かごしま黒豚、レクチャーす
「まず、状況設定や構造が致命的ね、そこからどうにかしましょ」
それって、どゆことなんでしょう? すると画面に箇条書きの文書が現れた。
緑の地に白い文字、あ、これ黒板のイメージ?
① メインキャラの日々の生活が爽やかにおシャレに具体的に描かれていること
② メインキャラのルックス、服装などが魅力的に描かれていること
「次、まるさん……聴いてる?」
「……」
難しすぎます、アタシは正直にそう伝えた。もちろんまた頭に容赦のない一撃が。
「具体的に、って……具体的に何を直せばいいのか分かんないし」
目に溜まった涙をぬぐいながらつぶやくアタシに、やや可哀そうに思ったのか女神さま
「まず①からね。この朝食……」
ようやく踏みこんできた。アタシは急いでメモ帳とペンを構える。
せっかく、マンツーマンで教えてもらえるんだもん、悪魔だってかごしま黒豚だって使えるだけ使わなくちゃ。
「ご飯は、ちょっと、どーかしら」
まず白米否定。
「朝と言えばJKの基本はパン、食パンね、しかも遅刻寸前でしょ彼女。これは口に咥えて表に飛び出さなきゃ、六枚切りを。一斤まるまるだとあごが外れる、厚過ぎも薄過ぎもダメ。六枚よ、これをトーストして、何も塗らない。ラブコメの基本よ食パンをくわえて走る登校の図」
「アタシはフランスパンが好き、それかクロワッサン」
ブぁカか、というメヂカラで凄まれた。
「フランスパンどーやって咥えんの、横に真一文字? ワンコじゃあるまいし。それにクロワッサンなんて油ギトギト。いい? 制服が汚れんのよ」
あの、その制服ですが……おずおずと手をあげる。
「やはり、デザインとかにも触れた方が、いいんだよね?」
タメ口禁止、と言われていたのを忘れてたアタシ、ばこんっ! とどつかれる。
「……いいんですよね?(……って禿げるわ)」
「いいんですよね、じゃあない。そこは必須。②で言ってるでしょが」
はいはい、一応メモメモ。制服はいつも見慣れているから何とかなるでしょ、じゃ次。
どこを攻めましょうか先生。何かこのメモ取ってる姿、カッコいいんじゃね?
はぁ~、自分に惚れそう。
「……⑤で言いたいのはね、つまり、何か事件が起こるの、そして④がらみ。つまり、ラヴね」
あっごめんなさい③から先聞いてなかった、まあいいか、聞いたフリ通そう。
女神さまは一升餅のごときふくよかなあごに人差指を当てる。
「彼女は急ぎ過ぎて四つ角でぶつかる。もちろん、ワンコなんかじゃないわ、ニンゲンよ、オトコ。まあここは定番で押さえるの。ここまでは大多数の読者にテンプレイメージでもっていきたいところだから。ヤツは焦ってんの。でもイケてる。
最初はお互いにものすごーい悪印象。そんで、罵ったりすんの、彼女を。『しっかり見て走れよ』もちろんこっちも負けていない、言い返す」
「……かなりの舌戦になるんでしょーか」
女神さまはこちらをみてニンマリ。
「ならねえってかい、これが」
アタシは頭の中でいくつかのバリゾーゴン語彙を検索してメモる。女神さまは続ける。
「結局、学校には遅刻……で、学校名は?」
急に尋ねられて、アタシはしどろもどろで
「え、っとぉ、あのお、そうですねえトクマス第二高校」
「くっさ! 隣県まで臭いそう! 何、そのトクマス、って」
「えっと、うちの担任」トク爺、それに全国のトクマスさんすんません。
「横文字よ、横文字。あり得ねえっつうくらいオサレにそう例えば……
聖・トーマスとか」
トクマスとあまり変わんないんですけど、と小声で反論、聞かれて耳を蹴られそうに。
さすが女神、ハイキックかよ。身体能力高すぎだわ。
「いいの、私立セント・トーマス」
何だかジョシコーみたいですね、と小声でコメント。いや、声を出してなかったかも、まだ死にたくないし。
でもさ、アタシの作品なんですからね、一応。こう叩かれたり罵られたり……でもアタシもよう付いていくわ。基本、Mなのかも?
