第4話 行動指針
2017/11/08…一部の描写を改稿しました。ストーリーに変更はありませんので、ご理解とご了承をお願いします。
ディーンさんの屋敷に厄介になることとなってから、はや一週間。その間、俺は足の治療を終えた後、ディーンさんやシリウスさんに、この世界のことをいろいろと教えて貰い、そして当面の目的を決めていた。
まず、この世界「エルフラム」は、俺の思った通り、俺が住んでいた日本を擁する世界――いわゆる地球の存在する次元とは、全く別の次元に存在している世界なのだという。
基本的な世界観は、創作小説でもよく言うところの、剣と魔法なファンタジー世界といって差し支えない。何度かディーンさんに連れられて、彼の治めている村だというここ「ヘルトミア」の景観を見せてもらったが、それはそれは見事なまでにファンタジー世界の村といった風情だった。
この村の特産品は、俺がさまよっていた森の樹木からとれる軽量かつ堅牢な木材と、いくつかの根野菜らしい。村の中央を流れる川に大分される形で、広大な平野へと続く方が住宅を集めた村部分、森と伐採場に近い方が農業区として、それぞれ運用されているのが特徴だ。
ディーンさんはこの土地を、俺たちのいる国――「グリムウェイン」の上層部に名を連ねる貴族の一人として所有、管理している。今回このヘルトミアにやってきたのは、森の中に出現したという報告のあった魔力溜まりの状況を調査すること――どの程度の規模に発生しているか、どれくらい活発に魔物を生み出しているか、どのくらいの期間発生しているか、と言うのが、主な調査内容らしい――と、ディーンさん経営でもあるヘルトミア農園の状態を確認する、という目的があったんだそうだ。
もっとも、魔力溜まりの調査に関しては、すでにディーンさん直属の私兵部隊が調査を完了させつつあるらしい。なんでも、俺が倒れていたのを発見したことによって正確な位置が把握できるようになったとのことで、そのことに関して私兵団長から厚くお礼を申し上げられた。
俺としてはこちらこそと礼を言いたい気分だったのだが、ディーンさんから「好意は素直に受け止めておけ」とアドバイスされたので、素直に受け取ることにした――なんてこともあったのだが、それはともかくとして。
そんなファンタジー直球ど真ん中な世界でもあるこのエルフラムは当然、人類未踏の地や、自然に構築されるダンジョンの様な不思議現象、果ては一般人にはとても立ち入ることのできない危険地帯なんてものも、当たり前のようにたくさん存在している。
そんな危険な場所を踏破、調査したり、人々の生活を脅かす強大な生物……つまるところの魔物や、それに準ずるか超越するほどに強力な生き物を征伐すること。それを生業とする職業――「冒険者」も存在していると、ディーンさんは俺に語り聞かせてくれた。
冒険者は基本的に、国をまたいで結成された連合組合「ギルド」によって管理されている。特定の国家の思想や規則に縛られることは無く、様々な事由が保障されいるがため、色々な人間が色々な目的を持って所属しているらしい。中には、とりあえずの食い扶持を稼ぎたいがために所属するような人間もちらほらいるそうだ。
冒険者。なんとワクワクする言葉だろう。
そしてそれが当たり前に存在する「異世界」。なんと、なんと胸が躍る響きだろうか!
――ここに来るまでついぞ思い出すことは無かったのだが、ひと時でも自分の身の安全を確保することができ、あまつさえ当面の心配をしなくてもいい、という安堵感が呼び水となったのか、じわじわと胸の奥から喜びが湧き上がってくるのを、ひしひしと感じる。
そう、何を隠そう俺の夢は、「異世界トリップを体験したい」という、トンデモなものだったのだ。
むろん、俺は妄想と現実を混同したバカのレッテルを張られるような人間ではない。いや影では張られていたのかもしれないが、それはともかく。
悲劇の主人公を気取るような物言いになってしまうが、俺は現実……というか、俺がこうしてエルフラムに来る前に住んでいた世界が、何よりも嫌いだった。
語るに堪えないようなものであるため、詳細を記すのは避ける。だけど、かつて俺がいた世界を語るならば、「理不尽」の一言で事足りた。だからこそ俺は、そんな理不尽で不条理な世界から目を背けたくて、空想の世界に浸るようになったのである。
そんな環境に置かれていたからか、空想の世界が現実になることを夢見るようになるのに、さほどの時間はかからなかった。
そうしていつからか、俺が掲げる夢は、「現実とは全く違う世界に行くこと」になっていたのである。
それが叶えられた今、俺には何の未練もない……と言うのが、正直な本音ではあった。
けどまぁ、それだけで納得して終われるかと言われれば、ノーと答えるほかない。
