶりは見せずに、職員さんから説明を受けつつ、渡された依頼内容の書かれた紙片を眺めていた。


「というわけで、エイジ様への試験クエストは、グレセーラ郊外にて頻繁に出没する害獣「雑食イノシシ」の討伐になります。討伐証明部位であるイノシシの牙を持ってきていただければ、その時点でクエスト完了とみなし、ギルドへの本登録を認めるものとします。ここまではよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。……あ、良ければそいつの特徴とか、教えて貰ってもいいでしょうか?」


 受付の職員さんから聞かされた内容に了承を返してから、俺は改めて気になっていたこと――つまり、雑食イノシシという生物が、俺の知っているイノシシと同じなのかを確かめる。

 俺の住んでいた世界と根本的に構造が違う世界出る以上、同じ名前でも全く違う生き物のことを指していたとしても、なんらおかしくはないからだ。


***


 結論から言ってしまえば、説明と見せてもらった生物図鑑の限りでは、基本的に俺がっているイノシシと大差ないものだった。違うのは、雑食である故かいろんな色が混じったような黒い体毛と、毛並みとは対照的な純白色をした、反り返る巨大な二本の牙が特徴だということぐらいか。

 頂いた情報と、雑食――つまり人肉だろうが食べてしまう、その性質故の凶暴さから推測するに、その巨大な牙でタックルを食らった日には、痛いとか怪我とか、そんな生易しレベルではとても済まないだろう。よくて骨折、最悪ショック死くらいを覚悟しておいた方が良いかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は約一時間ほどかけて――いちどまた迷いかけて、衛兵さんに案内してもらった三十分が加算されているのは言わない約束だ――、目撃情報が多く寄せられているという、グレセーラ郊外の平原へとやってきていた。


「……やっぱり、広いなぁ」


 郊外の草原にやってきて、まず最初に口をついて出た感想が、その広大さに関して。現代の日本ではそうそう見られないばかりか、これほど一面が青々とした草花に覆われた平原は、外国であろうとお目にかかれる機会は少ないだろう。そう思えるほどにだだっ広い草原には、まばらに砦や街道が見て取れる程度で、人工物や障害物の類は、ほぼ存在しないと言っていいくらいに見受けられなかった。他に見えるものと言えば――。


「――あいつか」


 全方位緑の平原ではよく目立つ、17歳にしては平均を下回る身長である俺より少し小さい、黒と白の体色が特徴的な丸っこい体躯。ギルドで見せてもらった生物図鑑と違わないその見た目こそ、間違いなく俺が捜していた「雑食イノシシ」だろう。

 どうやら、今だ俺の存在には気づいてないらしく、せわしなく鼻を動かしては、土の中にあるのだろうエサを探していた。逃がさないようにしっかりとそいつを視界に納めながら、俺はゆっくりとにじり寄り、距離を詰めていく。

 さっそく剣を抜いて討伐に踏み切りたいところではあるが、なにぶん俺が相手取ったターゲットと言えば、縄張りを冒さない限りは大人しいオオカミだとか、徒党を組んで襲ってくるが、それでも武装していれば大した脅威ではない、小鬼の様な生き物――ゴブリンだけ。しかも、そいつらとの戦闘には常にディーンさんお付きの兵士さんたちが同伴してくれていたので、イビルドールとの戦いを除けば、単独での戦闘は実質初めてなのである。

 ソロでの戦闘における初陣は、ぜひとも勝利を飾りたい。そう以前から考えていたので、その点も踏まえてここは慎重に行くことを選択した。

 それに、この世界のイノシシ族は、見かけによらず中々の敏捷性を持つと聞く。その分、現代の街中によく出没するイノシシとは違って、罠に目もくれずにただ突進するしか能がないらしいが、その分突進の威力は目を見張るものがあるのだ。慎重に行くのは、その突進を食らいたくないという意図も含んでいるのである。

 なんてことを考えつつ、数分間の間をゆっくりと詰めた俺は、少し走ればすぐにでもイノシシへと斬りかかれる距離まで近づくことに成功した。が、流石にそこまで近づけば、においや気配を頼りにして、イノシシもこちらを察知する。

 しきりに鳴らしていた鼻を持ち上げて、周囲を伺ったかと思うと、こちらに向けてその顔を向けて、ぶるるっと荒い鼻息を立てた。しなやかに反り返った牙が、俺めがけた突進の為にこちらを向く。

