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夢の異世界生活、始めました。  作者: 矢代大介
第1章 異世界エルフラム
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第6話 王都グレセーラへ


「ぅお、っと」

「ん、どうしたエイジ?」

「あ、いえ。いきなり揺れたからちょっとびっくりして」


 俺の身体が揺さぶられ、思わず声が漏れてしまったのを聞いてか、ディーンさんが窓から顔を出してこちらを確認してきた。揺れた原因はどうやら、馬が障害物を乗り越えたことで発生したものだったらしい。危ない危ない、気を抜いたら落馬の危険性があるんだから、気を付けないといけないな。


「そうか、まぁいい。――それよりもエイジ、見えるか? あそこが王都グレセーラだ」


 手綱を握り直し、改めて体勢を立て直していると、不意にディーンさんが馬車の中から腕を出し、俺たちの隊が進むはるか先を指さす。


 現在俺たちが進んでいるのは、グレセーラ近郊に存在している小さな森の中であり、いましがた俺たちは森のトンネルを切り抜け、平原へと出たところだ。はるか遠くまで続く草原と空に、それを彩る遠景の山々。そんな大自然真っ只中の景観の中に一つ、それは静かにそびえたっていた。


「……おぉ、おぉーっ!」


 まるでそれ自体が一枚の壁として作られたかのような、鼠色一色の巨大な城壁。その向こうに見える、紺色のとんがり屋根と白塗りの建造物は、間違いなく王城だ。

 目を凝らせば、その中に通じる巨大な門が大口を開けているのが見て取れる。その様は、まさしくファンタジー世界の街にふさわしい様相だった。

 こちらの人々にとっては当たり前で、しかし俺にとっては初めてとなる光景。下手をすれば学校の教科書や、図書館の写真集でもお目にかかれないような威容に、俺は胸が高鳴るのをしかと感じていた。


「グレセーラの城壁は、周辺の国の首都と比べてもかなり高い方でな。昔から鉄壁不動の要塞って言われているんだ。数百年ほど前に隣国のアミルドと戦争があった時も、王都直近まで攻め入られて、一か月にわたる休みない攻撃に晒されたにもかかわらず、攻め落とすことはできなかったって話だ」


 かなり眉唾な話に聞こえてしまうディーンさんの歴史語りではあったが、しかし眼前に見える城壁の威容を見れば、なるほど説得力はある。


「やっぱり、利用する人も多いんですよね?」

「そりゃ、このグリムウェインの首都だからな。貿易のために、こんなだだっ広い草原地帯のど真ん中に構えているから、人もごった返してるぜ。商人、観光客、一山当てに来る冒険者……まぁ、色んな人間が入り乱れる、この国のあらゆる産業の中心地とも言える場所だ。お前さんも、きっと人の数に驚くと思うぜ」


 なんて雑談を交えながら、俺たちはゆっくりとグレセーラへと歩を進めていった。


***


 王都グレセーラは、グリムウェイン王国の南部に広がるグレム大平原の中心近くに興された、グリムウェインの首都でもある大都市だ。

 ディーンさんからの説明もあった通り、グレセーラは王都であり王国最大の商業地でもある。ゆえに都市内部は非常に整った形に開発されており、「道さえ間違えなければ」都市内の移動も楽な構造になっている。

 都市部中央を東西に横切るメインストリートを中心にして、南に商業区と工業区、北に居住区を設け、都市最北端部に白亜の尖塔群――グレセーラ城を構えるその作りが、グレセーラ内部の大まかな図解だ。

 



「……よし、各員ご苦労だった! 今日はもうそれぞれの舎に戻って休んでくれ!」


 現在俺がいるのは、グレセーラ北部の住宅地の中でも北部のグレセーラ城にほど近い、貴族階級の人間が住まう屋敷が軒を連ねる、富裕層専用の居住区。その中の一角に存在している、ディーンさんの持つお屋敷の目前である。

 もともヘルトミアに構える屋敷は別荘の様なものであり、ディーンさんの本来の家と呼べるのは、現在俺たちが目の前にしている屋敷なのだそうだ。今回ディーンさんが向こうに出向いていたのは、いつか行っていた通り魔力溜まりの調査と、しばらく行っていなかったヘルトミア近辺の視察をついでに行う、という目的があったらしい。

 本来ならばもう少し長く向こうに滞在するつもりだったのだが、俺を発見して魔力溜まりの調査を早期に終えられたため、予定よりも早くこちらに帰ってこれた――とはディーンさんの弁だ。


「長旅、お疲れ様でした」

「おうよ、エイジもお疲れさん。初めての長旅にしちゃ、案外手慣れたもんだったな」


 ヘルトミアからグレセーラまでは、ある程度舗装された街道を選んで進んでも一週間。馬が無ければそれ以上にかかっていたとはいえ、それでも日をまたいだ旅なんてものを体験するのは初めて――日本には長旅を体験できる機会がそれほどないので、当たり前と言えば当たり前かもしれないが――だった。

 道中、何度か魔物や凶暴な野生動物にも出くわすことがあったが、幸いにも大した相手ではなかったため、旅慣れていない俺にも相手取ることができたのは、幸運と言えるだろう。おかげさまで、多少ながら戦闘スキルも向上した。

 覚えたのはそれだけにあらず、ほかにも野生動物を食料にするための解体術とか、火元がない時の火おこし術とか、効率的な野営の準備方法などなど。ディーンさんたちとの旅は、俺にとって非常に有用な技術の数々を覚えさせてくれた。