何せ、あれほどまで夢見た異世界に、こうして現実にたどり着くことができたんだ。あの時受けた理不尽のしがらみがないこの世界でならば、まっとうに生きていくことだって不可能ではないはずだ。
それに、せっかくディーンさんたちに拾ってもらった命なんだ。簡単に捨てるなど、他の誰よりも俺が許せない。だから俺は、この世界で精一杯、後悔の無いように生きて行こうと、そう決めたのだ。
もっとも、俺の究極の夢が果たされた以上、今の俺は目的を見失った状態である。ならば何をすればいいだろうか――ということをディーンさんたちに相談してみれば、帰ってきた答えは「なら冒険者になればいい」というものだった。
先ほど記したような「危険な任務」も仕事の中に含まれているとはいえ、基本的に冒険者の仕事は、世界各地で噴出する困りごとを解決したり、人々の安全を守るために戦ったりする、いわば何でも屋だ。
確かに人類未踏の地に踏み入ることはあるが、それは協会から一定の信頼を得た実力者の仕事。所属する人間の大半は、日々の食い扶持を稼ぐために何でも屋として働く者なのだそうだ。なので、この世界では「金に困ったら冒険者になれ」という常識まであるんだとか。
なので、俺もその常識に倣うことにしよう。
冒険者となり、日々を生きるために働く。それが、当面の俺の行動指針だ。
***
「りゃあああぁぁッ!!」
「そうだ、そのまま相手を押し込め!」
木製の刃と刃が交わり、乾いた衝撃音があたりへと響き渡る。音源となっているのは、ディーンさんが利用している屋敷の裏手に作られた、小さな広場を利用して作られた、私兵用の訓練場だ。
打ち込んだ剣――訓練用の木剣を素早く引きもどして、俺は教わった足さばきを駆使して目の前の人影――同じ形の木剣を手に持ち、不敵な笑みと共に構えを取り直すディーンさんから距離をとり、同じように構えを立て直した。
俺とディーンさんがやっているのは、簡単に言えば模擬戦だ。今日までディーンさんから受けていた剣術指南の仕上げとして、俺はディーンさんとの一騎打ちを行っている。
そもそも、冒険者というのは危険な場所に赴く荒仕事であり、当然そこには腕っぷしが付き物だ。冒険者になると決意表明をしたその際にそう教えてくれたディーンさんが、再び厚意から俺に指南を行ってくれている。今行っている一騎打ちは、いわば総仕上げといっても過言ではない。
「良い動きだ――だが、まだまだ動きの見切りが甘い!」
その言葉さえも置き去りにするかのような神速のステップで、ディーンさんが勢いよく距離を詰めてくる。大柄な体躯から放たれる威圧感と、幾重もの修羅場をくぐった歴戦の戦士らしいまなざし。それに一瞬たじろぎそうになる身体を、ぐっとその場に押しとどめ、俺は真正面から迫るディーンさんの剣を真っ向からにらみつける。
今の俺の技量では、ディーンさんの隙を突くなんて離れ業は到底できそうにない。なので今は、ディーンさんからも教わった通り、相手の攻撃を受け流して防御することを優先する。
上下左右、縦横無尽な暴風と成って襲い掛かる嵐のような剣戟を、俺は片手を刀身に添える防御の姿勢で受け流す。ガ、ガ、ガッ! と連続で木材のぶつかり合う音を響かせながら防御を続けていたが、続けざまに飛来した強烈な上への薙ぎ払いを受けて、俺の剣は腕ごとかちあげられた。
「ぐ、ぅっ……!」
「ほう、この短期間でここまで受けられるようになったか。中々目覚ましい進歩じゃないか!」
そのまま、はじかれた勢いに身体を任せて後退する俺に、ディーンさんはそう告げてくれる。表情だけで感謝を伝えてから、今度は俺からディーンさんめがけて突撃を仕掛けた。
防御体勢に入られるその前に、俺は剣を袈裟懸けに振り下ろすが、ディーンさんの木剣は、苦も無くそれを受け止める。構うものかと連続で剣戟を叩き込むが、そのすべてが受け流され、はじき返された。
「ふぅむ、まだ呼吸は乱れてるな。だがまぁ、剣を握った経験もなしに、たった一週間で俺と打ち合えるレベルだ。自信を持っていいぞ、エイジ!」
「ありがとう――ございますッ!」
及第点の評価を下してくれたディーンさんに感謝を述べつつ、俺は握った剣を大上段に振り上げて、目の前のディーンさんめがけて勢いよく必殺の一撃を叩き込んだ。
「らあああぁッ!」
「来いッ!」
数瞬の空白を置いて、激しく打ち付けられた木剣同士が大音響を響かせる。それが意味するのはとどのつまり、俺の渾身の一撃が防がれたことに他ならなかった。
そのまま軽くふり払われたが、ディーンさんが見せてくれた笑顔は、納得したそぶりをうかがわせる。
「よぉし、合格だ! まだまだ粗は残ってるが、少なくとも他の冒険者に舐められるようなこたぁそうそう無いだろうさ」
「はぁ、ふぅ……ありがとうございます、ディーンさん」