 イノシシを真正面から見据えつつ、俺はずっと握りしめていた剣の柄を引き、手中に収めた俺の力――ディーンさんが俺にくれた、戦うための力の象徴である片刃の剣を、音高く抜き放った。鞘払いの動作で、風を切り裂くように振るわれた刀身が、鈍く輝く軌跡を描いて、俺とイノシシの間に存在した空間を、音高く薙ぐ。


「来い!」


 戦闘開始のその合図。小さく吐き捨てるように呟いた直後、地面を蹴り飛ばした雑食イノシシが、風を切り裂いて突進を仕掛けてきた。その初速たるや、まさしく弾丸の如く、という形容がふさわしい。

 しっかり真正面から相手を見据えて相手を引きつけつつ、ギリギリのところでサイドステップ。素早く回避行動をとった俺の真横を、鼓膜を震わせる風切り音を立てながら、イノシシが後方へと駆け抜けていく。

 どれほど早いのだろうと及び腰だったのだが、どうやら杞憂だったらしい。確かにかなりの速度ではあるが、俺の頭にはかつての初陣相手――イビルドールの気狂いした俊敏さに比べれば、なんということはなかった。ディーンさん仕込みである柔の剣術を以てすれば、あの程度の突進を回避することは容易い。

 それを確認した俺は、身を翻してイノシシの尻めがけて走り出す。狙うべくは一撃必殺だが、浅い一撃しか入れられなくても、それはそれで問題ない。今の俺に必要なのは、相手を一撃で打ち倒す力では無くて、色々な敵と渡り合えるようになるための、戦闘経験だ。


「だあぁっ!」


 距離を詰めながら下段へと振りかぶり、斜め上へと袈裟懸けに剣を振るう。鈍色の軌跡を生み出した剣はイノシシの尻を的確にとらえて、ズバン! という快音を周囲へと響き渡らせた。

 切り込みの深さは十二分だったらしく、ぶもっ、と小さく唸ったイノシシが、飛び上がって勢いよく地面へと倒れ込む。もっとも、致命傷には程遠かったようで、すぐに体勢を立て直したイノシシが、再び鼻息荒く突撃を駆けてきた。その距離、目算だけでもわずか5mほど。


「ぅお、ぐっ!?」


 それほどの至近距離で放たれた一撃を、まだまだ未熟な俺がいなし切れるはずもなく、反り返った大きな牙の激突を受けて、まともに吹っ飛ばされてしまった。そのままの勢いでゴロゴロと地を転がり、いくらかの距離を開けて停止した俺は短く舌打ちを挟む。

 思った以上のダメージの大きさだ。忠告はきちんと聞いていたつもりだったが、いかんせん認識が甘かったらしい。どうやらこの試験は、高々試験用のザコ敵、と侮るのは危険だという、初心者への心構えを説いてくれるものだったようだ。

 そう考えて、俺は不敵に口角を釣り上げる。ダメージはいまだ身体の痺れとして残っているが、この程度ならば無視できるレベルだ。ならば――!


「まだ、まだぁッ!!」


 腕と足。四肢の全てをバネのように使って、俺は一息に跳躍した。獣のごとくとびかかった俺は、剣を握りしめたまま空中で体勢を立て直して、逆手で握りしめた剣の切っ先を、イノシシめがけて振り下ろす。

 瞬間、鋭い風切り音を打ち鳴らしながら、俺が振るった剣の刀身は、回避行動をとったイノシシからわずかに外れて、地面に深々と突き立ってしまった。どうやら、目算を誤ったのとイノシシが身をよじったのが原因らしい。

 舌打ちを一つ挟み、想像以上に硬い土へとめり込んだ剣を抜いてから、俺は転身してきたイノシシの牙を、地に転がることで回避する。

 今度は吹っ飛ばされた時とは違い、コンパクトに転がってからすぐさま飛び起き、お返しとばかりに俺から突進。対するイノシシはそのまま停止するのではなく、まさかの華麗なUターンを決めて再び俺へと突っ込んできた。

 互いに一歩も引かず、俺とイノシシは猛然と距離を詰め合う。――正直、ぶち当たった時のダメージを考えるとすぐさま全力で後退したい気分なのだが、イノシシ程度でビビっていては話にならない。自分への試練だと恐怖を飲み込んで、俺はそのまま突進を敢行しつづけた。