 しょっぱなから一人旅なんてしていた日には、おそらく俺は速攻でのたれ死んでたことだろう。そう思うと、彼について行って旅をしたのは正解だったと、内心しみじみと感じていた。


「何度も言ってるかもしれませんけど、本当にありがとうございました。ディーンさんに拾ってもらえなければ、こうして旅を経験することもできなかったかもしれません」


 そう思えば、自然と感謝の言葉が口を付いて出るのは自明の理だろう。しっかりと頭を下げた俺を見てか、ディーンさんが腰に手を当てながら笑う。


「何度も言っているが、気にするな。俺がお前さんを拾って、短い間でも面倒を見たのは、ただのおせっかいだからな」

「それでもですよ。……ようやく、夢が叶ったんです。そのことに感謝するのは、当たり前ですよ」


 何度も繰り返した言葉の応酬が、どこか気恥ずかしく思えてしまって、苦笑に頭を掻きながら俺はそう締めくくる。すると意外なことに、ディーンさんが俺の言葉の一端に興味を持ったらしい。


「夢、か。……そういえば、お前さんには夢があるとか言ってたな」

「えぇ。より正確には「夢があった」ですけどね」

「……どういうことだ?」


 ディーンさんの言葉を過去形に訂正したのには、もちろん意味がある。かつて俺が抱いていた夢は、すでに現実のものになっているのだ。


「笑わないでくださいよ? ――実は俺、向こうの世界に居たときはずっと、「異世界に行きたい」っていう夢を見てたんです」


 本当ならば叶うはずもない、叶えることなど不可能な、そんな夢。正しく夢想の中にだけあり得た、ただの願望。

 けれどもそれは今この瞬間、叶えられた「現実」に変わっている。だからこそ、俺の中にあった夢は、すでに「かつてあった夢」なのだ。


「あぁ、そういうことか。合点が行ったぜ。……ん? それじゃあ、お前さんはこれからどうするんだ?」


 とはいえ、良いことばかりじゃない。夢が叶った時とはつまり、それまで目標にしていたものが、無くなってしまうということに他ならないのだ。なので今の俺からは、目標どころか明確な目的――具体的にはこの世界で何をしようかとか、何を目指そうかといった、具体的な行動指針がすっぽりと抜け落ちてしまっているのである。


「別に、どうもしないですよ。……まぁ、確かに何か目標くらいはないとつまらないかなぁって思ってますけど、そのくらいです。幸運なことに、生きていくための仕事はありますから、ゆっくり探そうかなって思ってます」


 ただ、俺としては叶うべくもない念願を叶えることができた、という喜びもあってか、今のところ他の目的に関しては完全にスルーを決め込む方針だ。

 確かに、しっかり考えて追及してみれば、この世界に来た理由だとか、こうして異世界に呼び寄せられた意味もあるのかもしれない。だが、今の俺にとって何よりも重要なのは、「異世界トリップを体験できた」という事実だった。

 それに、あんまり小難しい事情なんかに首を突っ込んでも、出来の悪い頭が頭痛を訴えてくるだけだ。なのでまずは、細かいことは一切合財抜きにして、この異世界を楽しもう――と言うのが、当面の俺の方針だった。


「そうか……ま、お前さんが納得してるんなら、俺がいらん世話を焼く必要もないか」

「そうしてくれると助かります」


 見方を変えれば淡泊すぎるとか言われそうな俺の主張だったが、ディーンさんは彼なりに納得してくれたようだ。苦笑交じりの首肯を受けて、俺もまた少し乾いた笑いを返す。


「ん、まぁ、なんだ。冒険者家業をやってりゃ、大なり小なり目的は見つかるだろう。……もし困ったことがあれば、遠慮なく相談しに来い。お前はもう俺の弟子だ、しっかり助けてやるよ。――冒険者として頑張れよ、エイジ!」

「――はいっ、ありがとうございます!」


 激励の言葉と、ちょっぴり暑苦しいサムズアップを――冒険者にふさわしい志と、ディーンさんからお墨付きをもらった証を受けて、俺はしかと頷きを返した。直後、ディーンさんがまるで内緒話でもするかのように、悪戯っぽい表情で俺へと耳打ちになってない耳打ちをしてくる。


「……実はな、俺の娘もこの街で冒険者をやってるんだ。もし会うことがあったら、そん時は宜しく頼むぜ」


 次いで告げられた言葉に、俺は軽く衝撃を受ける。確かに貴族たるもの家族は持っていて当然なのだろうが、まさか娘がいるとは思いもしなかった。

 いったいどういう容姿をしているのだろうか――なんて非常に失礼なことを思い浮かべながら、俺は答えをあいまいな返答に留めておき、そのまま別れの挨拶を口にする。


「……わかり、ました。それじゃ、俺は行きます。――お世話になりました!」

「おう! 頑張って来いよ、異界からの若人!」


 力強く天に突き上げられた拳に会釈を返して、俺は踵を返してメインストリートへの道を歩き始めた。



 ここから先は正真正銘、一人で頑張っていかなければならない。そう考えて、しかし不思議と俺の胸に、不安は存在しなかった。

 いや、確かに不安は存在しているのだろう。今はただ、それを上回る高揚感と胸の高鳴りが、その惑いを吹き飛ばしているんだ。

 だったら、俺は進む。日本とは違うこの世界で、俺なりの生き方を貫くために。


 

 これからの旅は、良いことも悪いことも、色んなことを俺に経験させてくれる。そしてそれはきっと、決して悪いものではないはずだと。


 青空の元に力強く踏み出しながら、俺は一人、確信めいた予感を抱いていた。

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