「おう、良いってことさ。ただ、あんまり無理はするんじゃないぞ。筋が良いとは言えお前さんはまだ初心者だし、戦闘に絶対なんてものは無いからな」
「はいっ!」
明快な言葉を返して、俺はディーンさんから木剣を受け取り、自分の使っていたもの共々、二振りの木剣を立てかけてあった元の場所に戻す。そのまま踵を返して簡易の休憩所へと帰ると、ディーンさんが持って来たらしきタオルを俺に投げ渡しつつ、口を開いた。
「んじゃあ、俺は王都に行く準備をしてくる。終わったら私兵たちと一緒に行くから、馬と一緒に村の入り口で待っといてくれ」
「わかりました。また後で」
言いながらすたすたと歩き去っていくディーンさんの背中に返事を送りながら、俺はディーンさんから貸し与えられる予定の馬を迎えに行くため、馬小屋へと歩いていくのだった。
***
本日は、ディーンさんがこのヘルトミアを出て、俺たちのいる国であるグリムウェインの首都でもある王都「グレセーラ」へと赴く日だ。そして、俺が初めてこの村の外へ出て、この広い世界へと踏み出す、記念すべき日でもある。
冒険者をサポートする依頼斡旋所――通称「ギルド」は、基本的に世界中いろんな場所に存在している。しかし幸か不幸か、此処ヘルトミアには、そのギルドの支部が存在していなかった。なので、ディーンさんが王都に戻るのに便乗して、俺もグレセーラへと赴き、そこのギルドにて冒険者として登録を行う予定である。
ただ、流石にディーンさんの厚意に甘えすぎるわけには行かないと考えた俺は、教わっていた剣術を実地で使用する訓練の一環として、護衛の一人として彼に着いていくことを志願した。
いくら及第点をもらえたとしても、所詮俺は駆け出しの初心者もいいところである。そんな俺がギルドに行っていきなり依頼を遂行できるかと言えば、否と答えるしかない。なので俺は、実地での経験を積むことを兼ねて、ディーンさんにお願いしてみたのだ。
結果的に二つ返事で了承をもらえるとは思いもしなかったが、ともかく俺はそうして、私兵さんたちと同じく、護衛としてグレセーラへの道のりに同行させてもらうこととなったのである。
ちなみに余談だが、俺が剣術の鍛錬を開始した折にシリウスさんに聞いた話では、ディーンさんはもともとグリムウェインを中心に活躍した冒険者として名を馳せ、その中で打ち立てた数々の武勲がきっかけとなって、グリムウェインの貴族階級に名を連ねるようになった、猛将とも呼べる人物らしい。
もちろん、そんな人間の元にはたくさんの人間がやってきて、ぜひ弟子にしてほしい、と懇願することが毎日のようにあったという。ただ、ディーンさんがこれだ! と思える人物がいなかったらしく、これまでに彼の子供たちを除いた弟子をとるようなことは一度もなかったのだそうだ。
その点、俺には何か感じるものがあったようで、その眠る資質を本能で察した彼は、俺の申し出を快く引き受けてくれた、というのが、快諾の真相だったらしい。
……正直な話、俺に剣の才能があるとは思えないんですが――という言葉は、口が裂けても言えなかった。
「お前が死んでもその才能はしっかり引き出し切ってやる!!」なんて息巻いている相手に、そんなことを宣える奴はいるのかと問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。
***
ディーンさんに言われた通り、俺は彼と私兵さんたちを待つために、馬を連れてヘルトミアの入口に居た。
馬の乗り方に関しては、剣術の指南を受けるのと並行して、シリウスさんから教えて貰っていた。おかげさまで、騎乗に関してはわりかしスムーズに行えるようになっている。さすがに騎馬戦となると自信はないが、今回の移動に関してはそうなることはまずないと思っていいだろう。
なんてどうでもいいことを考えながら、俺は暇つぶしがてら、自分が乗せてもらうことになった馬の毛をブラッシングしてやる。あまりお手並みは宜しくないのでいささか乱暴さは否めないが、それでも馬は気持ちよさそうに目を細めていた。
案外と馬の肌にはこの位が気持ちいいのかなぁ、なんてこと思いつつブラッシングを続けていた俺の耳に、ふと何かの音が届く。
「……?」
聞こえた何かを意識に留めて、俺がちらりと周囲を見やると同時に、再びよく似た音が俺の聴覚を叩いた。今度は先ほどよりも、わずかにだがはっきりと。
意識をしっかりとそちらに向けると、それは時たま聞いていた木を伐採する音に似ていた。しかし、それにしては倒れる木の感覚がいやに短い。今日は木こりの人たちが張り切っているのかと思ったが、直後に聞こえてきたのは、何か複数の生き物らしき鳴き声だった。
「――まさか!」
ブラッシングをしてやる手を止めて、あやすように馬の鼻先をひと撫でした後、俺はぐるりと身を翻し、村の中へと戻るべく走り出した。