「――フッ!!」


 そして、いよいよ二つの影が折り重なり、互いへとダメージが及ぼうとしたその時。

 俺は寸前で踏みとどまって、低く跳躍を敢行した。その高度はとても先ほどのジャンプ突きには及ばなかったが――今更ながら、先ほどはえらい距離を跳べたものだ。自分で感心してしまう――、まるっとしたイノシシの体躯を飛び越すには、十分な高度。そして、そのイノシシの背中へと剣を叩き込むには、まさしくベストと言える高度だった。

 俺はイノシシの背中めがけて、逆手に持った剣の切っ先を叩き込む。刀身越しに伝わってくる、柔な肉を深々と切り裂く感覚を手で感じ取りながら、そのままぐるりと空中で転身。背中側に回した右手と剣を纏めて眼前へと振り戻し、俺はイノシシの背中を真一文字に切り裂いた。

 わずかな血肉と共に、草と土を鳴らして着地した後、俺は数拍を置いて振り返る。再び視界に入った平原の只中に見とめたのは、背中側から鮮血を吹きあげながら、草原へと倒れ込む雑食イノシシの姿だった。



 俺が画策したことは、特段何ということは無い。どれだけ高度な知性を持っていようが、相手の行動を先読みできる戦術眼を持っていようが、その考えを上回ることをしてやれれば、必ずそいつには大小なりとも隙が生じる。俺がやったのは、その隙を――端的に言えば、意表を突いただけだ。

 自分の身体を飛び越えるというアクロバットは、イノシシには想像だにできなかったのだろう。意表を突かれたそいつは、もくろみ通り隙を、というか無防備な背中を取られて、あえなく俺の手にかかった、というわけである。……こう聞くとただ単にアクロバットで背中を取っただけなのだが、とりあえず勝利できたので、この際細かことは気にしないでおいた。難しいことを考えると老けてしまう。

 肝心のターゲットである雑食イノシシは、背中を切り裂かれたまま地面に倒れ、苦し気に喘いでいた。剣から伝わってきた手ごたえや、間近で見た傷からしても、おそらくは放っておいても死ぬ傷のはずである。


「……ま、ほっとくわけにもいかないな」


 だが、流石に放置して死ぬのを待つのは建設的ではないし、何よりその間苦しませるのも忍びない。弱く揺れる命の灯火を前に、そう考えた俺は、しっかりとした剣筋を以て、イノシシの首を断ち切った。

 二、三度痙攣して動かなくなるイノシシを見ながら、俺はふと少し前の出来事を思い返す。


 ちょうどディーンさんたちとの旅が始まってすぐのころ、俺は特訓と予備の食糧調達というお題目で、兵士さんたちと共に野ウサギの狩りに出かけたのだ。

 兵士さんたちと協力して野ウサギを追い詰め、いざとどめを刺そうとしたところで、俺はおびえるそいつと目が合ってしまい、思わずためらってしまったのである。

 結局その場は別の兵士さんが仕留めてくれたので事なきを得たのだが、その時目の前で鮮血を噴き、弱弱しく倒れ伏す光景を見て、俺はその日眠れなかったのは記憶に新しい。

 覚悟こそしていたものの、いざ動物たちが血を噴いて倒れるところを目の当たりにすると、そのたび大なり小なり気分が悪くなったものだ。ディーンさんから動物の解体術をはじめて教わった時は、テレビでしか見たことのない、血なまぐさい解体ショーに吐き気を催したのも覚えている。


 そんな無害な動物たちを切り伏せた経験があったせいか、目の前で動かなくなったイノシシを見て第一に出る感想は、「害獣だから」という意見だけだった。

 このイノシシに食い荒らされた作物を食べられない人が居ることを考えるならば、こうした方が正しい。正しいのだが、今の俺はそう言い聞かせないとどこか落ち着けなかった。

 教科書から引用しただけの安っぽい道徳を語る気はないが、俺とて日本の常識を教えられて育った日本人。こちらの世界の常識に心と体を対応させるには、まだまだ時間がかかることだろう。

 まぁ、ゆっくりと慣らしていけばいい。時間はたくさんあるんだから、と考えつつ、俺はイノシシへと近づいて、解体用ナイフで牙の切り出しを始めた。


 どうやら、初のクエストは無事成功で終わったらしい。ここで頓挫するほどひ弱な人間じゃなかった自分に自分で安堵しながら、俺は黙々とイノシシの牙を剥ぎ取る作業をつづけた。


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