「分かるでしょ? 肝心なものが欠けてたのが。敢えて名前を出さない方法もあるにはある。でもアンタの虫並みの頭じゃ、そんな構造で話を持たせられるワケがない」
「はあ……」
女神さまが厳かに問うた。
「さぁて……アンタのキャラの名前は何?」
そうだ、名前も確かにダイジね。ちゃんと考えなくちゃ。
「どんな感じがいいんだろ」
今度はやや真面目にセンセイは答えてくれた。
「まず、高貴な感じね。どうかしら何か?」
高貴と言えば、「ダライ・ラマ」
ばっこ~~~~~ん! 久々に真直ぐ、きましたねえ。効きましたねえ。
「誰がチベットの生き仏やん! しかもジョシですよ、ジョシ」
「思いつかないんですぅぅぅぅ」
髪が減る。オトメの黒髪がタワシの毛ように減っていくわ。
「先生、何か見本はないんですか」
「そうねえ、例えば和風だと古の女王様の名をとって」
アタシはぱっと思いついた。
「キミコ!」グーできた。殺気を伴いグーがきた! 間一髪でよけるアタシ!
「何するんですか~っ」
「キミコ、て何、キミコ、って!」
「キミコ、さん」
さんづけしてみたが、今度はまわし蹴りをくらう。グーの次はチョキじゃないのかよ!
「お隣のオクサンじゃ、ないのよ! それを言うならヒミコ、ひ、み、こっ!」
「じゃあヒミコでいいですー」
ようやく暴力は止んだ。しかしセンセイ腕組みしたままコワイ顔してる。
「苗字」
「へっ?」
本気で泣きそうだわ。ティッシュで鼻をかんでからまじめに考える。
「スギモト」
「却下」
「キノシタ」
「却下」
組んでいた腕を解いて、センセイはほとほと呆れた、といった口調で
「どーしてそう、月並みなミョージしか知らないの? 周りに変わった苗字のヒト、いないわけ?」
「だってウチだってサトウですし」
「横文字でもいいのよ」怖い顔のまま女神さまが平板な口調で告げる。
「ヒミコ・フォン・ラインバッハ、とか」
「ハーフですね、ステキ。ハーフっていうだけでドラマですよね」
女神さま聞いてないフリして続ける。
「それで彼氏の名前もちゃんと押さえて」
メインキャラが横文字使用ならば彼氏は純和風とか、メリハリをね、とのこと。
「了解です」
中身のある会話になって、アタシもだいぶ、ノッてきた。
「それとこれは結構ダイジなこと」
女神さまはだいぶ、穏やかになった速度でアタシに向かって指を突きつける。
「この世界に、魔法はあるの?」
はあ? この世界、アタシのいるこの世界でしょうか。
ありそうだわねー……第一このオバサ、いや女神さま自体、魔法が存在する証拠。
現存する怪奇現象、ボリューミーな実体、あっ、睨んでる、心を読んだのだろうか? かなりの体積が黒いオーラでアタシを睨んでいる。
アタシがあたふたしているのを、強い目で見据えながら女神さまはこう言った。
「どこまでこの世界はオッケーなのか決めるべきよ先に。彼女に特殊能力とか、ないのかしら?」
「あ、それいいですねえ~」
目線の禍々しさを打ち消そうと、アタシは大げさに喜んでみる。両手まで叩き合わせて、わざとらしいったら、もうね。
「超能力とか、魔術とかですね。それか怪力とか」
これは是非入れようヒミコは魔女っ子。
ハーフで美少女。ちょっとおっちょこちょいのあわてん坊。好きな男の子には消極的だけど、とんだ事件で出あった大嫌いなワイルド系男子のことが、実はだんだんと……
よっしゃあ、設定と冒頭部分、だんだんと固まってきたわー。
久々に爽快な予感が背筋を駆けあがる。ううっ、きっとアタシ、喜悦の笑みを浮かべてるに違いない。
イケる、これは。
何に投稿するか、アタシには心当たりがあった。
『新人のラノベ大募集! 作品の冒頭部分を4000文字まででお送りください』
そんな華やかな文字が躍る、●●社の一般公募サイト
『きら☆メキらいと賞』。
「先生」
「うむ……」アタシたちは、画面の前に腕を組んですっくと立つ。
こうして名作到達への階段をアタシは一段ずつ、昇り始めていた。