ラノベの階段のぼる、君はもうノーベル賞さ
その後も、細かいこまかい指摘を二、三受けて(ごめん見栄張った、細かいものだけでも百八十九か所。)いよいよ冒頭部分の大まかな枠は完成した。
といっても増えていったのはメモ書きのみで、本文はまだアタシの頭の中にしかなかったんだけど。
それでも、推敲用にプリントアウトしてあった原稿に朱のペンで指摘部分の直しを入れていく。
「今日の朝 → 今朝、または、けさ」
「私、彼女と人称が混在 → 私、もしくはわたし、ワタシに統一」
「頭痛が痛い → 頭痛がする」
「担任のセリフをきちんと会話文に」
文を直していくうちに、自信がみなぎってきた。
アタシ、今、ちゃんとした日本語を編んでいる最中なのかしら?
うん、疑問形じゃない、これは断定形でいいわ。
元々の素質に加えて、ここに完璧なる文章が確立されつつあるのをひしひしと感じる。
それはまさに『鬼に金棒』『猫に小判』『タイタニックに氷山の一角』なのでは?
そう、数々の新人賞を総なめしてやがて直木賞……いえ、ノーベル文学賞?
脇には、張り手は出なくなってきたものの、少しばかり目線にほのかな同情をにおわす雰囲気の女神さま、床にこんもりと座ってる。
え? 同情? 何かまずいってか? アタシ。
いえいえ、きっとアタシの無尽蔵に溢れる才能と輝ける将来が既にみえて、その先まで見越してあんな目をしているに違いない。
アタシの遺産分割が一族の間に激しい骨肉の争いを起こすのね、悲劇なんだわ、薔薇戦争だわ、バラセンソウって何だったか忘れたけど。
今は気にしないことにしよう。
妄想しつつも集中した時が過ぎ……
と、突然
「時間だわン」
女神さまが立ち上がった。
えっ? と振り仰いだとたん紙の束が足もとにばらりと落ちた。
散らばる原稿をあわてて拾い集めようとかがみこんだ足もとに、頭上から強い光が射してアタシの手が白い紙にくっきりとした黒い隈どりを刻む。
上を見たときには、彼女の姿はすでに天井のはるかかなた、テレビでみたナンチャラ礼拝堂の天井くらいの位置にまで浮かび上がり、しかも、ミルク色の霧に半分霞んだように消えかかっていた。目を細めながらもその姿を追おうとする。
「待って、オバ……カイチャ・ルケンさまっ」
「あとは、タイトルと冒頭の一句よ」
女神さまの声はエコーがかかっている。遠い、遠くなっていく。光も弱くなる。
「がつんと一発、タイトルに衝撃、冒頭にインパクト、いいわね」
そして、
女神さまは消えた。
後には蛍光灯の明かりの下、原稿用紙の散らばる中にたったひとり残されたアタシ。
でもいいんだ。アタシはまた、両手をグーにして空を見上げる。
「分かったわ、女神さま。カナコ……がんばる!」
新聞配達のバイク音が、薄明るくなった窓の外からかすかに響いた。